第647話 √d-26 わたあに。 『ミユ・ミナ視点』『↓』
「私、今回の物語の”ヒロイン”なんだから――だから私を攻略してよ……ユウ兄」
私の、そんな告白だった。
「……すまんちょっと考えさせてくれ」
と言って困ったような表情で私の部屋を出ていくユウ兄の後ろ姿を見ながら、熱にほだされ、勢いで突っ走っていた私もいくらか冷静になっていく。
扉が閉まり、また慣れ親しんだ一人だけの時間が訪れる頃には――
「っ~~~~!?」
ベッドの掛布団ににそのままダイブ、少し前までの私の行動・挙動を回想して悶絶した。
『………あのミユ、一応断っておくとですね。私は人工AIですけれど、なんでも出来るわけではなくてですね――私がやったのは下之ユウジを呼ぶまでですからね?』
「はっふぇるよ!(わかってるよ!)」
そう、こればっかりは私の独断専行なのだった。
というかノープラン、ユミジとの話し合いもなければユミジに隠していた思惑があったわけでもない――紛れもなくアドリブ。
暴走の結果が、これである。
『驚きました、まさか呼び出してとりあえず下之ユウジと話せれば御の字だったのですが……まさか謝罪からの愛の告白まで済ませてしまうとは』
「あああああああああああああああああああああああ!」
言うな言うな言うなああああああああああああ!
私だって今になってみればもうどうしていいか分かんないんだけど!
散々見てきたじゃん、ユウ兄が色んな女の子相手にしてきたの。
前の物語でさりげなくナタリーが委員長よりも先に暴走して行動を起こしたのだって知ってるし、分かっていたこと……分かっていたことなのに!
「どうしようユミジ……これでユウ兄に振られたら私いよいよ死にたくなるよ」
『やめてください。下之ユウジが世界強制リセットの為に自殺した時の地獄絵図を再現する気ですか』
「うう……」
今だから話すことだけど、中原アオのルートでユウ兄が死んでからリセットまでに時間がいくらかかかった。
本来は起こりえないあのタイミングで主人公が死亡するというイレギュラーな事態ということでなかなか処理が進まなかったのかもしれない、それが下之家を中心に悲惨なことにした。
私だけに限ればあまりにショックで何日も寝込んだほど……今と変わらないかもしれないけども、本当に何も手が付かずゲームもする気になれなければ何も喉を通らなかった。
そんな中でひときわ印象に残っていたのはユミジの激怒具合で……この子本当に人工AIなのって具合に『あの”空間”でガチ説教してきます』とブチギレていたりする。
『……驚きはしましたが私は評価しているんですよ。あのミユがここまでしっかり告白出来るなんて、頑張ったと思います』
「そんな告白も出来ない天邪鬼みたいな……」
『ここまでくるのに十数年もかかったのですから、当然です』
……確かに、そうかもしれないけど。
私が本当に引きこもりはじめたタイミングから数字上は一年ちょっとしか経っていない。
けれども何度も世界をやり直し、物語を経たことで実際私が体感した時間は十数年にも及ぶ。
十数年、ユウ兄とまともに話せなくて。
十数年、ユウ兄に謝れなくて。
十数年以上、ユウ兄とゲームを遊ぶこともなかった。
このたった数時間で、長い間滞っていたことが解消されつつあったのは確かなことで。
「……もうツンデレやってるほど子供じゃいられないよね」
ずっと傍観者で、ユウ兄が色んな女の子と付き合うところを見てきて。
その度に嫉妬でぐぬぬしたり、ユウ兄そこは違うでしょなんてユミジと話しはがら突っ込んだり、結ばれた二人が思いを通い合わせる場面は胸がしめつけられたり。
そんなのをずっと見てきて、ようやく訪れた機会……私が素直になる為の最後のチャンス。
ユウ兄に対して昔のままにツンツンとするまで私はバカじゃない――この世界を棒に振るほど愚かじゃない。
「というか私ヒロイン確定のギャルゲーとか、攻略されない方が失礼だし」
『……そうですね。いいと思います』
ユウ兄は強情だったし、私もユウ兄の言い分はよく分かっている。
実の兄妹が恋愛関係になるなんて社会常識に照らし合わせればおかしなことだ。
だけど、これはゲームだから。
現実とゲームの混ざり合った世界なんだから、この世界こっきりでも楽しんだっていいよね。
これで長いこと思いを秘めて、関係がこじれて、いつしか壊れてしまった私が吹っ切れるのなら。
私、この世界限りでブラコンとヒッキーやめるってよ。
『……ブラコンはやめられるか微妙ですね』
「私の内心までツッコミ入れるのやめてよ」
そうしてユミジと話していると、ユウ兄が帰ってきた。
……というか今になって思えば帰ってこない可能性も考えるべきだったよね私。
「……あー……ええと、だな」
「う、うん」
ユウ兄がなんとか言葉をひねり出してる感じがこわい。
「ミユの気持ちは分かった」
「そ、そっか」
なにこれ緊張で死にそう。
「とりあえずだな……」
「…………」
と、とりあえず?
「流石に引きこもりと付き合うのはちょっと」
ああああああああああああああ振られたあああああああああああああああああああああああ!?
死にます死にます死にます死にます。
リセットボタン連打! ああ、リセットリテイクリトライリスタートオオオオオオオオオオオ!
「……引きこもりじゃマイナー飲料自販機巡りも出来ないしな」
…………しかし何故ここでマイナー飲料を?
もうユウ兄が何を言っているか分からない、あとになって思えば――
「まずは引きこもり卒業して……とりあえずは俺のか、可愛い妹を家族に紹介させてくれ」
はい死んだ、可愛いとか申し訳程度でも付けられて言われた私死んだよ。
……卑怯だよユウ兄、そんなの断れないじゃん。
まるで、勝手な妄想だけどそれ家族に自分の恋人を紹介するみたいじゃん……。
「うん、わかった」
もう私はどんな表情をしていたか分からないけども、そのあとユミジの生暖かい画面越しの笑みから相当アレな表情をしていたのだと思う。
* *
私こと下之ミナは嬉しかった。
ああ、やっぱりユウくんは私にとってのヒーローなんだなって。
最初ユウくんが「悪い姉貴、ちょっと今日学校サボるわ」と言われた日には、ああついにユウくんがグレてしまった。
私のせいだ、不甲斐ない私のせいで、ユウくんに生徒会という負担を強いたことで限界を超えてしまったんだ!
なんてダメな姉なんだろう! ああ、やってしまった!
これで……ミユちゃんだけでなくユウくんまで……。
そう沈み込み始めていた私にユウくんが話したのは思わぬことで。
なんとミユちゃんと話してみるこにしたという衝撃的なことで。
ユウくんの話によればミユちゃんがユウくんを呼んで、ユウくんが向かったらしい。
そこでせっかくの機会だからと、ミユちゃんと時間をかけて話したい……だからこそのサボタージュなのだと言っていた。
そんなの……そんなのダメなんて言えるわけないじゃない!
私でも時間をかけてでも叶わなかったことを、もしかしたらユウくんがやってくれるかもしれない。
期待しないわけがない、だから私も事情が分かれば喜んでユウくんが休むことに同意できた。
学校がなんだ! 生徒会がなんだ! 一番は家族だもんねっ!
……そう、言ってるとなんか私ブーメラン刺さってる気がするけどね。
ああ、逃げてごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
……ううん、ネガティブなままでいられない!
どうにかしてユウくんが心おきなく休めるように、体裁を整えておかないと!
それから私は家族に話すこととして「ユウくんは今学校以上に大切なことがあるから!」という説明をして……ちょっと苦しかったかな。
学校側には体調不良で押し通すことにした、同じクラスのユイちゃんに欠席することを伝えてもらうことにして、私たちは私たちで一日を始める――
がんばってユウくん。
ミユちゃんをお願いね。




