第319話 √a-19 彼女は彼に気付かれない
あの後、至って通常営業になったユイと登校し放課後は訪れる。
風邪で休んだことで穴が空いたのを埋めるように必死で生徒会活動を行ったところ――
「おお……」
お、終わった。
「終わったーっ!」
「終わったぬぅ」
なんとか体育倉庫の体育祭で使用する用具の清掃が終わった。
妙に数が多くメンテナンスが行き届いていないので、途中ネジ止めや金槌で打って矯正もした。
「じゃあ、シモノッ、ユイッ! 生徒会室に戻って作業よっ……ダルいけどかんばる」
少し前まで会長の顔をしていたのに最後の言葉台無し。
用具を片付け終わって、倉庫の鍵を締め、そうしてグラウンドを後にしている最中にふと疑問に思って聞いてみた。
「会長、体育祭に積極的ですね? 会長にとって体育祭って何かあるんですか?」
「ふっふー、それはねぇー」
「それは?」
「――学業に勤しむ生徒たちの気持ちの良いガス抜きになるからよ!」
「お、おう」
「え、今私すごいいいこと言ったのに」
「すいません、あまりにも返答がまともだったもので。いやー誤解していましたよ――チサさんにご褒美がもらえるとかそんなのじゃなくて」
「う」
「会長?」
「さ、さ行こう!」
ちなみに俺は理解した。やっぱり裏があったなあ、と……ある意味安心した。
「ええとねー、用具点検と掃除が終わったから……チサ、パイプイスとテントはどうだった?」
「両方共に問題はなかったわ。パイプイスは来賓用と来客用合わせて百脚用意したのだけど……足りるわよね」
「前回だと九十脚でも余ったんですよね、アスカ会長はどう思います?」
「大は小をかねる! 十数人は揺れ動くから百のままでいいんじゃないかな――」
ちなみに最近の生徒会はこんな感じ。
未だ経験不足な俺たちと違って、一応は経験をしている二年生陣で話が進められている。
会長、チサさん、姉貴がそれぞれ報告・意見などを繰り出して会議が行われていた。
一年の四人は「来年に備えて見ておきなさい」とチサさんに言われて、こうして耳を傾けている。
すると隣にいるグルグル眼鏡のユイが顔を近づけ小声で囁いた。
「(ユウジ)」
「(っ! な、なんだ?)」
「(どしたんだよ、あからまさに動揺して)」
「(や、なんでもないっ)」
いきなり近づかれたもんだから、ユイの素顔を思いだして少しドキリとしてしまったのは言えない。
「(で、どうした?)」
「(いやさ、体育祭の裏側ではこんなことしてんだな、と)」
「(そうだな。こういうのに関わったのは初めてだから新鮮だ)」
「(うぬ、アタシもだ。それでいて結構に楽しいのう)」
「(まー、自堕落に過ごすよりは充実してるわな)」
そういえば今まではそうだった。小学校でも中学校でも純粋にのめり込むものがなくて、いつも帰宅部だった。
半強制とはいえ生徒会に入れられたことで……俺も少し変われるといいのだが。
「――じゃあ、シモノが実況ね」
「え?」
「体育祭、のだよ!」
「会長! そういうの俺には向いてないですって!」
「ユウくんの声……お姉ちゃ――副会長、好きだよ?」
「言いなおしても特に意味ねえからな!?」
「ユウ……期待しているわ」
わー、変なプレッシャーがかけられたー
* *
そうして時は流れ、なんとか勉強会を開く許しを貰い。テストを迎えた。
結果は……なんというか無難に良かった。一年生最初のテストとしたら上出来だろうと勝手に解釈。
それで体育祭が訪れるのだが――それはまたいつか話すとして、こうして時は流れて。
七月二十日
今日は一学期の終業日だ。
五月のある出来事も頭の隅にはあれど、知った直後ほど意識することはなくなった。
それでもあの時みた顔はどうにも忘れられないわけで――
期末テストもなんとか超えて、補習を受けることなく夏休みを迎えられる。
母親には「高校生が学生気分なのは実際一年の時だけだよねー」と言っていたのを思い出す。なんだかんだで受験が迫ったりして二年・三年は忙しくなるのだろう。
こうして終業式で、長ったらしい校長の話を聞きながら歓喜している最中だ。
「(夏だぁー)」
蒸し器のような体育館の外では、けたたましくセミが鳴いている。
夏休みの始まり。
* *
「どういうことなのじゃ……」
わしは今の今までユウジの動向を観察していて大きな疑問が上がる。
「とっくにヒロインの√に入っていなければおかしいはずじゃというのに……そのような噂も情報も一切汲み取れん」
何かしらイベントがあるはずなのじゃ。そうだというのに、今夏を迎えようとしているのに至って誰も相手のいないユウジ。
「……しかしバッドエンドならば、もう終わっているはずじゃな」
そうだというのに物語は続いている。世界はやり直されていない。
「あの稼働したもう一つのソフトも不可解じゃ」
稼働したというゲームとしての個性が全くもって見えない。わしはそのゲームの攻略情報を持っていない上に、一体どんなイベントがあるかも分からない。
ここまで過ごしてきて、それまでのイベントは決まってルリキャベのもの……
「どうなっておるのじゃ……?」
もう少し様子を見てからホニと話してみるかの。
やはりこの事態は異常過ぎる。
この世界に一体どんなことが起っておるのじゃ?




