全く考えが読めない【ユリウス視点】
「私の[妃探しの儀]を開くことになりまして、オルモス伯爵家にも招待状を出します。よろしいですね?」
それを聞いたオルモス伯爵は、ニヤリと笑った。
陛下が、俺の希望する相手がレンツィであることを危惧している一番の理由は、父親がオルモス伯爵だからだ。
レンツィの父親である彼が何を思うのか、父親になったことのない俺には分からないし、考えてみても常人とは思考回路が違いそうなので、オルモス伯爵の反応を探ってみることにした。
直接「招待状を出す」と伝えるのは、貴方の娘が俺の妃候補だと告げたことになる。
それくらいは理解できる人だから意味は伝わっただろう。
ここで『よろしくない。遠慮する』なんてはっきり言われても困るが、社交界では研究バカとして変人だと思われていても、一応王族への敬意は持っている方だから、そこまではっきり拒絶はしないだろう。
嫌ならば何か反応があるだろう、とにらんで出方を見たかったのに、不敵に笑われた。
全く考えが読めない。
オルモス伯爵は、研究バカと思われているが、準魔石の発見の他にも沢山の発見や発明をしている凄い人だ。
準魔石で国を救った時には、陛下から公爵位の叙爵を提案されたのに断って、『その分研究費用を増やして欲しい』と言う程だった。
そのため、偉業を成し遂げたのに天才や英雄ではなく研究バカの変人という認識が広まってしまったが……。
しかし、その結果準魔石を使った道具の開発が進み、人々の生活が豊かになった。
単に自分の欲を優先させたのか、国や民のことを思ってくれたのかは分からないが、オルモス伯爵によって国が大きく変わったのは確かだ。
不敵に笑った後はただじっと俺の顔を見てくるだけで、口を開こうとしない……何を言われるか全く予想がつかない。
「……殿下。私が駄目だと言って諦められる程度の気持ちなら、駄目だったら諦めようと考えられる程度の気持ちなら、すぐに諦めてください。その程度の気持ちしかない男にフロレンツィアはやれない」
オルモス伯爵の機嫌を損ねてこの国がまた財政難に陥るかもしれない状況になったら、王族としては諦めざるを得ないのは確かだ。
しかし、諦めるつもりはないし、駄目だと言われて諦め切れるとも思えない。
パヴェル・ピーリネンという好きな人がいるのを分かっていても想いは増すばかりで、二年近く想っていたんだ。
漸くチャンスが巡ってきたんだぞ。
諦められるわけがないだろう。
「以前、フロレンツィアには国内の男と結婚して欲しいと殿下に言ったことがあるのは覚えておられますか?」
「もちろん」
だからこそ、陛下から勝算を聞かれたときにも大丈夫だろうと思ったのだから。
「国内でも王族が相手なら自由に会うのもままならない。それでは外国へ嫁にやるのと同じだと、私は思いますよ」
「っ!」
表情はにこやかだけど、目の奥が笑っていないオルモス伯爵の様子に、緊張感が高まってくる。
もしや、最悪なことを言わないよな。やめろよ……。
「可愛いでしょう?私のフロレンツィアは。本人が思っているよりもずっと可愛いし、可愛げがある」
「ええ、そうですね。全くもってその通りだと思います」
「……そんな風に若い男から力強く同意されると、父親としてはなんとも複雑ですね」
「…………」
「王族である限り、貴方はどこへ行っても殿下として見られる。本当の、ただの人として自分を知ってもらえる状況など、殿下のお立場では中々許されないでしょう。ですから、正体を明かせないにしても対等に話せる女性に惹かれる気持ちは分からなくもない」
「……知っていたのか」
「放任であっても放置はしていません。見守るのも親の務めです。しかし、娘がビストロでよく話している相手が誰なのか調べるのは骨が折れましたよ。そちらの護衛が邪魔してくるもので」
まさか気づかれていたとはな。
帰りは迎えがあるとはいえ、貴族令嬢を夜のビストロに一人で行かせるとは自由にさせすぎでは……と思っていたが、オルモス家は意外と優秀な者を雇っているようだ。
「そもそも、勘違いなさっておられる」
「勘違い?」
「決めるのは私ではありませんよ、殿下。あの子が殿下のことをどう思っているのか。それが一番大切だと私は思います。娘が嫌がる相手には嫁がせません。私は、娘には好きな人と結婚してもらいたい」
「貴方は意外と娘思いの良い父親なのですね」
「今のところ、殿下の片思いのようですが?」
「っ!――必ず、私のほうに振り向かせてみせます」
「それは、楽しみですね」
俺の思いが真剣であることが伝わるように真っ直ぐに見据えて宣言すると、オルモス伯爵の視線が少し和らいだ気がした。
「実は先日、娘の想い人に打診をしました。まさか殿下がそこまでフロウのことを、とは思わず。まぁ……人の心など分からないものですから、ぬか喜びさせてはいけないとまだ娘には話していないし、彼からの返事もまだ聞いていませんがね」
「!」
「私は娘には好きな人と結婚させてあげたいので、次はあの子の心をご自身に向かせることができてから、いらしてください。あの子が他の男が良いと言えば、殿下からの申し出と言えど、お断りせざるを得ません。あ、ですが招待状はありがたく拝受いたします」
招待状を受け取るということは、求婚はしても良いと理解しよう。ひとまず良かった……。
だが、『あの子の想い人に打診をしました』ということは、パヴェル・ピーリネンにレンツィとの婚約を打診したという意味だろう。
昨日、レンツィの口から『妹としか見ていないと言っていた』と聞いたばかりだから、二人がすぐに婚約するとは思えないが何があるかは分からない。
どういう状況で、『妹としか見ていない』と言われたのか分からないが、レンツィは完全に失恋したと思い込んでいた。
状況によってはレンツィの誤解の可能性もあると思ったが、そんな助言はもちろんしていない。
誤解だったとしたら、誤解したままでいればいい。
俺はお人好しではないから、目の前に転がってきたチャンスが誤解によるものだとしても、それを掴むためなら誤解を大きくすることも厭わない。
しかし、パヴェル・ピーリネンにとってレンツィとの結婚はメリットのほうが多い。
本当にレンツィのことを異性として見られないとしても、オルモス伯爵家の莫大な財産を手に入れるためなら関係ないと考える男は多いはず。
今では研究バカという認識のほうが強くなっているし、若い世代ではオルモス伯爵の偉業やそれによって得た財産について知らない者もいるらしいから、あいつも知らない可能性は高い。
だけど、それを抜きにしても奴の立場ならレンツィとの結婚にはメリットがある。
俺があいつの立場なら迷わず婚約することを選ぶだろう。
あいつが積極的に動いたら一瞬で状況が変わるだろう。
それに、オルモス伯爵がレンツィとあいつの婚約を考えていることを知ったら、レンツィはその気になる筈だ。
そうなると、俺の入り込む隙間などなくなってしまう。
今が千載一遇のチャンスかもしれない。
それから早急に準備して、三日後にはオルモス伯爵家へ招待状を送った。
貴族の中には勘違いしている者も多いようだが[妃探しの儀]では、陛下や大臣らの話し合いによって候補が決まることはない。
それは、王位継承者選びの判断基準に伴侶選びも含まれるからだ。
王妃によって国が傾いたり、内争の種になったり、亡国となった国は歴史を辿ればいくらでもある。
愚かな伴侶を選ばないことも優秀な王としての条件であると、この国では考えられている。
それもあって三年前にはわざと誰も選ばず、無事に継承権の放棄ができた。
実際には事前に本人が慎重に選んだ候補が決まっている場合がほとんどだが、候補について漏れると妨害や場合によっては暗殺の危機もあるため、当日まで本人以外は国王しか候補を把握していないというのが基本だ。
二日連続で茶会と夜会を行うのはこの国の王族が伴侶を探す[妃探しの儀]を意味しているし、成人しているのに相手のいない独身の王族は今は俺しかいないから、レンツィにも第三王子のための妃探しの催しだとすぐに分かるはず。
レッカーで顔を見られたときのレンツィの反応はよく分からなかったが、この催しで俺の姿を見れば確実に分かるだろう。
そこからが始まりだ。
◇
「美味しそうに食べているね」
「え……っ!?」
茶会中、全くこちらに興味を示そうとしないレンツィに焦れて、自分から話し掛けに行った。
デザートを頬張りながら最近噂になっている令嬢を眺めているレンツィは俺が近づいていることさえ気づかない。
平静を装って声をかけると、俺を見て目を見開く。
「殿下…………」
唖然と呟きを漏らしたレンツィを見て、レッカーで顔を見られた時はやっぱり俺が王子だと分かっていなかったのだと理解した。
王子の姿では直接会ったことがなかったにしても、全く興味をもたれていないことが分かり、少しがっかりした。
だけど、王族になりたい強欲さはない女性であることが証明されたので、その点は良かった。
目を合わせてにこりと笑う。
レッカーでレンツィにだけ見せている笑顔だ。
口元しか見えていなくても分かってくれるレンツィならきっと分かってくれるだろう。
こんな風に正体が判明したら恐縮されかねないから、安心させたかった。
他の人もいるこの場で俺は王子の面を取ることはできないから、少しでも見慣れた笑顔を見て安心して欲しかった――――
それに、正直怖かった。
俺の正体を知って距離を置かれるのではないか、これまでの関係でいられなくなるのではないか、と。
レンツィとはどんな形でも繋がっていたくて、失いたくない。
けれど、レンツィが失恋したと分かった時、既に心は決まっていた。
態度を変えられたとしてもかまわない。
一から関係を築き直してでも好きにさせる。振り向かせてみせる。
絶対に他の男に、パヴェル・ピーリネンには渡さない。




