二人で馬車に【フロレンツィア視点】
どこまで素直な気持ちや考えを伝えるべきか……。
話をすることは大切だと思うけど、何もかも包み隠さず全てを話すのは違う気がする。
だけど、隠していても進まない――――
「あのね――」
「お嬢様」
覚悟を決めて話そうとした途端、ラルフに口を挟まれて出鼻をくじかれてしまった……。
「なに?今、大切な話をしようとしているの。もう少し待っててくれる?」
「よろしければ馬車の中でどうぞ。周囲に人の気配は無いようですが、誰が聞いているとも限りません。そちらの御仁をお送りさせていただきますから、その間にお話をされてはいかがですか」
ラルフがいきなり気の利いたことを言い出した。
私にはありがたい申し出だけど、ユリウスはどうだろうとユリウスを見ると『ありがたい』と言うので、二人で馬車に乗り込んだ。
「では、閉めます」
「あれ?ラルフは?」
「御者台におります。城まではゆっくり走らせますので、しっかり話し合いをしてください。では」
「――気の利く男だな」
「そうだね……あの、私は、ユリウスにパヴェルとの婚約話を私が隠していたと思われていると思って、それで怒っているのかと……それと、結婚に前向きになれないことはユリウスを否定するようなものだと思っていたの。ユリウスと結婚したら王族の仲間入りをするわけだけど、結婚が嫌だと言うのは王族として育ってきたユリウスを否定することになるじゃない?だから、ユリウスが嫌な気分になったから怒ったんだろうなって。だから、ごめんなさい」
「そこを気にしていたのか……」
「違った?」
「レンツィが俺と結婚したがっていないことを、俺との気持ちの大きさに差があるんだなと思っていて、それで……あの日、レンツィが『婚約の打診をしたんだったらもっと早く言って欲しかった!それなら』と言っているのを聞いて、不安だったんだ。レンツィの気持ちがあいつに戻ったんじゃないかって。『それなら』の後は、あいつと結婚したかったのにって言おうとしたんじゃないかと。俺は無理矢理婚約したから……」
「パヴェルに気持ちが戻るなんて、そんなわけない。ユリウスは私がパヴェルを好きだったことを知っているし、そんな話があったならユリウスに誤解されそうなことや噂になりそうなことは避けなければいけなかったのに、と思って。それで、あの時はお父様に早く教えて欲しかったって言ったの」
ユリウスがガックリと項垂れてしまった。
「ユリウス?大丈夫?」
「俺たちはまた思い込みですれ違っていたのか……」
「そうみたいだね」
「……俺のこと、好き?」
「うん。もちろん好きだよ。会えなくて寂しかった」
「俺も。やっとそばで顔を見られた。もっと顔をよく見せて」
頬を両手で包み込まれて上を向かされた。
お父様にされると子供みたいなことはやめて欲しいと思うのに、ユリウスにされても恥ずかしいだけで嫌じゃないのが不思議。
薄暗い馬車の中で、私を見下ろすユリウスの顔は影になっていてよく見えない。
だけど、甘く甘く微笑んだのが伝わってくる。
心の中が甘く温かい何かで満たされていく。
うー、抱き着きたい気分……!
心の中だけで留まらず、あっという間に体の中が甘い温かいなにかで埋め尽くされてしまって、溢れ出した何かが、抱き着きたい衝動に変わる。
抱きしめたい!けど、はしたないからできない……。
これ以上暗闇に目が慣れてユリウスの甘い微笑みを直視してしまうと、抱き着きたい衝動が抑えられなくなってしまう。
ぎゅっと目を瞑って耐えたら、ふわっとした何かが唇に触れて、直ぐにこつんとおでこに何かがぶつかった。
……!?
目を開くと焦点が合わない距離にユリウスの顔があった。
私のおでこにぶつかったままの何かはユリウスのおでこ。
ってことは?
やっぱりそうなの?
そうなんだよね?
「い、え、あ、な、いいい今、え?ち、ちかいし、な、なに、」
「フッ、クククッ……」
焦点が合わない距離のまま、急に笑いだしたユリウス。
私の誤解だったのか?もしかしてからかわれたのかとユリウスをぽかんと見ていると、チュッと軽くキスされた。
「なっ!や、やっぱり、なななになに、いま、いま、いいいま、なにいま、」
「ふはっ!落ち着いて。ははっはははっ!あはははは」
「…………」
む。
そんなに笑わなくてもいいのに。
「あ。ごめん。レンツィが可愛すぎて。あまりにも愛しすぎて笑っちゃった。大好きだよ」
「……い、いいけど」
「いい?じゃあ、もういっかい」
「え!?な、なにを?なにをもういっかいって言っ――!?」
「……何ってこれに決まってるよね」
わぁーーー!?
は、初めてのキスなのにいきなり三回も!?
な、長い!?
コンコンコンッ!
「ひゃい!!?」
「……城に着きました。開けますがよろしいですか?」
「うあっどどうぞ」
「…………お嬢様?どうされました?」
「ななななにが!なに!?なんでもないから!!」
びっくりした!
もう城に着いていたことに気づいていなかった。
ラルフに思いっきり怪訝な顔をされた。
「なんでキレてるんですか」
「ふはっ!はははっ。いや、ごめんごめん。私が悪いんだ。彼女を責めないでやってくれ。送ってくれてありがとう。おかげで仲直りできた」
「それは、良かったです。最近のお嬢様はこちらが滅入るくらいため息をついていましたので」
「なっ!ラルフ!変なこと言わないで!」
「ため息は無意識でしたか?事実ですよ」
もぉもぉもぉ……!
そうかもしれないけど、ユリウスに言わなくてもいいのに!




