第3話
カタリナが控室で一人残された頃。
セルシはすでに王城の兵舎へと向かっていた。
この濡れ衣を晴らすために動くなら、まずは“現場”を押さえるのが先だ。
「セルシ!めずらしいじゃないか、こんな時間に」
筋骨隆々の戦士仲間、ギルが声をかけてくる。
セルシは無駄なく要件を告げた。
「王太子殿下の私物が紛失した件。
その日の巡回記録と、現場周辺を通った者の名前を知りたい」
「お前……やっぱカタリナ嬢のためか?」
問いに答えず、セルシは静かに頷いた。
ギルはニヤッとしたが、すぐ真顔に戻る。
「まあいい。記録は見ていけ。ただ……ひとつ妙な噂があってな」
「噂?」
「“あの日、リリア嬢が泣きながら廊下にいた”って話だ。
誰かに脅されたとかなんとか……」
セルシの眉がわずかに動く。
「それは……誰の目撃談だ?」
「侍女のミーナだ。嘘はつかない子だぞ」
リリアが“泣いていた”。
そしてその直後に“不祥事”が発覚した。
状況が一致しすぎている。
だが、まだ決めつけない。
「……ありがとう。次に行く」
兵舎からすぐに王族の区画へ向かった。
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国王は豪放な性格で、セルシを見るとすぐに笑った。
「おお、セルシではないか!今日は珍しいな」
「伺いたいことがあります」
セルシは事情を説明した。
国王は険しい顔で腕を組む。
「カタリナ嬢がやったとは、わしも思っておらん。
あの娘は……たしかに高飛車だが、卑劣なことをする性格ではない」
(……理解してくれる人もいるのね)
カタリナが聞けば泣きそうな言葉を、国王はあっさり言葉にする。
セルシは続けた。
「リリア嬢は、その件について何かお話しましたか」
「いや、何も。だが……最近はやけに王太子のそばを離れん。
あれは“守ってほしい”という態度に見えるが、
裏を返せば“なにかを隠している”とも取れる」
セルシの胸で警鐘が鳴る。
国王の言葉はいつも勘がいい。
「……ありがとうございます」
「お前、カタリナ嬢が好きなのか?」
セルシが一瞬固まった。
「好きとかでは──」
「顔が赤いぞ」
「赤くありません」
(※めちゃくちゃ赤い)
国王は豪快に笑って手を振った。
「まあ、証拠を探せ。あの娘を守ってやれ」
「……はい」
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王太子は書類に目を通しながら、セルシの言葉を聞いていた。
「つまり、おまえは“カタリナは無実だ”と言いたいわけだな?」
「はい」
王太子はため息をつく。
「私の物がなくなった日のこと……リリアが、私に泣きついてきた。
“怖い目に遭った”と」
セルシの目が細くなる。
「どのような“怖い目”ですか」
「それを言わなくて……ただ怯えていた」
──情報を隠している。
セルシは確信に近い違和感を覚えた。
そして王太子は続けた。
「だが、その時カタリナは近くにいたことが確認されている。
だから“もしかして”と思ってしまったのだ」
“もしかして”。
ただそれだけで、降格処分。
セルシの拳が静かに握られる。
「リリア嬢は、あの場に“本当に”いたのでしょうか」
その問いに、王太子が初めて顔を上げる。
「……どういう意味だ?」
「目撃情報が二つあります。
ひとつは“泣いていたリリア嬢”。
もうひとつは“事件の直前、王太子の部屋に入っていた少女”」
王太子の表情が固まった。
「……まさか」
セルシは深く一礼する。
「真相を突き止めるため、もう一度リリア嬢に話を伺いたい。
王太子殿下、許可を」
「……好きにしろ」
王太子の声は重く沈んでいた。
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王族区画を出た瞬間、セルシは短く息を吐いた。
「……あとは、本人だ」
すぐにでもリリアに聞き込みたい。
だがリリアの行動から察するに、彼女は“自分を守るために嘘をつく”タイプ。
勢いで問い詰めれば逆に泣いて誤魔化される。
(……カタリナ様が不利になるようなやり方はできない)
彼は慎重に、しかし素早く動く必要があった。
兵の視線を避け、王太子の私室がある廊下へ向かう。
そこで──聞こえてきた。
「でも……違うの……!
わたし、わたしはただ……助けてほしかっただけで……
カタリナ様が悪いわけじゃ……!」
泣き声。
(リリア……?)
近づけば、侍女が必死に慰めていた。
「リリア様、王太子殿下に“言わなくてもいいこと”まで話してしまいましたね……
でも、嘘だなんて……」
嘘。
その言葉が、はっきり聞こえた。
セルシの胸に冷たいものが走る。
「……やはり、あの日の中心は彼女だ」
彼は静かに踵を返す。
証拠はまだない。
でも、糸口だけは掴んだ。
(絶対にカタリナ様を救う)
その決意を胸に、セルシは足を速めた。
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控室で待つカタリナは、ずっとそわそわしていた。
「……なんでこんなに戻ってこないのよ……」
落ち着かない。
イライラする。
でも心配……という感情は絶対に言葉にしたくない。
「べ、別に心配なんかしてないわよ!?
あの過保護戦士なんて……!」
──なのに。
胸の奥で、セルシの帰りをずっと待っていた。
長くなってしまいすみません。
最後まで読んでくださりありがとうございます




