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気を失うかもしれない【フロレンツィア視点】

 

「で、殿下……」

「ユリウス」

「へ?」

「ユリウスって呼んで。嫌だけどレッカーでサイラスと呼ばれるのは仕方ない。だけど、城ではちゃんと自分の名前で呼ばれたい」

「…………」

「レンツィ」

「ユリウス殿下」

「うん」


 うぐっ。

 ふにゃりと嬉しそうに笑った顔が可愛すぎて、完全に胸を撃ち抜かれた。

『うん』だって。

 何度も聞いたことのある普通の返事なのに、可愛く聞こえるのはなんで!?


「ふたりきりの時は殿下もいらないからね。本当の俺がこうだっていうのは人に隠しているから人前では難しいけど、ふたりきりの時は、俺は俺として話すしレンツィにも俺として接するから、レンツィもレッカーにいる時と同じようにして」

「…………」

「ね?」

「うん」


「よし」と言って、ぎゅっと抱きしめられた。

 その上、耳元で「好きだよ」と囁かれたから、気を失うかもしれないと思った。


「それじゃあ結婚の準備を進めるよ。オルモス所長にはもう許可を得ているからね」

「えっ!?」

「さっき、『婚約できないと思って』って言ってたけど、俺たちはもう正式に婚約済だから」

「えっ!?へ、返事は急がないって……その後、聞かれてないからまだ婚約してないんじゃ?私何も知らないけど?」


 どういうこと!?強制ではないって、返事は急がないって言ってたのに、違ったの?やっぱり強制だったってこと?


「レンツィの気持ちが完全に俺に向くまで待つつもりだったのは本当だよ。隣国に発つ前日に『会えないと寂しい』と言ってくれたからね。はっきりと気持ちを聞いた訳じゃないけど、そこまで気持ちを傾けてくれたのが嬉しくて、発つ直前に正式に手続きしちゃったんだ。オルモス所長が所長室を住処にしていてくれて助かったよ。お陰で早朝でも親の許可を得ることができた」

「………………そうなんだ……」


 お父様ったらいつの間に。言ってくれてもいいのに。

 って、そういえば最近お父様とは会っていなかったわ。

 同じ魔術研究所に所属していても、私以上に研究室に篭ってる人だから、家族なのにあまり姿を見ない。

 週の半分は家に帰ってきているみたいだけど、大体週に一回、多ければ三回顔を見れば良いほうだからな。



 その後、入室を許可された側近のサイラス様は、少し前まで一定の距離を保っていた私たちふたりが仲良く寄り添い――ユリウス殿下がくっついて座ってくるのを私が顔を赤くして照れている姿を見て、驚いていた。

 そして「結婚前にそのような。節度を保ってください」とお説教が始まったけど、ユリウス殿下は「想いが通じ合ったのだ。少しくらい大目に見てくれ」と反抗していた。

 私は、殿下の『想いが通じ合った』という言葉に照れてしまって顔を赤くしてしまう。

 すると、サイラス様が私の顔を見て「……今日だけですよ」と譲歩したから、殿下の物理的距離がさらに近くなって困った。


「サイラス様……あの、先程は訳の分からないことを言って申し訳ありませんでした。それに先程だけでなく、私、何度か呼び捨てにしてしまって……」

「それはレ、フロレンツィアが謝る必要はないよ。原因は私であり、サイラスでもあるんだ」


 話を聞いてみるとサイラス様は、ユリウス殿下がレッカーに通っていることや外ではサイラス様の色合いに見せる魔術を使用していること、更にはサイラスと名乗っていることを知らなかったらしい。

 殿下が城下へと頻繁に赴いているのは把握しているが、どこへ行っているのか聞いても一切答えないし、隠密部隊の護衛以外は撒かれてしまう。

 その上、付いている護衛にはしっかりと緘口令をしいているため、側近でも城の外での殿下の行動は把握できていなかったのだとか。

 暫くはなんとか探ろうとしたが、危険な報告は上がってこないし、探れば探るほど把握できる情報量が減っていくため、いつしか諦めて自由にさせていたそうだ。


 そして今日、事情を知らないサイラス様にとっては私の意味不明な言動によって、初めて殿下に部屋から追い出されるという前代未聞の事件が勃発。


 私たちが誤解を解きあってる間、信頼の厚いサイラス様が部屋を追い出されるなんて、婚約しているとはいえ未婚の男女がふたりきりで密室に籠るなんて何かあっては、と魔術研究所副所長室の外では護衛や侍従たちの間でちょっとした騒ぎになっていたそうだ。

 それに気づいた研究員たちも何事かと見物にきていたらしい。

 私はといえば、気づかないうちにユリウス殿下が消音魔法を使っていたらしく、外の騒ぎに全く気づいていなかった。


 ユリウス殿下がサイラス様に事情を話し、私たちが急接近した理由を納得したようだった。


「サイラスにバレたし、サイラスの前ではいつも通り、レッカーにいる時のようにしようか。ね、レンツィ」

「え」


 いいのかな?本当に。

 レッカーでの振る舞いって明らかに王族に対してしていい振る舞いじゃなかったよ。

 ユリウス殿下の言う通りにすると私がサイラス様に怒られるんじゃないのかな。


「ね?いいでしょ?だめ?レンツィは嫌?」

「嫌じゃ、ないですけど。でも」

「良かった!じゃあ、サイラスがいてもレッカーで接するようにしてね。俺もそうするから。ね?」

「殿下。『俺』と言うのは……それに口調が砕けすぎでは?王族として民に示しが、」

「サイラス。今は我々しかいないんだ。そういうところが、今回の結果に繋がったんだ。わかるよな?」

「……申し訳ございません」


 ユリウス殿下に制されたサイラス様は引き下がっていった。

 本当に二人きりの時というか、サイラス様と三人の時はレッカーでするようにしていいんだろうか?


「あの、お店ではサイラじゃなくて、殿下の顔は一度しか見ていないけど、サイラス様にそっくりだったんです。色合いも同じで。だから、ずっとサイラス様が私の会っているサイラスだと思い込んでいて。改めて、ごめんなさい」


 ユリウス殿下が事情を話したからサイラス様も私の謎行動の意味を理解してくれたと思うけど、これまでのことを思うと居た堪れなくて言い訳のようなことを言ってしまった。


「城では他者の目もあるし、王子としてフロレンツィアには接していたから、余計に誤解させてしまったんだ。だから、全部私が悪い。サイラス、すまなかった」

「おやめください!殿下が従者に頭を下げるなど、あってはならないことです。事情はわかりましたから。――しかし、なるほど。それは使えそうですね」

「使うとは何を?」

「公務で外に出る時に、私と殿下の色合いを交換するんです。移動中などに入れ替わっておけば、暗殺リスクが減ります。我々は従兄弟で顔の作りが似ていますから、好都合」

「え?……暗殺?」

「大丈夫。最近は暗殺されそうになってないから、安心して。サイラス、余計なことは言うな」

「さ、最近はって!?前はあったんですか!?」

「子供の頃の話だよ。王太子が決まっていなく、まだ王位継承権を放棄する前はたまにね……」

「継承権の放棄って数年前の話じゃ……今はもう大丈夫なんですか?」

「うん。大丈夫。それに、護衛は皆優秀だし、私も魔術師としての力はそれなりにあるんだよ。レンツィ?それよりも敬語になってるよ」


 暗殺と聞いて怖くなった。

 ユリウス殿下にそんな命の危険があるなんて。

 なのに、にこりと笑って敬語になっていると言う顔が少し怖い。

 今気にするのはそこなの?


「危ないことはしないでくだ……しないでね」

「心配してくれてありがとう。――――レンツィはいじらしくて可愛いな。早く結婚したい」

「………………」


 暗殺なんて聞いて、万が一の恐怖心で思わず殿下の袖口を掴んで言うと、極上の甘い笑みを向けられた。こっちは命の心配をしてるのに。

 うぅ。その甘い顔はやめて。


「サイラス。挙式は最短の予定で準備を進めろ」

「承知いたしました」


 あれよあれよと結婚の準備が進められる話になってる。

 確かにユリウス殿下のことは好きだけど、待って?

 殿下と結婚するってことは私が王子妃になるんだよね?

 私に務まると思えないんですけど!?


 夜会でプロポーズされたときは、失恋して間もないから求婚されても困ると思っていたのにな。

 今は私が王子妃なんて困るけど、でも……ユリウスと結婚できるのは嬉しい――――



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