第711話 √7-44 『ユキ・ユウジ視点』『十月六日』
十月六日
……なんだかなぁ、という気持ちだったりする。
私の記憶の通りなら、マイがユウジの彼女になる時の出来事はといえば……私がカレー屋を提案して、私がそのカレー作りを主導して。
それが色々あってユウジのカレーが文化祭の出し物では採用されることに。
スパイスに絶対の自信と、カレーならば誰にも負けないと思っていたのにこの結果は予想だにしなくて。
いや、別に私のカレーが採用されなかったことに怒ってるわけじゃないよ……ほんとだよ?
実際ユウジのカレーは、コストパフォーマンスを考えれば一番いい出来なのだと私でも分かってしまうんだけどさ。
というか美味しいし……ミナさん直伝の数種類程度のスパイス調合であの味というのは、本当に無駄が無いレシピなんだと思う。
手軽に作れるし、きっと安く出来る、なによりも美味しい……やっぱりちょっと悔しかったりするけどね。
そしてマイはマイで絶妙なカレー作ってくるし……なんか私の周り料理面で強敵すぎるよね!?
そう、私がなんだかなぁと思うのは――これまでの上手くいかない具合にあって。
二人三脚は一緒に出れないし、お弁当おかず交換でマイに後れを取るし、キャンプの初日は何もできなかったし、デートは実現しないし。
そしてカレーに関しても……だって、一応女の子としては男の子に料理振舞って、美味しいって言って欲しいことには違いないもん。
それでそんなユウジにとっての彼女の料理が文化祭の出し物のメインになって、自分の彼女の料理が皆に食べられるなんて誇らしいとかそんなこと思ってほしかったんだもん。
上手くいかないのはなんでだろう、上手くできないのはなんでだろう。
忘れないからなんだって言うのかな、覚えていたところで何かプラスに働いたことってあったのかな。
むしろ覚えているからこそ空回りをして、覚えているからこそ上手くいかないことにヤキモキして。
どうしてだろう、何が悪いんだろう、そこまで悪い状況でないのにここまでネガティブになってしまうのはなんでだろう。
本当なら私は、幼馴染の私は明るくポジティブなのがアピールポイントのはずなのに、これじゃ――
そうしてふと考える、思えば私はどうして”幼馴染の私”に固執していたんだろう? と。
それは私がユウジの幼馴染になりたかったからで、幼馴染のなりそこないの私が、ユウジとちゃんと近しい間柄になりたくて、憧れて。
気づけば私のその願いが叶って、ユウジも私を幼馴染として認識してくれていて、私も幼馴染になれていて――でもその前提には、作られた偽物の記憶があって。
そんな偽物の記憶に頼って私は幼馴染を演じていて、だから私はどこまでいっても偽物の幼馴染でしかなくて。
でも、今は思ってしまう。
あれだけこだわって何回も何回も繰り返してきた時間の中でも固執していた、幼馴染という間柄にもうこだわらなくていいんじゃないかって。
なぜなら私は、ユウジとの関係を幼馴染だけじゃない、むしろ幼馴染以上の恋人同士の関係にちゃんとなりたいと思ってしまったからで。
二回も告白したし、恋人ならするようなスキンシップも何度もしてる。
それでも満たされないのは、不安で居続けるのは、なんだか噛みあわないのはなんでだろうと考える。
それはもしかして自分の本当の気持ちを、自分の本当の想いを、自分の思い出を――ちゃんと言葉にしないから?
……本当の私を、ユウジに知ってもらいたい。
そしたら何か変わるかもしれない。
ううん、別に変わらなくたっていい。
むしろ、悪い方に転がってしまうかもしれない。
それでも私は、本当の私にケリを付けたい。
このままユウジが覚えているのか覚えていないのかモヤモヤとして、噛みあわなくて、いつしか恋人同士でいることに辛くなったりしたくないから。
だから私がするのは三度目の告白だ、結局”あの日”に告白するように出来ているのかもしれない。
でも、そんなことどうだっていい、私が話さなかった自分のことを、自分の本当の過去を、ぜんぶぜんぶ話したい。
それで、もし出来たらユウジの本当ことも話してほしい……それは調子が良くて、身勝手なワガママなんだけどね。
「よし!」
あの日までは、それまでは、幼馴染な私!
別に幼馴染を演じること自体嫌いじゃなかったし、実際楽しくもあったし、そもそも私の願いが叶ったんだから嬉しいに違いなかったし。
でも私は――本当の意味での、幼馴染以上の、ユウジの彼女になってやる!
「おお気合入ってるなユキ」
「当たり前だよ! ユウジのカレーにあとどのスパイスを入れたら更に美味しくなるとか考えると……燃える!」
「いや、レシピ通りで頼む」
「えー」
文化祭の為のクラスメイト数人規模での買い出しに出かける帰り際、私は決意していたのだった。
* *
文化祭の為の食材買い出しの為に俺とユキ含めて数人規模で買い出しに来ているのだが、俺としては複雑な心境だった。
ユキ肝いりともいうべき文化祭の出し物で、普通ならばユキのレシピのカレーが採用されて文化祭で出るはずだった。
それがどういう訳か俺とユキ含めた六人がカレーを作って、クラスメイトの投票で票数が多かったものを採用するなんて流れになって。
どうしたことか俺のカレーが採用されてしまって……これユキの面子丸つぶれじゃね?
俺の彼女はスパイスマニアであり、そんなスパイスをふんだんに使ったカレー料理が採用されなかったというのは、あまり良い心持ちとは思えない。
「…………」
き、気まずい……実際隣を歩いているユキはずっと押し黙っている。
いや、実際俺のカレーが採用された時も「むむ、くやしいけど美味しい……これはユウジに軍配だね!」と爽やかに言ってくれた。
それからも特に俺とユキの空気感は変わることはなかったのだが……でもやっぱり気になるわ!
実は黙々と明智光秀の本能寺ゲージみたいなストレスゲージ溜まっているのではないかと、正直気が気ではないのだ。
とはいっても「なんかすまん」「なんで謝るの? ユキはむしろ彼氏の料理が皆に評価されて誇らしいよ!」と言っていたのだが……一人称が初期に戻ってるげふんげふん。
そんなことを勝手に邪推して、俺は一人でに気まずくなっているかもしれないのだが……たぶんその通りなのだが。
買い出しのふとしたタイミングにで二人並んで歩くこのタイミングで押し黙っているのは、俺だってユキが実は面白くないんじゃないかと考えちまうぞ!?
そしてユキは手馴れた動作で調味料コーナーでスパイスを買い……レシピにないスパイスも入ってたのはたぶん気のせいだろう。
ほかの食材も買い終わり会計を済ませて、ビニール袋を男子勢が多めに持ちながらの学校への帰り際になる今でも会話の一つもないのだから、俺だって邪推しちまうってことだぜ!
一応俺だって「あの―……」「ユキさんや?」「もしもしポリスメン?」などと声をかけてきるのに、俺の方を見ることなく考えこんでいる風なのだから、俺が気に食わないから無視されてると思っても仕方ないと思うんだぜ!
「よし!」
そんなユキが唐突にもうガッツポーズをした時には、俺もビクッと反応してしまった。
その覚悟はなんなんだろうか、もしや俺と別れる覚悟を……?
そんなことになったら割と俺凹んで引きこもるんだが、ミユに続いて二代目下之家ひきこもりを襲名するんだが。
しかし俺はこんなところでめげないぞ!
「おお気合入ってるなユキ」
「当たり前だよ! ユウジのカレーにあとどのスパイスを入れたら更に美味しくなるとか考えると……燃える!」
「いや、レシピ通りで頼む」
「えー」
…………あ、あれ?
なんだろうか、ユキのまとっている空気が一気にもとに戻ったというか。
本当にいつも通りのユキというか……わかんねえ、女の子ってわかんねえ……それでも、ユキがいつも通りに戻ってくれて安堵する俺がいるのだった。




