第7話
(リリア視点)
薄暗い控え室に、緊張した空気が漂っていた。
豪奢なドレスを揺らしながら、リリアは机に肘をつき、苛立ちを隠せず指をトントンと鳴らしていた。
「……セシル様、動きが早すぎるわ」
目の前の侍女ニーナは、肩を小刻みに震わせる。
「り、リリアお嬢様。戦士団にも聞き込みをしているようで……。
それに、王子殿下が何か気づいたという噂も……」
「噂なんていらないのよ。問題は──“証拠が残ってるかどうか”」
リリアは静かに立ち上がる。
優雅なはずの立ち姿が、今はどこか不気味だ。
「ねぇニーナ。あなた、あれを“きちんと”片付けたって言ったわよね?」
「はいっ! その……誰にも見られてません!
あの記録も、あの場所に……」
「“あの場所”は本当に安全なの?」
一歩近づくと、ニーナはさらに顔を強張らせた。
「だって……王宮の記録庫ですよ?
あそこ、普通の人は近づけないし……」
「普通の人は、ね」
リリアの赤い唇が冷たく吊り上がる。
「でも、“セシル様”は普通じゃないわ」
ニーナの表情が青ざめる。
リリアは机に手を置き、深くため息をついた。
「最悪ね……。
たかが悪役令嬢のくせに、あの人を味方につけるなんて……。
邪魔なのよ、カタリナは。前からずっと。」
本音が漏れた瞬間、声の温度が下がった。
「……私がヒロインになる予定だったのに。
なのに彼女がいるせいで、何もかもうまくいかない。」
ニーナは恐る恐る口を開く。
「……で、でも。カタリナ様は……今、落ちてますし……。
もう、十分では……?」
「甘い。」
リリアはぴしゃりと言い切る。
「“落ちていない”のよ。まだ。
だって──あの戦士がついている限り、彼女は潰れないわ」
リリアの表情に、醜い嫉妬と焦りが混ざる。
「だから、証拠は絶対に見つけさせない。
いいわね?」
「は、はいっ……!
でも……王子殿下まで動いてしまったら……」
リリアはふっと笑った。
余裕のある笑みではない。
追い詰められた者が無理に浮かべる危うい笑み。
「──大丈夫よ。
“あの方法”が残ってるでしょう?」
ニーナの目が大きく見開かれた。
「で、でも……あれは……!」
「やるのよ。
全部は“彼女が悪いことをした”ように見せかけるために。」
リリアの瞳は、固く固く閉じた執念の色をしていた。
「次の一手を打つわ。
カタリナが、自分の立場すら守れないように。」
ニーナは唇を噛んで震える。
リリアは冷たく言い放つ。
「心配しなくていいわ、ニーナ。
私がヒロインになる未来は、まだ終わっていないんだから」
不穏な闇だけが、静かに部屋に広がっていった。
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