第411話 √3-63 気になる彼女はお姫様で未来人で。
「じゃあネタバレと行きましょう。そうですね……じゃあまずはインパクトのあるものを」
「……ネタバレ? いきなりお前は何を――」
アイシアはふざけた口調でそう言うものだから、一体何を言いたいのか、したいのかを聞こうとしたその瞬間だった――
「私はあなたが好きなんですよ、下之ユウジ君」
………………?
「はい?」
「言葉の通り、わたしはあなたのことが好きなんです。アイラブユーさん」
……えーとだ。どうでもいいけどさ、最近の俺モテすぎじゃね?
モテ期なのか、そうなのか? て、言ってもアイシアを知り合ったのはこの数日間だし。変装時の岡さんとも話していない。
接触はなかった。それなのにコイツは俺に好意を持っているという。
「…………何か企んでるのか?」
「ひどいですねー……じゃあ言っておきましょうか」
ふざけた態度はあるのだろうけども、井口の感情の起伏に気付けた俺だけあってかアイシアがほんの少し不機嫌の色を見せた気がした。
「私は……未来のアイシアはあなたを好き。今のアイシアはオルリスを好き――そういうことなんです」
「どういうことなんだよ!? お前、俺を殺しに来てたじゃねーか!」
「それは本当にごめんなさい。でも未来でそう決まっていたのですよ? それに、SPを倒してオルリスに向かっていったところに意味があるのです」
……うーむ。そういえばアイシアは俺が意識が飛ぶ直前に、
「黒服のヤツを倒すことに意味? ……そりゃアレか、お前は俺とオルリスをサポートするって言ってたよな?」
「はい」
俺に謝ったアイシアの直後にそんな言葉があった。
俺は危険要素、悪い虫として黒服に認識されていたわけで、だからアイシアがすべて命令を下したかは分からないが――
黒服は俺を認めていなかったということだ。それも護ってきた姫がよくわからない輩にさらわれるようなものなのかもしない。
ゴリ押しでも、その俺とオルリスとの関係を結びつける――黒服の代替をする必要が、その証拠を確保する必要があった。
「そのサポートの要素として、あの映像を用意したってところか?」
「まあ。お察しがよくて助かります。そう、あの恥ずかしビデオに見せかけて、あなたをオルリスの”ナイト”としてやっていける証拠を残したかったのです」
あの最後の俺たちへの公開もネタばらしとしても意味があると。
「――でもオルリスとユーさんのリアクションは今でも思い出しただけで笑いが……あはははは!」
「盛大に笑うなよ! で、それが未来の要素として必要な要素だったしてもだ――お前はまだ何か隠してるんじゃねえか?」
「そうですねー……あなたに会うため、ですかね?」
「はぁ?」
「言いましたよね。あなたが私は好きですと」
「いや、本当冗談はいいから。冗談にしては――」
冗談にしてはしつこすぎるだろと。俺はそう言いかけたところで、
「……冗談じゃないんですよ。私は未来からあなたをお慕いしていたのです。信じてほしくはありますが、私の今までの所業で信じてもらえるとは思えません――それでも私はあなたの数々の雄姿を見て、やってきたのです」
真面目にそして切なる表情で彼女はそう告白してくる。
……ここまで言われても、演技なんだろうとはいくらなんで言えないわけで。
「……でも俺はオルリスと付き合ってるんだぞ?」
「ええ、学生の間はお付き合いください。ただ――私の国とオルリスの国は一夫多妻制なんです」
げ……またそれっすか。
「だから、チャンスはまだあるんですよ。覚悟しておいてくださいね?」
「…………」
冷や汗タラリ、これはなんだろうか。姫城さんとの状況に似ているような気がしてくる……さすがに姫城さんはもう無効なんだろうけど。
「っ!?」
そう思った瞬間にねっとりとした――愛情の籠ったかのような殺意が背中に突き刺さった。
いや確かに病室の外には姫城さんたちもいるけどさ……まさかな。
「どうしました?」
「……いやなんでもない」
収まってないですけどねー……うおお。
「ネタバレを再開しますと、オルリスが言っていませんでしたか? 私が来るタイミングが云々を」
「……言ってたっけ? いや、聞いてない気がするな」
「そうですか……でも一応話させていただきますと、私が未来からやってくるタイミングは早かったんです。彼女にとっては」
未来のオルリスがそれを予測してたってことか? アイシアが来る可能性を。
「きっとあなたに迷惑をかけたくなかったのでしょうね、自分が勝手に起こしたタイムトラベルなわけですから」
「…………」
彼女が自分の立場が俺にとって重荷になる――って言ってたな。だから俺に話さなかったんだろう。
それからもゴタゴタしてたし、仕方なくはあるな。
「オルリスは未来での付き人とも打ち合わせで誤魔化せるようにしてはいたのですが――私には出た直後に分かってしまいました。さてなぜでしょう?」
「なぜでしょうって言われてもな……ずっとオルリスのこと見てたから、とか?」
「なんというほぼ正解。そうなんです、私はオルリスを好きなばっかりに盗撮してましたから」
「……衝撃的な犯罪告白を息をはくように言うな!」
「でもそれは昔の私。今ではあなたを――それで、一応伏線っぽいもので、あなたのことをフルネームで呼んだのと、お助けメカとか言っていたのを覚えていませんか?」
伏線言うなよ……言われてみればそんな気もしてくる。
俺のことを岡さんそのものは知らないはずで、オルリスもそういうことは話す人ではないことから岡が知るすべは無かった……今でも盗撮・盗聴しているなら話は別かもしれないけども。
あ、やべえしてそう。
でもユーさんと呼ばれたことはないんだがな……フルネームはまだしも。
てかお助けメカは口から出まかせのギャグとかじゃなかったんか。
「一つ、お話をしましょう」
「どうでもいいけで、切り替えが急すぎる」
「でも一応は付いてこれているでしょう?」
「……まあギリギリな」
ここまでまとめると。
アイシアは未来で定められている上に俺がオルリスを守れる証拠を手に入れるために”あの茶番”をしたと。
……更にアイシアは俺のことが好きで、一夫多妻制度で狙っていると。
アイシアはオルリスのことを盗撮するほどに、見ていた――ってことねえ。
「今からおおよそ約十年後は少し世界が変わってるんです」
オルリスが来たって言う頃か?
「それは二つのゲームが世界規模で競い合い、そうして一つのゲームが現実で実用される時代」
「実用? ゲームは娯楽で流行するなら分かるが、その言い方は違うんじゃないか?」
「いいえ、合っています――世界は変わったと言ったでしょう? そのゲームは日常的に影響を及ぼす代物だったのです」
……今でいう携帯とかか? 携帯がないと生きていられないとか言うヤツもいるみたいだしな……でもそれはあくまで端末の総称だ。
それがゲーム……?
「そのゲームは文字通り、人がパソコン画面に入ることのできる機構を持った画期的な――そのゲームの名は『セカンドデイズ』というものなんです」
「画面の中…………はぁ!?」
誰しも一度は思うかもしれない”ゲームの世界に入ってみたい”と。
そこで主人公になって、ヒロインになって――刺激を感じたい、主役になりたい、可愛いあの子と結ばれたい。
俺も思ったさ。ギャルゲーやアニメを見て、俺も主人公になって、俺も充実した刺激のある日々を送りたいと。
「そんなゲームと対をなすのが――『ファーストワールド』こちらは画面の中を現実に展開するものです」
画面の中を現実に……? つまりはギャルゲーだとしたら、そのギャルゲーのヒロインが現実に現れるってことなのか!?
「どっちもすげーな……それが本当ならマユツバってレベルじゃねえな」
画面の中に入るのか、画面の中を現実に出すのか。
この十年でタイムマシンが出来るあたり、進歩ってすげえな。
「その反応を見るに……あなたは、そうなんですか」
「ん? 羨ましいとは思うぞ?」
彼女の反応は悲しんでいるとも喜んでいるとも思えなかった――ひどく曖昧で、まるで俺に同情するような瞳だった。
「なんだよ……」
「いえ、こっちの話です――それで画面に入れる『セカンドデイス』は”ネクストフィール”という会社のゲームなのです」
「ネクストフィール……まさかオルリスのフィール国と関係あるとか言うオチか?」
「またもや大正解です! 日本と共同で世界を変えるゲームを作ろう! そう言っていたら、出来てしまいました」
「出来てしまったって――じゃあもう一つの現実に画面の中をってヤツは?」
「まだ実用に至ってはいません。なにせ色々と危険な要素がありますから――」
アイシアはそうは言うものの、何かを隠しているニュアンスにも聞こえた。
で、
「その話は分かったけども、それがどうしてアイシアの来るタイミングとつながるんだ?」
「それはですね、タイムマシンもその『セカンドデイス』の機構を使っていて、私はその”ネクストフィール”と業務提携を行っている会社”デイ・クリエイト”の開発チームの一員だからです!」
「姫が開発チームメンバーって……で、その会社はなんなんだ?」
いや、まさかな。流れからすると――
「デイ・クリエイト――さっきあげたもう一つのゲーム『ファーストデイズ』の制作をしている会社なんです」
やっぱりか。お助けメカの伏線はこういうゲーム開発を行っているような彼女ならありえる、か?
でも、それおかしくないか?
「二つのゲームは競い合ってるんじゃねーのか? なのに業務提携って」
「そうですよね、でも争ってる意識があるのは開発チームのトップだけで会社そのものは……なんです」
「面倒くさいな」
「そうなんですよ、さらに面倒になるんですよ――だってそのトップは」
そんな誰もがやろうとは、あまりにも夢物語すぎてできないことをするヤツってのは――
「秘密です」
「ここで!?」
「それでもヒントを言うのでしたら――その方はすべての可能性を失って悔やんだ者、ですかね?」
「すべての可能性……?」
すべての可能性を失って悔やむ……過ごした人生を後悔した、みたいなところか?
だからゲームに情熱を……?
「ここでネタバレは終わり! でもですね、一つ要求です!」
なんかデジャブだな……
「私のことは昔のアイシアと区別する為に――シアちゃんと呼んでください」
「シアね、はい」
「あう……オルリスのときよりも一層淡泊に、でもいいでしょう。これで一応オーケーのはずです」
「……何が良いんだよ」
つい聞いてしまう、なんというかこのアイシア……シアにはツッコミを入れがちだな俺。
「また来たときに不都合がないですから、それでは昔のアイシアから話すことがあるようです――またお会いしょう、ユーさん」
「ちょ!」
最後に爆弾投げ込んで行ったぞ……また来るのかよ。はぁ……
「…………こんにちは、アイシアです」
そこにはかつてのハイテンションはどこへやら、沈んだ声の、それも怒気を持った物言いで自己紹介をしてきた。
「……どうも」
俺はそう挨拶されたものだから、そうするしかない。
「私のせいでここまで怪我させてしまい。す、すいませんでした」
「ああ……うん」
感情の籠っていない、淡々とした喋り方でアイシアは頭を下げる。
「お付き合いおめでとうございます」
「あ、ありがとう?」
すげえ、彼女の迫力が半端ないよ。まるで、爆発一歩手前――
「でも……でも」
「でも?」
その瞬間、色々な衝撃が俺を襲った。
「私はあなたを許しませんから! アイシアはぜーったいオルリスと結婚するんだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「――ぶっ!?」
爆発した。
耳をツン裂く声と、顔に渾身のビンタと捨て台詞を最後に泣きながら出て行った。
「…………ははは」
もういろいろと、波乱の予感しかないなあ…………今度こそ死ぬんじゃねえかな、俺。
そうヒリヒリと痛む頬をさすりながら悲観的になり始めるしかない俺だった。




