第732話 √7-65 『ユウジ視点』『三月二十五日』
気づけばあっという間だった。
これまでのことを覚えている俺と、これまでのことをぜんぶ覚えているユキの世界。
ユキの行動には驚かされてばかりだった、まぁ実際あの告白も衝撃的だったしな……。
もし俺がこれまでの女の子の告白で誰が一番印象に残るかと言えば、多分ユキの告白なのだろうと思う。
下世話な話だがあの感触とセットと思うと……うん、これは忘れられそうにないわ。
それからも俺たちは上手くいかなかったり、すれ違ったりして、最終的に双方が自分のことをぶちまけることが解決の糸口だった。
ユキが俺が他の女の子と付き合っていたことも含めてすべてを覚えていること。
俺がこれまでの世界で女の子と付き合ってきたこと、この世界のこと。
そして彼女が俺にとって一年間の間でしかなくても、大切な友達だったユキカだったこと。
ユキカはギャルゲーが混ざり合う前の現実から存在していた。
委員長の言葉を信じるならユキにとってのユキカのように、他の女の子にも元となった女の子が存在していたのだろう。
俺が気づかなかっただけ、俺に見えていなかっただけ、俺に自信がなかっただけで――ちゃんと出会って話して触れ合わなかっただけで。
正直俺が言えることじゃないというか、何様なんだという話ではあるにしても。
委員長が言っていた『リアルの下之君、モテモテだったんですよっ!』というのが、少し否定出来なくて。
委員長が見て知ったことが本当ならば、それがまったくのデタラメではなかったかもしれないわけで。
そう、俺はもう考えなければいけない時期に来ている。
この世界の終わりを、そして来るべきゲームの攻略完了を。
すべてが終わったその時に俺はみんなに、何が出来るだろうか
みんなにとってどういう存在でいられるだろうか――
三月二十五日
終業式だと思っていたら終了式だった云々、つまりの学年納め。
今日が俺たちにとっての最期の一年生の日にして――たぶんはこの世界で最後に学校に来る日だ。
「おーい」
「…………」
終了式前日にはやっぱり今でも、サクラのことが頭をよぎる。
俺があの時言う言葉を違えていれば、選択肢を間違えなければ、今もサクラと交友関係は続いたかもしれない。
「ユウジー?」
「…………」
その俺の失敗は、サクラだけでなく俺にも、そしてミユにも姉貴にも波及して一時期下之家の家庭を崩壊させてしまったのだから。
そしてその機会に不幸な事故によって俺の記憶の一部が失われてしまったのも、今にも影響を及ぼしている――
「こら」
「いて」
終了式を控える時間の教室でぼーっとしていると、ミユに額を軽くデコピンされる。
「他の女の子のこと考えてたでしょ」
どうして、と聞くの野暮だろう。
女の子にはすべてお見通しなのだ、特殊アビリティこと女の勘!
「スミマセヌ」
「素直でよろしい」
別に大して怒っているわけではなく、ぼーっとしてシカトっぽくなってしまったことによる少しのムッと感らしい。
謝るとユキはにこっと笑ってそう言って頷く。
そのあとに「今度他の女の子のこと考えるごとにキス一回ね」と言われて、ビックリはしたが。
今では俺には可愛い彼女が出来て、いつの間にかどっと増えて賑やかになった下之家と、引きこもりを卒業したミユ。
ここまで俺の周りは変わってきたのだ、そして俺も――もう吹っ切れた。
今では悲しいと思わない、もう過ぎたことだからと諦める、前を見つめていればいい。
だから今ではもう――サクラへの恋愛感情は残っていない。
まぁいつまでも振られたことを根に持つというか、諦めないというのもどこか遠くで過ごしているかもしれないサクラには迷惑でしかないだろう。
それに、俺には――
「今日で学校終わりなんだね」
「だな」
この世界ではユキという彼女がいて、そしてこれまでの世界でも俺には好きになった人がいた。
今でも皆のことを等しく好きだと思う、だから取り返しがつかなくて過ぎてしまったことはどうすることも出来ないからこそ、俺は今を生きるのだ。
例えこのゲームを攻略しても彼女たちを好きな気持ちは変わらない、万が一にも俺が忘れることになってもきっと皆を好きになる――そんな自信が俺にはあるのだ、それだけ彼女たちは魅力的なのだから仕方ない。
「まだ、私のことだけ見てて」
他の女の子というか、みんなのことを考えていたらアウト。
教室の普通に生徒の居る中でユキによるスキンシップ。
……なんだか教室が「ええええ」「きゃああああ」とか野太いのとか黄色いのとかまざった声に溢れているが今は”スルースキル”。
「二年生になってもよろしくね」
「俺からもよろしく」
ユキには分かっているし、俺にも分かっていること。
俺たちがこのまま何もなく二年生になることはないこと、そして俺が知っていることとして最低でもきっと一度は時をまた繰り返すこと。
それでも次が最後だ、次の世界ですべてに決着がつく。
だから俺たちはそんな挨拶を交わす、時間はかかっても絶対に訪れる俺たちの二年生への約束をこめて。




