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挙式は最短の予定で【ユリウス視点】

 

「で、殿下……」


 誤解しあっていたと分かった今、誤解が解けたのに殿下と呼ばれるのは嫌だ。


「ユリウスって呼んで。嫌だけどレッカーでサイラスと呼ばれるのは仕方ない。だけど、城ではちゃんと自分の名前で呼ばれたい」

「…………」

「レンツィ」

「ユリウス殿下」

「うん」


 やっと名前を、俺の名前を呼んでもらえた。

 サイラスと呼ばれても何も感じないのに、レンツィの口から俺の名前が紡がれるだけで、自分の名前が特別に感じる。

 困ったようにおずおずと言ってるのも可愛い。


「ふたりきりの時は殿下もつけなくていいからね。本当の俺がこうだっていうのは人に隠しているから人前では難しいけど、ふたりきりの時は、俺は俺として話すしレンツィにも俺として接するから。レンツィもレッカーにいる時と同じようにして」

「…………」


 まだ俺が第三王子だってことに戸惑っているんだな。

 今の今まで別人だと思っていた人が同一人物だと分かったばかりだしな。

 仕方がないか。

 だけど、ふたりきりのときにまで畏まられると急に壁ができたみたいで寂しいから、気にせず今まで通りに接してほしい。


「今まで通りに。ね?レンツィ」

「うん」

「よし」


 想いが通じ合ったことが嬉しくて、これからもふたりきりのときは俺を俺として見てくれると思うと嬉しすぎて、レンツィを抱きしめた。

 すると、遠慮がちに腕が回されて、さらに気持ちが昂る。


「!……好きだよ」


 好きな気持ちが抑えきれない。

 この気持ちは何度伝えても、伝え足りない気がする。

 抱擁を解きレンツィの顔を覗き見ると、視線を逸らして頬を染めていて、愛しさが溢れてまた抱きしめた。

 俺は今、絶対に破顔しているな。

 あぁ永遠にこうしていたい。


「それじゃあ結婚の準備を進めるよ。オルモス所長にはもう許可を得ているからね」

「えっ!?」


 あ。やっぱり驚くよね……。

 ぎゅっと抱きしめたまま結婚について話すと、バリっと体を剥がされてしまった。

 離れてしまったのが少し寂しい。

 だけど、ちゃんと話をしなければいけないか。


「さっき、『婚約できないと思って』って言ってたけど、俺たちはもう正式に婚約済だから」

「えっ!?へ、返事は急がないって……その後、聞かれてないからまだ婚約してないんじゃ?私何も知らないけど?」

「レンツィの気持ちが完全に俺に向くまで待つつもりだったのは本当だよ。隣国に発つ前日に『会えないと寂しい』と言ってくれたからね。はっきりと気持ちを聞いた訳じゃないけど、そこまで気持ちを傾けてくれたのが嬉しくて、発つ直前に正式に手続きしちゃったんだ。オルモス所長が所長室を住処にしていてくれて助かったよ。お陰で早朝でも親の許可を得ることができた」

「………………そうなんだ……」


 既に婚約済みだと言うとレンツィは唖然としてしまって「だから、俺が公務に出発した日から護衛がついているでしょ」と言ったけど、聞こえていない様子。

 でも、今は完全に気持ちが通じ合ったのだし、少し早まって行動したのは許してくれるよね?


 もしかして、嫌だったりするのかな……。

 聞くのが怖いし、嫌がられたとして逃すつもりはないから聞かないけどね。

 自分勝手だと言われようと関係ない。

 恋とは欲深く自分勝手なものだろう。



 その後、サイラスに入室の許可を出すと、副所長室に入ってきたサイラスは俺たちふたりが仲良く寄り添い座っていることに驚いていた。

 しかし、俺がレンツィに構い出すと、サイラスがいつもの調子を取り戻してきて、小言が始まった。


「結婚前にそのような。節度を保ってください」

「想いが通じ合ったのだ。少しくらい大目に見てくれ」

「それは理由になりませ……ん……」


 サイラスが言葉に詰まったと思ったら、レンツィがまた顔を真っ赤にして俯いていた。

 想いが通じ合ったと言う言葉に反応したのか?可愛いな。

 俺の婚約者が可愛すぎる。


「……今日だけですよ」


 レンツィの恥じらう様子はサイラスをも黙らせるほどなんだな。

 何かあればこれからもレンツィを恥じらわせてサイラスに大目に見てもらおう。


「サイラス様……あの、先程は訳の分からないことを言って申し訳ありませんでした。それに先程だけでなく、私、何度か呼び捨てにしてしまって……」

「それはレ、フロレンツィアが謝る必要はないよ。原因は私であり、サイラスでもあるんだ」


 レンツィが謝ることはないと思って庇うと、サイラスが怪訝な顔をした。

 だけど、それも仕方がないか。何故自分のせいなんだと思っているのだろう――――


 窮屈な城も、傅いてくる大人たちも、傅いておきながら本心では第二妃の息子に価値はないと馬鹿にしていることが透けて見える人も、全部鬱陶しかった。

 反抗期に城を抜け出すようになって、ピッタリと付き従ってついてくる近衛騎士を撒いて、城の外では自由に行動するようになった。

 隠密部隊の護衛は撒ききれなかったけど、一応隠れているから気になりにくいし諦めた。

 ただ、俺がどこへ行って何をしているのかは絶対に言うなと軽く脅して口止めした。

 特にサイラスには言うなと言ったら、ちゃんと言いつけを守る良い護衛だった。


 いつからか、俺の教育係も兼任するようになった側近のサイラスは真面目で口うるさい。

 俺は第二妃の子供で、正妃の子供である兄たちより多少自由に育った。

 だが、サイラスは俺が王になることを期待していたのか、兄たち以上の振る舞いを求めるかのように厳しかった。

 サイラスは母の兄の子で従兄弟関係にある分、子供の頃から何度も会っていたし、他の者よりも遠慮なく小言を言ってくる。

 俺よりも余程王族らしく行動する大切さを理解しているようで、いつでもそれを求めてくる。

 些細なことでも説教されるのが鬱陶しくて、いつしかサイラスの前でも王子の面を脱がなくなっていた。

 誰の前でも自分らしくいられなくなっていたのだ。

 だけど、俺だって自由を謳歌したい。

 自分らしくいられる場所がひとつくらいあってもいいだろう。

 それが、俺にとってはレッカーだった。

 俺の秘密の場所。


 だから、俺とレンツィが二年前から会っていたこともサイラスは知らない。

 口うるさいからと秘密にしすぎた。

 信頼はしているが、面倒臭いと思いすぎたツケが、こんな形で回ってくるとは。


 ここ十年ほど俺は城にいる間は良い子の第三王子を演じきっていた。それはレンツィの前でも。

 それもこれも、俺が俺らしくいようとするとサイラスが小言を言ってくるから、それが染み付いていた結果だ。

 だが、レンツィも城では俺を第三王子として扱うために、節度を持って接してくれているのだと思っていた。

 だから、レンツィの前でも徹底的に紳士的な良い子の王子であり続けた。


 それが誤解からそういう態度だったのだと分かった今、想いが通じ合った今、少し自分の気持ちに正直に行動してもいいだろうと、レッカーのように横に並んで座っている。

 それだけでもサイラスには、急な変化に見えるのだろう。


 そこで、漸く俺が城下でどこに行って何をしているのか、少しだけ白状した。

 全ては言わない。面倒臭いことになりそうだから。


「ヘルベンが第三王子宮を辞めて下町に店を出したのは知っていましたが、まさか殿下がそこに通われているとは……」

「ヘルベンの作る料理が好きだったからな。ただ美味しいだけでなく、その日の俺の体調に合わせて味付けや加熱時間等、少しずつ変えてくれていたし、今もヘルベンの作る料理が一番好きなんだ」

「それならば再びヘルベンを第三王子宮の専属料理人として呼び戻しましょう」

「やめろ。あれは下町のあの店でやっているほうが伸び伸びとしていて合っている。無理に戻すようなことは絶対にするな」

「出過ぎたことを申しました」


 城では料理人さえも我先に出世しようと足を引っ張り合う。

 そのため、一流の腕を持っている者が偉くなるとは限らない。ヘルベンが第三王子宮を去ったときの料理長がまさにそうだった。


 俺の宮で料理人をしていたヘルベンは、当時の料理人の中では唯一、俺のことを考えて料理を作ってくれる料理人だった。

 王族の宮で働く料理人の多くは、王族たるものそれに相応しい料理を食べるべきだし、そういう料理を作ってお出しすることこそ料理人の誉とでも言うように、こちらの体調なんて関係なくいつでも豪華な食事を作る。

 例え、風邪をひいて熱を出しても、メニューは変えない。王族は王族らしいものを食べるべきだから。


 だけど、ヘルベンは違った。

 俺が熱を出して豪華な食事がとれないとき、こっそりとパン粥やフルーツを擦ったものを持ってきてくれたし、夏バテで食欲がないときにはあっさりさっぱりした料理を持ってきてくれた。

 風邪をひいたある時、これまでと同じようにこっそり俺用の料理を作っていると、それが料理長にバレてクビになってしまった。

 俺が元気なら庇えたのに、熱が下がった時にはヘルベンはもういなかったのだ。


 城を抜け出して城下を散策しているときに、偶然レッカーを出入りするヘルベンを見つけた。

 ヘルベンが雇われている店か?王宮料理人がこんな下町の店で働かなければいけなくなったのか?と見たときはショックだった。

 この店の待遇によっては絶対に王宮料理人に復帰させようと思ったが、いきいきと働いている様子に、すぐにその考えはなくなった。

 そしてしばらく観察すると、ヘルベンが開いた店だと分かり、通うようになった。


 今は料理長も交代させたし、俺自身が料理に口出しをするようになったから、第三王子宮の料理人は常に一定の料理を出すだけではなくなった。

 それでも、今でも体調が悪くなりそうなときこそレッカーに行き、体に優しい料理を作ってもらっている――――



「サイラスにバレたし、サイラスの前ではいつも通り、レッカーにいる時のようにしようか、レンツィ」

「え」


 何故か戸惑うレンツィ。

 今更何を戸惑うことがあるというのだ?

 さっき、二人きりのときは今まで通りにすることを了承してくれたのに。

 事情を知ってるサイラスの前でなら構わないだろう?


「ね?いいでしょ?だめ?レンツィは嫌?」

「嫌じゃ、ないですけど。でも」

「良かった!じゃあ、サイラスがいてもレッカーで接するようにしてね。俺もそうするから。ね?」

「殿下。『俺』と言うのは……それに口調が砕けすぎでは王族として民に示しが」

「サイラス。今は我々しかいないんだ。そういうところが、今回の結果に繋がったんだぞ」

「……申し訳ございません」


 城にいる間も、少しでも安らぎが欲しい。

 それにサイラスにバラしたんだから、サイラスの前で王子の面をつけ続ける必要はもうないはずだ。


「城では他者の目もあるし、王子としてフロレンツィアには接していたから、余計に誤解させてしまったんだ。だから、全部私が悪い。サイラス、すまなかった」

「おやめください!殿下が従者に頭を下げるなど、あってはならないことです。事情はわかりましたから。――しかし、なるほど。それは使えそうですね」

「使うとは何を?」

「公務で外に出る時に、私と殿下の色合いを交換するんです。移動中などに入れ替わっておけば、暗殺リスクが減ります。我々は従兄弟で顔の作りが似ていますから、好都合」


 確かにそれはあるな。

 だからといってサイラスを影武者のようにするのはどうだ?

 側近として護身術には長けているが、魔術師としての腕は俺のほうが上だ。

 接近戦より魔術を使用したほうが楽に方が付く。

 暗殺者が来るなら今まで通り俺を直接狙ってくれたほうがいい気もするが。


「え?……暗殺?」


 影武者案について思考を巡らせると、レンツィの不安そうな声が耳に届いた。

 レンツィを見ると、不安そうに瞳が揺れている。

 少しも不安にさせたくない気持ちと心配してくれる喜びの矛盾した感情が湧き上がる。


「大丈夫。最近は暗殺されそうになってないから、安心して。サイラス、余計なことは言うな」

「さ、最近はって!?前はあったんですか!?」

「子供の頃の話だよ。王太子が決まっていなく、まだ王位継承権を放棄する前はたまにね……」

「継承権の放棄って数年前の話じゃ……今はもう大丈夫なんですか?」

「うん。大丈夫。それに、護衛は皆優秀だし、私も魔術師としての力はそれなりにあるんだよ。レンツィ?それよりも敬語になってるよ」


 安心させようとしたが、暗殺と聞いて怖くなったらしいレンツィは顔を青ざめさせ瞳を揺らしたまま。

 不用意な発言をしてレンツィを不安にさせたサイラスには後でお仕置きが必要だな。

 それよりもレッカーにいるときのようにして欲しくて敬語になっていると指摘すると、何故か少し複雑そうな顔。何故だ?


「危ないことはしないでくだ……しないでね」

「心配してくれてありがとう。――――いじらしくて可愛いな。早く結婚したい」


 袖口を掴んで見上げてくるレンツィが可愛すぎる。

 昂る気持ちを隠さず表情に乗せて微笑めば、頬を染めて目を泳がす。

 ちゃんと俺のことを意識してくれているのだとわかって嬉しくなる。


「サイラス。挙式は最短の予定で準備を進めろ」

「承知いたしました」


 通常なら妃選びの儀から三年の婚約期間を設けて結婚の儀を行う。

 それは成人になってすぐに妃選びの儀を行い、伴侶を選ぶからで、成人後の経験を積んでから結婚するためでもある。

 だけど、俺は成人の年には誰も選ばなかった。王位継承権を放棄するためでもあったけど、それから三年経っているし、成人した王族としての公務もそれなりにこなしてきた。

 だから、通常の三年間の婚約期間は不要なはず。

 準備さえ整えばすぐにでも結婚できるだろう。


「ふたりで幸せになろうね、レンツィ。必ず幸せにするからね」


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