第5話
翌朝。
昨夜、セシルに励まされて安眠できたカタリナは、いつもより穏やかな顔で起き上がった。
ドタッ。
……にもかかわらず、ベッドから降りた瞬間に転ぶ。
「わわっ!」
「お、お嬢様!? だ、だいじょうぶですか!?」
反射的に飛びついたセシルが、ふわっと彼女を抱きとめる。
腕の中にすっぽり収まったカタリナは、思わず固まった。
(え、え、近い……!)
セシルも同じく固まっている。
ガタイの良い大男なのに、顔は真っ赤。
「す、すみません! また勝手に触れてしまって……!」
「い、今のは仕方ないでしょ!? 私が勝手に転んだだけ!」
2人して慌てて離れるが、朝から妙な空気が漂う。
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朝食のあと、セシルは少しだけ申し訳なさそうに口を開いた。
「……今日は、お嬢様の気が晴れるように、何かお手伝いさせてください」
「え、じゃあ……部屋の片付けとか?」
「もちろんです。お嬢様がお望みなら、なんでも」
カタリナは少し照れつつも、こくんと頷いた。
こうして2人は部屋を片付け始めたが──
セシルは重い荷物を軽々と持ち上げ、
カタリナが踏み台から落ちそうになればすぐ支えて、
書類が崩れれば即座に拾い集めてくれる。
まるでプロの執事のような動き。
「セシル、仕事できすぎじゃない? 職業、戦士でしょ?」
「お嬢様のためなら、なんでもできます」
即答。
そしてまた赤くなる。
(こんなこと言う人いた!?)
カタリナまで一緒に頬を熱くしながら、軽い気持ちで返す。
「じゃあ……私にだけ優しい執事みたいね?」
「っ……!」
セシルは固まったあと、耳まで真っ赤になる。
「そ、そんな光栄な役目……私でいいんですか……?」
「え? そ、そんな深く考えて言ったんじゃ──!」
「……お嬢様に頼られるのは、本当にうれしいんです」
その優しい笑顔に、カタリナは心臓が跳ねる。
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昼過ぎ。
片付けが終わり、2人はお茶を飲んでいた。
静かな空間に、カタリナがぽつりとこぼす。
「セシル……私、昨日嬉しかった。
味方でいてくれるって言ってくれて。
ああいうの……慣れてないから、すごく心が軽くなった」
セシルはすっと視線を合わせ、真剣に微笑む。
「私はお嬢様の味方でいられることが……幸せですから」
その一言があまりにもまっすぐで、
カタリナの胸がくすぐったくなる。
「……セシル、最近ちょっと甘くない?」
「えっ!? ち、ちが……違いませんが……!」
「違わないんだ?」
「お嬢様が……可愛いので……その、つい……」
セシルの声が尻すぼみになり、カタリナは俯いて耳まで赤い。
(……そんな顔で言わないでよ……!)
ぎこちなく距離が縮まり、
視線が合っては離れ、
小さすぎる沈黙が何度も生まれる。
それでも、温かい時間だった。
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その日の終わり。
セシルはいつものように扉の前で一礼する。
「では、お嬢様。何かあればすぐ駆けつけますので」
「うん。今日は、ありがと」
カタリナが少し笑った。
その笑顔を見て、セシルの胸がほのかに熱を帯びる。
(……守りたい。絶対に、この笑顔だけは)
静かな決意と、まだ自覚していない想いを抱えながら、
二人の“束の間の幸せな時間”はゆっくり、優しく幕を閉じた。
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