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心のどこかで期待している【フロレンツィア視点】

 

「フロレンツィア。この申請書類だが……どうかしたのか?」

「いえ!なんでもありません!!」

「そ、そうか?」

「はい!至って平常心であります!」

「お、おう。少しは休憩しろよ……」

「お気遣い痛み入ります!」


 殿下が公務に出かけて一週間。

 殿下の付き添いでサイラスも隣国へ行ったので、あれから会っていない。

 だというのに、私はあの日の馬車の前での出来事を脳内で何度も何度も自動再生しては、自分の気持ちに驚くのを繰り返している。


 いやいや、まさか。

 まさか……ね?

 まさかだよ。


 あの時はお互いにお酒も入っていたし。

 それに、恋愛感情じゃなくても暫く会えないことを寂しく思うことはある訳だし。

 友情でもね…………。


 友達として、飲み仲間として言われたのかな。

 ――……それはやだな。


 はっ!

 今、やだなって思っちゃった!?


 やっぱり私、サイラスのことが好きになっちゃったのかも!

 わぁ!どうしよう!?


「休憩!!休憩しよう!休憩してきます!」

「お、おう。しっかり休めよ」


 自分の気持ちに慌てている場合ではない。落ち着こう。

 仕事中にこんなこと考えているなんて、駄目だ。


「休憩ですか?どちらへ?」

「あっ……えっと、ちょっとそこまで適当に」

「畏まりました」


 研究室を出ると即座に話しかけてきた彼女は、第三王子殿下付きの近衛騎士。

 殿下が公務で旅立った日から城にいる間は私に張り付いている――――


 サイラスが旅立った朝、落ち着かなくて早めに出勤した。

 いつもより早い時間ではあるものの、普通にいつも通り城門を潜ると女性近衛騎士がこちらに向かって猛烈に走ってくるから何事かと怖くなった。


『フロレンツィア様、本日より警護を担当することになりました。女性近衛騎士隊第一班のコリーと申します。よろしくお願い申し上げます』

『へっ?た、頼んでいませんけど』


 第三王子殿下の命令だと言われてしまったら、お帰りくださいとは言えない。

 研究室の中まで入ってこようとしたので、研究に集中できないので研究室の外で待機して欲しいとお願いしたら、渋々了承してくれた。

 だけど、一歩でも研究室の外に出ると、シュバッと駆け寄ってきてピッタリとマークされているかのように護衛される。


 だから、以前のように休憩しても、なんだか気が休まらない。


 唯一の救いは、殿下の命令は恐らく、勤務時間中の護衛または護衛範囲は城内という条件だったようで、仕事を終えると城門までは送ってくれるけどそれ以上は付いてこない。

 その代わり、朝は城門で待ち構えられているけど。


 サイラスからやめて貰えるように頼みたいけど、頼みの綱のサイラスも殿下と一緒に行ってしまったから受け入れる他ない状況だった……。


 それでも、コリーさんはいい人だったし、一週間も経てば多少は慣れる。


 ◇


「お嬢様。こちらユリウス殿下からのお手紙が届いております」

「ありがとう」


 自分の気持ちに何となく気づいた後は少しだけ落ち着くことができた。

 そんなときに予告通り送られてきた殿下からの手紙。

 我が家の執事が、高貴なお方からの手紙ということで、恭しく銀の盆に乗せて持ってきた。


 手に取って裏返してみるときっちり王家の紋章が封蝋に捺されている。

 それだけで軽々しく扱うことが許されない重みを感じ、手の中の手紙が実際に重みを増したように錯覚してしまう。


 慎重に開封して手紙を取り出すと、三枚入っていた。


 一枚目には、無事に隣国に到着したという書き出しで、隣国の街並みや雰囲気を伝える文章が続く。

 少々角ばった男性らしさのある、読みやすく綺麗な文字だった。


 二枚目には、異国情緒溢れるこの街並みを君と歩きたい。副所長室でのお茶の時間が恋しく感じる。早く会いたい。用事を出来るだけ早く済ませて帰るから待っていて欲しい。と、とにかく甘い言葉が綴られていた。


 甘く微笑まれることはあっても今まで面と向かってここまで甘い言葉を言われたことはないのに。文字でその想いを読むというのは、なかなかにインパクトがあり、言い表せない照れ臭さやむず痒さを感じる。


 三枚目には、また手紙を送る。返事が欲しいところだけど、他国訪問中の王族宛の物は手紙でも検閲が厳しく手元に届くのに時間がかかり過ぎるから、帰ってから直接聞かせて欲しい。話せる日が待ち遠しい。ということが書いてあった。


 そして最後に、お土産には君が好きそうなお菓子を買おうと思う。君を想って選ぶ時間は楽しいことだろう。けれど、君が困ってしまうほどの量は買わないからどうか安心して欲しい。と少し冗談っぽく書かれていた。


 きっとサイラスが殿下に私が最近体型を気にしていて、お茶の時のデザートの量が多いと言っていたことを伝えてくれたのだろう。


 殿下の手紙の中では、サイラスについて何も触れていなかった。

 何も触れていないということは、何事もないのだろうけど、サイラスが今どうしているのか気になってしまう。


 どうしたら良いのだろう……――


 サイラスへの気持ちを自覚してしまった。

 殿下にプロポーズの返事はしていないままだけど、ごめんなさいってして良いのかな。


 殿下からの手紙の内容は甘くて、これが恋人からのものだとしたら胸がいっぱいになっただろう。何度も読み返し、一生大切に保管するくらい甘さのある内容だった。

 だからこそ、このままではいけないという気持ちが強くなる。

 例えサイラスと結ばれることはなかったとしても、今のままではいられない。


 殿下からのプロポーズを断れるなら断りたい。強制ではないと言っていたから断る余地はあるのだろうか。

 何が良かったのか、どうやら本当に私は殿下に気に入られて求婚されたようだけど、サイラスへの気持ちを自覚してしまった今、殿下の気持ちに応えられそうにない。そもそも王子妃なんて私には務まらないし。


 でも、断ることができないのなら――サイラスへの気持ちに蓋をしなければいけない。サイラスは側近としていつも殿下のそばにいるのに、サイラスへの気持ちを持ったままではいられない……。

 いつも側にいるから、忘れるのにどれくらい時間が必要か分からないけど。

 そうなったら、レッカーに行くのもやめたほうがいいのだろうな……。


 ◇


「ソワソワしてどうしたんだい?サイラスを待ってるのかい?」

「ぅえ!?ソ、ソワ、ソワソワして見えます!?」

「ああ、お手本のようなソワソワ具合だねぇ。深呼吸でもして落ち着きな」

「そ、そう?じゃあ……」


 すぅ〜はぁ〜と深呼吸していると、カランコロンとドアが開く音がして、ドキリとしてしまった。


 つい先日、殿下から何通目かの手紙が届き、順調に行けば今日の夕方には城に着く予定だと書いてあった。

 今日無事に着いたとして、長旅を終えたばかりでレッカーに来ないかもしれないと思いつつ、サイラスが来るかも知らないという期待で落ち着かない。


「こんばんはー!おばちゃん、いつもの!」

「私もいつもの!」


 違った。

 よく見かける別の常連さんだった。


 今日はドアにつけられたベルがカランコロンと鳴るたびにドキンとしていて、ドアの方へ振り返っているので、心臓と首に負担がかかっている気がする。


 でも、サイラスへの気持ちを自覚してから会うのは初めてだし。

 凄く会いたいのに会いたくないような、でもやっぱり会いたいような、落ち着かない。

 最後に『俺も……』と言ってくれたから、会えなくなる期間を寂しいと思ってくれてるってことだよね。

 少しは私がサイラスの心の中にいるかもしれないと期待してしまう。


 寂しいと言ってくれたから、無理してでも会いにきてくれるのでは?と心のどこかで期待している。

 早く会いたい。


 けれど、その日は会えなかった。



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