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いいことばかり【フロレンツィア視点】

 

 夕食の準備が整ったとメイドに呼ばれたので、食堂へ向かうと既にお父様が着席していた。

 お父様は最近よく家に帰ってくるようになったけど、私が寝る頃に帰ってくるから、一瞬顔を合わせる程度だったのに。

 こんな時間に家にいるなんて珍しい。


「あら。おかえりなさい。今日は随分と早い」

「…………うん」

「どうかしたの?」

「フロウ……。我が家は今日から侯爵家になってしまったよ」

「はい??帰りの馬車の中で居眠りして見た夢の話か何か??」

「残念ながら現実なんだ」

「意味がわからない。何かの褒賞で陞爵されたってこと?」

「私も意味がわかっていないよ」

「わかるように説明して。経緯は?」

「……まだ言えないんだ。私の口からは…………」

「どういうこと?国が関わっていること?」

「時が来ればわかるよ。そのうち、いや、きっと直ぐにわかる」


 疲れた顔をしてちまちま夕食を食べていたお父様は、『もうおなかいっぱい。現実逃避に研究室へ戻る……』と出ていった。

 屋敷にいる時は割といつでも冷静で――研究のことになると別だけど――理性的な父だと思っていたから、あんなに参っているお父様を見たのは初めて。

 もしかして、秘密裏に何かすごい殺人兵器でも作らされて、口止めとして陞爵……は、ないか。


 一体なんだったんだろう?と思ったら、翌日のいつものユリウスとのお茶の時間に理由がわかった。


「はっ!?婿養子!?ユリウスが!?うちの!?」

「うん」

「うん。じゃなくて!」

「俺はもう王位継承権は放棄しているから、いずれ臣籍降下しようと思っていたんだ。具体的にいつとは決めていなくて、王太子が王になる時にでも、と思っていたんだけど、レンツィから話を聞いて、オルモス家の婿養子もありだなと思って」

「待って、待って。王子が婿養子なんて聞いたことがないよ。前例がないよね?他国ではあるの?なんで?なんで、そんな」


 妃教育で、この国で王族が臣籍降下する場合は、新しく公爵家を作るのが慣例と習った。

 確か、妃教育の講師から『ユリウス殿下もいずれは臣籍降下される可能性は大いにある』とは聞いていたのに、それがうちに婿養子としてなんて……!


「俺がオルモス家の婿養子になれば、いいことばかりだなって気づいたんだ」

「いいこと?」

「まず、レンツィが王子妃にならなくて済む。レンツィが抱える俺との結婚の一番の不安が、これで解消される。婿養子ということは、結婚した時点で俺は一貴族になるからね。婿養子になっても俺はまだ暫く王族としての役割を求められる可能性はあるけど、レンツィは一瞬でも王族になることはないから、レンツィに王子妃としての役割は求められない。レンツィはこれまで通りの生活ができる」

「そっ、えぇ?」

「更に、オルモス家の家督がどうなるのかの心配がなくなる。オルモス伯爵はレンツィにそばにいてほしいのもあって、レンツィに婿を取ってほしいと思っていたのもあると思うんだ。だから、俺が婿養子になればオルモス家の家督の問題、親子離れ離れの問題は解消する。王族扱いにはならないから俺と結婚しても会いたいときにいつでも会えるしね」

「そうだけど……」

「更に更に、臣籍降下してしまえば、完全に王位に興味がないことがアピールできるから、俺やレンツィ、いずれは生まれてくる子供が狙われるリスクは格段に下がる。未だに王子妃を狙う鬱陶しいやつらも興味をなくして放っておいてくれるようになる」

「……なるほど?」

「臣籍降下する際に新しく公爵家を作るとかなりの税金を使ってしまうが、オルモス家に婿養子になれば、持参金だけで済む。国民のことを考えて無駄なお金を使わないっていうのも、王族として最後にいいことした感がある」

「うーん?」

「俺が婿養子になれば、オルモス家から持参金を用意する必要はなくなる。まぁ、陛下としては莫大な持参金を取れるかもと期待していたみたいだけど」

「莫大なって……」


 伯爵位はこの国の爵位としては中間に位置し、うちはお父様が研究にしか興味がないから貴族としての力が弱く伯爵家の中でも下の方。

 そんな家に莫大な持参金は用意できないだろう。

 ユリウスと結婚するならその心配もあったんだ……。


「オルモス家なら俺が用意する持参金より数倍高い持参金を用意できちゃうよ」

「え?」

「あれ?レンツィって、オルモス所長の功績を把握していないの?」

「色々な魔道具を生み出しているのは知っているけど」

「準魔石を作り出したのも、オルモス所長だよ」

「うん。作ったもの全ては知らないけど、それは知ってるよ、一応」

「知っててもその認識なのか。身内だからその凄さが分からないのかな。準魔石が作られたのはレンツィが生まれる前だし、生まれたときから当たり前にあったからピンと来ないのかもしれないけど、この国の経済危機を救って、豊かに変えたんだよ」

「凄い発明だったことはわかってるよ」


 そういえば妃教育で、歴史を教えてくれるおじいちゃん先生から、『この国が救われたのはオルモス伯爵様のお陰だと私は感謝しています』と手を取って言われた。

 大袈裟だなと思ったけど、大袈裟じゃなかったのかな。


「利権は全てオルモス所長が持っているし、ある意味でかなり力を持っている人なんだよ」

「それは知らなかった」

「お金があるからって豪遊生活を楽しむタイプの人ではないし、レンツィが裕福な自覚がないのも仕方がないのかな。研究費につぎ込んでるようだし……――とにかく、俺が婿養子になることはメリットばかりなんだ」

「メリットがあるというのは、わかった。それは、一旦置いておいて……陞爵されたのは何か関係あるの?」

「流石に王子が婿養子になるのに、伯爵位では少し爵位が低いという話になった。王子が伯爵家へとなると、何か俺への罰かと邪推するものも出てくる。それなら、今まで多くの魔道具を生み出している功績を讃えて公爵位にまで陞爵してしまえばと陛下はおっしゃったんだけど、『公爵位になんてなったら責任ばかり重くて研究する暇がなくなるから嫌だ』と突っぱねられてね……」

「え?へ、陛下に?お父様が、陛下にそんなことを言ったの?」

「うん。準魔石の時も公爵位への陞爵を拒否されたらしいし、相当嫌なんだね。それで『そろそろ研究室に戻る』と言うオルモス所長を何度も引き留めて、朝から話し合いが続けられて、夕方くらいにようやく『侯爵位なら』とお互いが妥協したんだ」


 それでお父様は昨日は夕食の時間に帰って来ていたのか。疲れた顔をして。

 サラッと言われたけど、昔にも陞爵を断ったって……。


「だから、次代のオルモス侯爵家当主は俺がなるよ」

「…………」


 キラキラの爽やかな笑顔で言われても。

 今なら昨夜のお父様の気持ちが手に取るようにわかる。


 あ。

 だから今日は午前中の妃教育がなかったの?と考えていると、甘い微笑みを浮かべたユリウスにふわりと抱きしめられた。


「幸せにするよ。二人で幸せになろうね!レンツィ」


 それから、ユリウスは本当にオルモス侯爵家の婿養子になった。

 結婚式中に交わされる宣誓書や誓約書に記入する時点まではユリウスは王子だから、結婚式こそ王城の教会で行われたけど、結婚式後は私と共にオルモス侯爵家に帰ってきた。


「おかえりなさいませ。殿下、いえ、旦那様。奥様」

「えっ!?サイラス様!?なんで!?」

「……ごめん、レンツィ…………どうしても付いて行くってきかなくて……侯爵家の使用人として雇うことになったんだ。お義父上には了承を得ているんだけど」

「はっ!?」

「奥様。これからも、よろしくお願い申し上げます」

「ええーーー!?」


 サイラス様もユリウスに付いてきて、オルモス侯爵家の使用人になってしまった……。

 公爵家の人間が格下の侯爵家の使用人になるって……。

 いきなり結婚生活が少し不安になってきた。



最後までお読みいただきありがとうございます。


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