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俺が微笑むのは【ユリウス視点】

 

「どうした?食べないの?今日はシフォンケーキの気分ではなかった?」

「ううん。そんなことないよ。いただきます。――ん!ん〜美味しい!ふわっとしっとり!クリームとの相性もいいね!このクリーム、チーズみたいな風味がする」


 今日もレンツィは可愛い。

 シフォンケーキをじっと見ているだけで食べようとしないから促せば、口に入れた瞬間幸せいっぱいの笑顔を見せてくれる。

 釣られて俺の顔も緩んでしまう。


 前に『前から思っていたけど、そんな顔でこっち見ないで』と言われた。

 自分が笑んでいる自覚があったので、そんな顔というのは『笑顔で』ということなんだろう。


 だけど、レンツィは気づいているのだろうか?

 俺が微笑むのは、レンツィの幸せそうな笑顔に釣られているからだと。


 そして、それを言ってるレンツィも自分の顔を一度鏡で見たほうがいい。

 これを言われた時もそうだった。

『レッカーでレンツィが美味しそうにご飯を食べる度に、フードの下ではずっとこうして見ているんだよ。もう気持ちや表情を隠さなくても良くなったんだし、慣れてよ』と言って微笑むと、忙しそうに視線を泳がせながら顔を赤くしていた。


 照れてドキマギしている様子のレンツィを見ると、俺を意識してくれていると嬉しくなるし、ただただ愛おしいという気持ちから自然と笑みが溢れる。


 早く結婚して安心したい。

 サイラスに結婚式の日取りを最短で調整するように言うと、『半年後が最短』と言われた。

 もっと早くならないのか粘ってみたけど、『半年後でも異例ですが、陛下がお認めになられたので、どうにか半年後で調整がつきました』と言われた。

 陛下としては、オルモス伯爵が許したのなら逃げられる前にオルモス伯爵家の娘を王家に取り入れて繋がりを持っておきたいと考えて、打算的に半年後の結婚を認めたのだろう。

 俺がレンツィと結婚するのは打算ではないのに。


 だけど、考えようによっては、半年あればしっかりと準備をしてレンツィのために最高の結婚式が挙げられる。


「明日は何がいい?」

「えっと、何でも大丈夫」

「最近のレンツィはいつもそればかりだな。もしかしてもう飽きた?それとも、食べたくない?」

「え。違うよ。ユリウスの選択に間違いがないから、お任せしたいの。サイズはもう少し小さくてもいいけど……」

「本当に?」

「うん。それに、知らないほうが今日は何かなって楽しみがあって良いし。それを励みに妃教育も頑張れる」


 俺と結婚して王子妃になっても、それ程公務は求められないだろうけど、レンツィが前向きに妃教育に取り組んでくれていると思うと嬉しい。

 講師たちからも、『勉強熱心で頑張っておられます』と褒められて、俺まで誇らしい気持ちになった。


 腰に添えていた手が無意識に頭を撫でる。

 真っ直ぐでさらさらで柔らかなレンツィの髪の表面はつるつるで、滑らせるように撫でると気持ちが良くて癒される。

 サイラスとしてレッカーで会っていた時は、ガシガシと乱暴にしか触ることができなかったから、レンツィと想いが通じてからすっかり癖になってしまった自覚はある。


 髪の毛に向けていた視線をずらし、レンツィと目を合わせると、必ずレンツィはスイっと目を逸らしてしまう。

 気持ちが通じあっていると知らなければつれない態度に切なくなるところだけど、頬を染めて視線を逸らす仕草は可愛いの一言に尽きる。


 最近では少しずつ慣れてきたらしく、毎回頑張って長く目を合わせておこうとしているのが伝わってきて、可愛いなぁと口をついて出そうになる。

 言ってしまったらますます目を逸らされてしまいそうだから心の中だけに留めているが、反動で愛おしさが爆発して、可笑しくなってつい吹き出してしまう。

 俺が笑うとレンツィが少し拗ねてしまうので、宥めるのがお決まりだ。


「あ、そうだ。ドレスの裾の刺繍はこっちとこっち、レンツィはどっちが好み?」

「あー……こっち、かな」

「こっちか。うん、分かった。衣装部に伝えておく」


 結婚式で着るドレスは、王族として伝統の形がある程度決まっていて、幾つかあるうちの一番レンツィに似合いそうなシルエットを選んだ。

 更に、レンツィのためだけの一着を作るため、できる範囲で試行錯誤しているところだ。


 ドレスの裾に入れる刺繍は、大きな模様と小さい模様。

 どちらもレンツィに似合いそうで決めきれなかった。

 普段着ているワンピースからしても小さい模様のほうを選びそうだと思ったけど、予想通りだった。


「でも、こっちもレンツィに似合いそうだと思うんだけどな」

「……私は華やかなドレスは似合わないよ」

「そうかな?大柄でも色や形で上品にまとめたらレンツィの魅力を増していいと思うんだけどな。あ、そうだ。どうせなら両方作る?」

「結婚式で着るのは一着でしょう?白いウェディングドレスを二つもなんて聞いたことがないよ」

「んー、じゃあ夜会用にしよう。結婚式後の。白じゃなくて。そうしよう」

「…………」

「レンツィ?こっちの大柄の刺繍は気に入らない?」

「ううん。素敵だなって思うよ。だけど、私には似合わないよ」

「大丈夫だって!俺を信じて。この刺繍がレンツィの好みじゃないならやめるけど、いつもと違う感じのドレスも着てみたくない?興味ない?」

「……着てみたい、けど」

「よし。じゃあ決まりだ」

「あ、もうこんな時間。そろそろ戻るね」


 休憩時間が終わるとレンツィはあっさり副所長室を出ていってしまう。

 この瞬間はいつも、俺とレンツィの気持ちにはまだまだ大きな差があるんだと感じてしまう。

 俺はもっとギリギリまで一緒にいたいのに。


 全く未練を感じずに部屋を出ていく背中を見送った。


「……サイラス」

「はい」

「昨日レンツィを階段から突き落とそうとしたという令嬢はどうした?」

「はい。今朝、一昨日の令嬢と一緒に辺境の修道院へと送られました」

「レンツィには気取られていないな?」

「勿論です。噂されていることは気づいておられるようですが」

「流石に噂をしているだけで罰は与えられないが、なるべく雑音も聞かせないように」

「善処いたします」


 俺との婚約が正式に発表されると、レンツィに近づこうとする令嬢が増えた。

 ただ自分や家の出世のためにお近づきになろうと下心で近づくならまだしも、妬んで足を引っ張ろうという魂胆で近づく令嬢が多い。

 婚約期間中に何かあれば、これからでも相手が変わると思っているようだが、愚かなことだ。


 レンツィにはコリーという女性近衛騎士を付けているが、彼女には真正面から来る者だけ排除するように伝えてある。

 だけど、蹴落とそうと考える者は正攻法では来ない。

 大体がレンツィがいなくなった後釜を狙っているからこっそりとやろうとしている。

 結婚式まで半年しかないから、計画的に長期的な作戦は断念したのかもしれないが、今のところ短絡的な方法をとる者しかいない。


 そのため、レンツィの見えないところにも護衛を付けて、正々堂々と来ないやつらは影の護衛に対処させている。

 レンツィには姑息な手段を取ってくる令嬢の悪意に触れさせたくないし、俺と婚約した事で嫌な思いをすることが増えたと気づかせたくない。

 万が一にも結婚をやめたいと言われる可能性を少しでも回避したいから。


 ◇


 仕事を終わらせてからレッカーへ向かう。

 婚約者になってお互いの正体も分かり、城の中でも会えるようになったけど、レンツィとレッカーで過ごす時間は特別だった。


「いらっしゃい!」

「あ、サイラス。お疲れさま」

「レンツィもお疲れ様。ごめん、待たせた?」

「ううん。さっき来たところだよ」

「はい、お待たせしました。今日のおすすめ、コロッケのフレッシュトマトソースとなすとひき肉のチーズ焼きです!サイラスさんは何にします?」

「俺はとりあえずエールと……、白身魚のフライピリ辛ソース」

「はい。お待ちください」


 レッカーで会うレンツィは、城の中で会うよりも自然体に感じる。

 レッカーでは俺はフードを目深に被ったままだから、俺の視線に照れることがないからかもしれない。


 未だにレンツィは俺の本名の『ユリウス』よりも偽名の『サイラス』のほうが気楽に呼びやすいようで、レッカーにいる間の方が名前を呼ぶ回数が多い。

 その名が『サイラス』というのは複雑な気持ちにさせる。


 エールが手元に来ると、レンツィが自分で注文した料理を二人の間に置いてくれる。

 ここでは料理をシェアして食べるのが二人のお約束になった。

 食いしん坊なレンツィとしては、シェアしたほうが色々食べられて嬉しいらしい。

 いつもにこにこと食べている。


 想いが通じる前は凝視しないように遠慮していたけど、今では遠慮なく真横からじっと見てしまう。

 嬉しそうに料理を口に運び、幸せそうに咀嚼している横顔を見放題だ。

 こんなにじっと見ていても、フードを被っているからか、城でお茶をするときのように照れて顔を背けられることもない。


「サイラス?どうかした?」

「ううん。何でもない。美味しい?」

「うん!フレッシュトマトソースがさっぱりと食べられるよ。なすのチーズ焼きもミートソースが相性抜群!サイラスも食べて!」


 良かった。

 今日もレンツィが幸せそうにご飯を食べている。

 それを見られただけで、今日一日が良い日に変わる。



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