スノーメーカー
高いお山のさらに上、天を覆う雲の城から真白な雪が風にのって流れていきます。
一日も休むことなく、城の丸窓からは雪が吹き出し続けました。
雪は山脈から吹き降ろす風に乗って、遠く世界の隅々にまで運ばれていきます。
雪の量は冬の女神が決めること。
雪を運ぶ風向きは風の女神が決めること。
スノーメーカーの仕事はただ雪を作ることだけでした。
スノーメーカーは冬の間中、せっせと雪をつくります。
小さな小さな雪の種を機械に入れて、ほうと一息。
機械の中をしゃらしゃらと音を立てて雪の種は転がっていきます。
スノーメーカーがレバーを下げれば、小さな破裂音と共に丸窓に向かった筒から雪が飛び出す仕組みです。
しゃらしゃら、ぽん。
しゃらしゃらら、ぽぽん。
同じ作業をどれほど繰り返したころでしょう。
お城の中にしゃらしゃら、ぽん。以外の音が響いたのです。
それは、まるでノックのような音でした。
スノーメーカーが丸窓を見上げると、雪に負けぬほど白い封筒が窓の縁を叩いていました。
スノーメーカーが気付いたところで、封筒はひらりとスノーメイカーの手元に落ちてきました。
思わずため息がもれてしまいました。
見なかったふりをしたかったのですが、冬の女神特製の白い封蝋には雪の結晶の印が押されています。
雪の結晶がただの六角形ならば、普通の郵便。
枝が6本出た美しい形ならば、重要なお知らせ。
枝が12本でた結晶ならば、大至急! 今すぐ開くこと。
幸い大至急! ではありませんが、重要なお知らせであることを結晶が告げています。
スノーメーカはおそるおそる封筒を開きました。
「もう雪はいらないよ」そう書かれていることを願ってみたのですが、アデラスト山の麓に倍の雪を降らせるようにと書いてあったのです。
スノーメーカーはがっかりしました。
仕事が増えたからではありません。
アデラスト山の麓にすんでいるものたちの嘆きを聞いたような気がしたからです。
今年の冬はことさら雪が多いのです。
まだ春は遠いというのに、スノーメーカーはいつもの年よりも何倍も雪を作っているような気がしました。
家屋を押しつぶしてしまいそうな雪に人々は疲れ切っていたのです。
獣たちも身を寄せ、わずかな食料を争って食べています。
雪なんて厄介なばかりだ。
いいかげんに降りやめばいいのに。
暖かな春が待ち遠しい。
毎年つぶやかれる言葉が、ノーメーカを憂鬱にさせました。
それが更に増えるのですからスノーメーカーは雪を作るのが嫌になってきたのです。
「どうせ、私はスノーメーカーですよ。言われた通りに厄介な雪を大量生産するだけ。春の女神のようにみんなに喜ばれる役割なんてもっちゃいないわ」
スノーメーカは雪を作るのをやめてしまいました。
一日も休まずに動いていた機械は止まり、曇天はめずらしく晴天へと変わりました。
空の眩しさに目を細めたスノーメーカーは丸窓を締め切って部屋の隅で丸まって過ごしました。
冬の間、スノーメーカーはとても忙しいことを知っているので誰も訪ねてくれる人もいません。
雲の城はあまりに高い場所にありましたから、渡り鳥がうっかりたどり着くこともありませんでしたし、色とりどりの花が咲くこともありません。
ここにあるのは雪とスノーメーカーだけ。
スノーメーカーが作ることをやめてしまったので、雪も次第に減っていきました。
最後に作った雪のかけらがお城のなかをくるくると飛び回ります。
時折風にのり運ばれてきた冬の女神の手紙が窓をたたきましたが、スノーメーカは知らんふりしたのです。
困ったのは冬の女神でした。
このままでは大地に蓄えられる水の量が減り夏の前には干上がってしまいます。
次の夏は殊更暑くなる予定なのです。
スノーメーカーのところへ行きたかったのですが、春の女神と交代するまで季節の宮殿から動くことができません。
雪の降らない空を見上げているとひらりと枯れ葉が落ちてきました。
「冬の女神さま、ごきげんよう」
「あら、すてきなドレスね。北風の娘」
一陣の風が色とりどりの落ち葉を纏い、くるりと宙に弧を描きました。
北風の娘が冬の到来を告げるために大陸中をめぐり帰ってきたところなのです。
各地で見つけた美しい落ち葉で作ったドレスは毎年女神たちの目を楽しませています。
「雪がふらないと聞いて急いで帰ってきたのです」
北風の娘がひょうと冷たい息を吐き冬を告げたというのに完全な冬がやってこない。
北の果てでは、寒さを好む鳥たちが居場所を奪われ慌てふためいています。
湖の氷が張らず、島渡りたちは次の島へと行けません。
「そうなの。スノーメーカーが雪を作ってくれなくなってしまったの」
冬の女神にはどうしてスノーメーカーが雪を作らなくなったのかわかりませんでした。
困り顔の冬の女神に向かって北風の娘は微笑みました。
「私にはスノーメーカーの気持ちが分かります。私も春風ほど皆に喜ばれはしませんもの」
何もかも弾き飛ばすような強い春風は寒さを押しやり、悪いものも一気に取り払います。
春風が過ぎた後は待ち望んだ春がやってくると知っているから、ちょっとぐらい春風が暴れても歓迎してくれるのです。
北風からは顔を背け、体を縮めて少しでも早く逃れようとする人たちでさえも。
「スノーメーカーのところへは私が行きましょう。女神さま。お願いが一つありますの」
北風の娘の願いに冬の女神は快く応じたのです。
北風の娘は山脈を駆け上がります。
鳥たちには到底たどり着けない距離でも、北風の娘にかかればあっと言うまに到着しました。
北風の娘は窓の隙間から城の中へと入り、隅にうずくまるスノーメーカーを見つけたのです。
城の中には一つだけ残った雪のかけらが舞っていました。
スノーメーカーは自分で雪をつくるのをやめたのに随分としょんぼりして見えました。
雪の種を数えてはため息をついています。
「ごきげんよう。スノーメーカー」
「あら、何をしにきたの北風の娘」
「おいで、おいでスノーメーカー。冬の女神にお願いして彼女の涙を一滴いただいてきたのだよ」
「冬の女神さまの涙? そんなものでどうしようっていうの」
北風の娘が差し出した小さな瓶に入れられた雫は虹色に輝いており、スノーメーカーは思わず見惚れてしまったのです。
瓶の角度を変えるたびにキラキラと光ります。
「これを混ぜて、雪をつくりなさい」
スノーメーカーにはとても素敵なことに思えたのです。
受け取った瓶を目の前にかざすと、涙は更に輝きました。
スノーメーカーは久しぶりに丸窓を開きました。
待ちかねたように風が入ってきて、北風の娘の頬を撫でていきます。
しゃらしゃら、ぽん。
久しぶりに響いた音と共に雪がわぁと城の中を舞いました。
その中にはたくさんの虹色の雪が混じっています。
「ほうら、美しい虹色の雪だ。祈りの粒が混じっているのよ」
「祈りの粒? 混じっていたらどうなるっているの? まさか誰にでも喜ばれるわけではないでしょう」
「ああ、そうでしょうとも。人間はおんなじように厄介だって思うでしょうね。感謝なんてしやしない。だけど、この雪が溶けたとききっと素敵なことが起こるわ」
「素敵なことってなぁに」
「雪は解け水になる。山をめぐって川になる。そして海へと注ぐでしょう。その途中にたくさんの新しい命をはぐくむわ。春の女神だって何もないところから芽吹かせることは出来ないのだよ」
スノーメーカーは自分の作った雪がきらきらと世界に降り注ぐ光景を想像しました。
春に伸びる新緑にも動物たちを癒す川のそよぎも雪の欠片は含まれているのです。
「それは、素敵なことね」
「そうでしょうとも」
スノーメーカーは今日も雪をつくります。
命を含んだ真白な雪です。




