第4話
セシルはリリアの部屋へ向かって一直線だった。
真相に近づきつつある今、本人に会って話をしなければならない。
廊下を歩く足取りは、普段の柔らかな気配とは違い、鋼のように固い。
しかし──
「申し訳ありません、セシル様。リリア様は本日、体調を崩されておりまして」
侍女ニーナが扉の前に立ちふさがった。
その横には屈強な兵士たちも配置されている。
明らかに“近づくな”と言わんばかりの光景。
セシルは微笑みを崩さないまま、静かに視線を落とした。
「……そうですか。ではまた改めます」
丁寧に頭を下げて引き下がるが、その頬はかすかに強張っている。
背を向けた瞬間、眉間には初めて怒りの影が落ちた。
(会わせないつもりか……これは、確信犯だな)
胸の奥で、静かな怒りがひっそりと燃える。
だが今日のところは無理強いしないと決め、セシルは踵を返した。
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カタリナの私室に戻ると、主人である令嬢はソファに座り、ひざの上で手をぎゅっと握っていた。
「……セシル、リリアに、会えなかったの?」
その声は震えていたが、泣き言は一つもない。
15cmのハイヒールで今日も転びそうになりながら、それでも気丈に立ってきた令嬢らしい強さがあった。
セシルは彼女の前にしゃがみ、そっと目線を合わせる。
「ええ。でも、お嬢様──心配なさらないでください。必ず真相を掴みます」
カタリナは目を伏せた。
「皆、私のことを……悪役みたいに言うの。怖いって。笑うの。
でも……本当に、私じゃないのに」
その言葉が胸に刺さった瞬間、セシルは堪えきれず、彼女の手を包み込んだ。
今まで“手を握ったことゼロ”だった男が、それを破ってしまうほどに。
「……お嬢様がそんなことで、責められるべきはずがありません」
低く、震えた声。
怒りと悔しさと、どうしようもなく大切に思う感情が混ざり合っている。
「セシル? その、手……」
「す、すみません……! ですが今日は……その……」
珍しく赤くなった顔をそらすセシル。
過保護な男の限界がとうに崩れている。
カタリナが小さく笑った。
「ふふ、ありがとう……セシル。あなたがいてくれてよかった」
“その笑顔を守りたい”という思いが一気に込み上げ、セシルは勢いよく頭を下げた。
「お嬢様。どうか今夜は、少しだけ甘えさせてください。
……心配で、胸がつぶれそうなんです」
「え、甘えるのは私じゃなくて……セシル?」
「はい。お嬢様のそばにいないと落ち着きません」
そう言いながら、セシルはそっと背を支え、彼女が座りやすいよう体勢を整える。
まるで宝物を扱うかのように丁寧に。
カタリナは真っ赤になりながらも、肩を預けた。
「……じゃあ、少しだけよ?」
「ありがとうございます。……本当に、ありがとうございます」
セシルはその小さな肩にそっと布を掛け、優しい声で励まし続けた。
「お嬢様。必ず、私が守ります。
どれだけ世界が誤解しようと、私は一生、お嬢様の味方です」
その言葉に、カタリナはもう一度だけ笑った。
弱くてもいい、強がってもいい──
そんな自分を肯定してくれる存在に、胸が温かくなる。
夜は静かに、更けていった。
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