第11話 ひいちゃんが変?
「ねえ、ねえ。ひいちゃん」
「……」
「テニスできなくたって平気だから、サークル入ってくれないかな」
「………」
「ね~~、ひいちゃん」
「凪ちゃん、行こう」
「ひいちゃん!ちょい待ってって」
「凪ちゃん、走るよ」
え~~~~~。
ずっとかっちゃんは、ひいちゃんを追いかけながら、テニスサークルに誘っている。もうストーカーって言ってもいいくらいだ。でも、ひいちゃんは返事すらしない。そして、最後には走って逃げる。私まで一緒に。
「ぜえぜえ…」
「はあはあ」
思い切り走ったから、息切れた。
「ぜえぜえ…」
「ひいちゃん?大丈夫?呼吸苦しそうだよ」
「だ、大丈夫。子供の頃喘息あったけど、今はもう大丈夫だから」
「ほんと?苦しそうだけど?」
「大丈夫…」
ひいちゃんは青い顔をしてそう言った。
ブル…。寒気だ。たまにひいちゃんといると感じる。ひいちゃんにまた霊が憑りついているのかなあ。
「体寒いとか、重いとかない?」
「重いって言うかだるい。肩もこってるし…」
それって…。
「でも、こんなの昔からだから」
ずっと、憑りついたままなのかな。大丈夫なのかな、ひいちゃん。
「かっちゃん、しつこすぎる」
「ひいちゃんもサークル入っちゃえば?別に出ても出なくでもいいみたいだし、テニスも遊び程度みたいだよ?」
「やだ!かっちゃんもいるんでしょ?他にも男がいるんでしょ?絶対に嫌」
そこまで、嫌っているの?
ひいちゃんは、私以外の子に話しかけようとしない。性格変えようと思うと言いながらも、なんだか壁を作って心を閉じきっているみたいだ。
ああ、私も中学の頃あったっけ。人が怖くなって、歩み寄れなくなった。そうだ。具合も思い切り悪くなって、あの時きっと霊が憑りついていたんだよね。
なんだか、ほっておけない。他人事じゃない。ひいちゃん、もっと心を開いてみたらいいのに。
「サークル、入ろうよ。入ってみて、やっぱり嫌だったらやめたらいいし」
「そんな中途半端なことできないよ。それに、参加なんてしたくない」
「……」
頑なに閉じちゃっているんだなあ。無理やり開けようとしても、逆に閉じこもっちゃうだけかな。こういう時はどうしたらいいんだろう。
結局、私一人で歓迎会に行くことになった。
「あ~~~あ」
一緒にお店に行くとくっついてきたかっちゃんが、さっきからずっとため息をついている。
「ひいちゃん、入ってくれなかったなあ」
「ですね」
「あれだけ言えば、たいてい入ってくれるんだけどなあ」
「…他の人誘ったほうがよかったかも、かっちゃん」
「誘った。3人も勧誘できた」
「え?だったら、ノルマ達成しているし、もういいんじゃないんですか?」
お店に行く途中、私とかっちゃんはそんな会話をしていた。
「ノルマは関係ないよ。ただ、ひいちゃんも誘いたかっただけで」
なんでかな?
「なんかさあ。こう言っちゃなんだけど、あの子、人と関わるの苦手じゃない?」
「ああ、はい」
「俺も兄貴も、そういうのほっておけない性分なんだよね」
「そうなんですか?」
「うちって、3人兄弟なんだよね。もう一人弟がいるんだ」
「男3人兄弟ですか?」
「うん。で、中学の頃いじめにあって、しばらく家にこもっていた時があってさ、兄貴と二人でなんとかしてやりたいって、まあ、あれこれしたわけなんだよ」
「あれこれ?」
「中学には行かなかったけど、家でかまってやったり、どっか連れて行ったり。友達連れてきて一緒に遊んだり。まあ、いろいろと」
「それで?」
「だんだんと閉ざしていた心を開いてくれて…、まあ、親もすんごい心配しちゃって、家ごと引っ越して転校させたんだけど、それが良かったみたいで、新しい学校では友達もできてさ」
「そうだったんだ。良かったですね、弟さん」
「うん。それがきっかけで、兄貴は学校の先生目指したし…。俺も、人と関わる仕事につこうと思って、心理学なんか勉強しているってわけ」
なるほど、そういう経緯があったのか。
「私も実は、中学の時、クラスの子にいっせいに無視されたことがあって」
「え?凪ちゃんもそんなことあったんだ」
「はい。学校に行くのも嫌になって、体も壊しちゃって。だけど、私も家族の協力で、学校にも復活できたんです」
「そっか。凪ちゃんもそんなことがあったのか」
「…だから、ひいちゃんのことはやっぱり、なんとかしてあげたいなって、他人事じゃないような、そんな気が…」
「俺も。なんとかしてあげたいね」
…。かっちゃんって、ただ単に強引なだけじゃないのか。
「それに、あの子さあ、やばそうだし」
「え?!」
やばい?
「あ、凪ちゃんは霊感ないんだっけ?でも、凪ちゃんの彼氏だったらわかるかもね。あの子の背中、やけに暗いんだよね」
かっちゃんには見えるんだ。
「こう、暗いなんかを背負っているみたいな?どよよんとしているって言うか。勘のいい子なら、その暗さに気づいて、近づくのもやめるかもね」
「え?」
「なんつうの?あるでしょ?その人が放っている空気感って言うか、オーラって言うか」
「ああ、はい」
「凪ちゃんの場合は、やけにあったかくって、一緒にいると癒されるから、黙っていたって人が寄ってくると思うよ?それに俺も兄貴も惹かれたって言うのもあるし」
惹かれた?
「だけど、ひいちゃんの場合はその逆。なんか、近づきにくい雰囲気があって、冷たいような重いような…。感じない?」
「……」
そういえば、たまに寒気がするけど。そういうのを、他の人も感じちゃうのかな。
「俺、おせっかいだから、ほっておけないんだよね、そういう人…」
かっちゃん、実はいい人?ただ、うざい人なのかと思ったけど。
「凪ちゃん、協力し合って、なんとかひいちゃんの心開けてあげようね」
「え?あ、はい」
かっちゃんは、にっこりと微笑んだ。その微笑には嘘がないように見えた。
歓迎会は楽しかった。ツッチーは早速かっこいい先輩の隣に行き、アプローチをしていた。私は1年の女の子たちと盛り上がっていた。
一気に友達ができた。そんな楽しい金曜日の夜、ひいちゃんがメールをくれた。
>凪ちゃん、明日寮に来れる?
なんだろう。
>明日は家に帰るつもりんなんだけど、帰る前に寄れるよ?
そう返事をすると、
>じゃあ、来てね?ちょっとの時間でもいいから。
と、そんな返事が送られてきた。
どうしたのかな。悩み事?それとも、具合が悪いのかな。
駅までは午後1時に着けば間に合う。私は荷物を持って、寮に向かった。そして、寮の一階に着くと、すぐに寒気を感じ、そのまま急いで階段を上り、ひいちゃんの部屋のドアをノックした。
「凪ちゃん?」
中から声が聞こえた。なんだか、元気ないかも。
「開けるよ」
そう言ってドアを開けると、さらに寒気がひどくなった。
「…。部屋、暗くない?」
でも、カーテンはちゃんと開いている。外は少し曇っていたけど、ここまで暗いっていうのも。
「ひいちゃん、具合悪いの?」
「うん。気持ち悪いし、寒いし。風邪かな。熱はないの。なんだか、心細くって」
部屋の中に入ると、頭痛がした。すっごくこの部屋、やばい感じがする。
「ひいちゃん、熱がないなら、この部屋出たほうがいいかも」
今、空君がいるなら、光がいくらでも出せるけど、私だけじゃ、この変な感じに飲み込まれてしまいそうだ。
「出たくない。気持ち悪くなりそう」
「この部屋にいるとかえって、気持ち悪くなるよ。うちに行こう」
「出たくない」
ひいちゃん?
「大学も行きたくない。どこにも行きたくない」
なんか、ひいちゃんが変だ。どうしよう。
ゾクゾクゾク。あ、やばいかも。すんごい寒気がする。
「こ、この寮って男子禁制だっけ」
「どうして?」
「ううん」
助けを呼ぼうにも、空君は来れないし。せめて、こういうのがわかってくれそうなかっちゃんに来てもらおうかと思ったけど。
「とにかくうちに行こう。今日、うちに泊まっていいから」
勝手に洋服ダンスから、パジャマとか着替えを出して、その辺にあったリュックにしまった。洗面所から歯ブラシやタオルも勝手にしまい、
「行こう」
とひいちゃんの腕を掴んだ。
かっちゃんが言っていたのがわかる。ひいちゃんの背中のあたり、やけに暗い。影を背負っているみたいだ。
これって、寮を出てうちに来ても、霊を連れて行っちゃうだけかな。どうしよう。
「ひいちゃん、いきなりでなんだけど、私、これから伊豆に帰るから、一緒に来ない?」
「え?私は別に、家に帰る予定はないけど。家に帰っても手伝わされるだけで面倒だし」
「私の家に一緒に来ない?」
パパや碧に会えば、霊も消えちゃうし、空君がいれば私も光が出せる。
「…いいの?」
「うん。きっとパパもママも喜ぶから」
「…」
ようやくひいちゃんは、自分で行く用意を始めた。そして、なんだか重苦しい部屋を出て、暗い廊下を抜け寮を出た。
駅に向かって歩いても、ひいちゃんは俯き加減で元気がない。
「大丈夫?」
「え?うん」
ひいちゃん、私を呼んでくれて良かったかも。誰にも会わずにあの部屋にいたら、引きこもっちゃうところだたかもなあ。
お弁当を買って電車の中で食べた。私もひいちゃんも食欲がなくて、半分残してしまった。ひいちゃんと一緒にいると寒気がおさまらない。頭痛もする。
メールでひいちゃんも一緒に連れて行くと、ママとパパには連絡を入れておいた。パパはすぐに、
>水族館に遊びにおいで。
とメールをくれた。ママからも、
>もちろん、泊まっていくよね?まりんぶるーにいるから、一緒においで。
と返信が来た。
我が家も、まりんぶるーも誰でもいつでもウェルカムだもんなあ。それにしても、メールからだけでも明るいパワーがやってきた気がする。特にパパのメール。読んでいるだけで元気が出た。
「水族館でパパが働いているの。このまま水族館に行っちゃおう」
「え?水族館?」
「うん。午後ずっと遊んで、パパの車でうちに行こうよ。あ、うちじゃなくって、ご飯はまりんぶるーってお店で食べようね。私のおばあちゃんとおじいちゃんがやっている店なんだ」
「う、うん」
ひいちゃんはかなり戸惑っているみたいだ。
私は空君にもメールをした。空君も塾が終わったら、まりんぶるーに行くと返信をくれた。
戸惑っているひいちゃんを引き連れ、水族館に行った。もうすぐ着くとメールしていたので、パパが出迎えてくれた。
「凪!!」
「パパ!」
パパの胸に思い切りダイブした。パパは、
「凪~~~。会いたかったよ~~~」
と私を抱きしめてくれた。
その途端、ブワッと体が軽くなりあったかくなった。ああ、パパのおかげで霊が消えてくれた。
パパから離れ、
「パパ、紹介するね、瀬戸秀実ちゃん」
と紹介した。
「秀実ちゃん?はじめまして」
パパはひいちゃんににっこりと微笑んだ。ひいちゃんはその途端、頬を赤くさせた。
あれ?男の人苦手って言っていたのに、パパは大丈夫かな。
「は、はじめまして」
赤くなりながらひいちゃんはそう答えると、「あれ?」と不思議そうな顔をした。
「なに?どうかした?ひいちゃん」
「え?ううん。なんかわかんないけど、体が軽くなったっていうか、気分がよくなったみたいで」
ああ、やっぱり。ひいちゃんに引っ付いてた霊も消えたんだ。
「閉館まで遊んでって。車で送るからさ。桃子ちゃんも碧も、空も今夜はまりんぶるーで夕飯にするって言ってるから、凪も秀実ちゃんもまりんぶるーで夕飯食べようね」
パパがまたそう言って微笑むと、ひいちゃんは恥ずかしそうに頷いた。
「そろそろ、イルカのショーの時間だよね。ひいちゃん、見に行こう」
「うん」
ひいちゃんは、にっこりと明るく笑った。良かった。明るさを取り戻してくれて。それに、私も気分悪かったのがすっかり元気になった。
私の隣を歩くパパの腕を掴み、
「パパ、ありがと」
と小声でお礼を言った。パパはきょとんとした顔をしたけれど、
「こっちこそ、凪に会えて、元気百倍出たよ。サンキュ」
と言ってくれた。




