第2話
王城の中庭には、冷たい冬の空気が張りつめていた。
カタリナとセルシが到着すると、すでに王城の文官や騎士たちが集まっている。
中心には王太子。
その横には、主人公である“ゲームヒロイン”の少女──リリア。
その場の視線が一斉にカタリナへ突き刺さる。
「もう……最悪だわ……」
カタリナは小さく呟き、息をのみ込む。
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「カタリナ・ローゼ。そなたの……地位を一時的に降格とする」
その言葉が響いた瞬間、ざわめきが広がった。
カタリナは心臓を掴まれたようなショックで立ち尽くす。
「な、なにを……!? わ、私が? なぜよ!」
王太子は眉をひそめ、淡々と言い放つ。
「そなたが……私の私物を持ち去ったという話を聞いた」
「やってないって言ってるでしょ!第一、証拠は!?」
王太子は口を開きかけたが──答えは、なかった。
ただ“噂”がひとり歩きしていただけ。
そこに、ヒロインのリリアが遠慮がちに口を挟む。
「王太子殿下……あの……カタリナ様を疑うなんて……」
(ああ、また“良い子ポジション”ね……)
カタリナは心の中で舌打ちした。
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そのとき。
セルシが前に一歩進み出た。
「……カタリナ様は、そんなことはしていない」
静かで落ち着いた声。
だがその裏側に怒りが潜んでいるのを、周囲全員が感じた。
王太子は眉をひそめた。
「セルシ、証拠はあるのか?」
「ありません。ですが──」
「なら意見は必要ない」
一刀両断。
セルシのこぶしが震えた。
彼が怒るのは本当に珍しい。
「噂だけで令嬢を貶めるのは、あまりに短絡的だ」
王太子の周囲がざわつく。
誰も普段温厚なセルシの“刺すような言葉”など聞いたことがない。
しかし王太子は冷たく告げる。
「決定は覆らない。カタリナ・ローゼ。
そなたは今日をもって、王城での立場をひとつ下げる」
カタリナの胸がきゅっと締めつけられた。
悔しい。
なんでこんな……なんで私ばっかり……!
唇が震えた。
しかし泣くまいと強く握りしめた拳は、ほんの少し震えてしまう。
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人目につかない控え室に戻るなり、カタリナはドサッとソファに座り込んだ。
「……最低よ。なんなのよあれ……!」
声が震え、悔しさで目頭が熱くなる。
セルシは静かにそばに立つ。
「……悔しいな」
その優しい言葉に、カタリナはとうとう耐えきれなくなる。
「悔しいに決まってるでしょ……!やってないのに……!
信じてもらえないなんて……!」
セルシはしゃがみ、彼女の目線より少し下に顔を置いた。
(※彼はいつも目を合わせやすくするためにそうする)
「お嬢様の言葉を信じない者がいても、俺は信じる」
カタリナは俯く。
「……どうしてよ。なんであなたは……そんな簡単に信じられるの?」
セルシは一度だけ考えるように目を伏せ、ゆっくり答えた。
「君は、嘘をつける性格じゃない。
それに……二週間前からずっと見ている。
君が不当な扱いを受けているのも、全部だ」
その言葉が胸を刺す。
「……だから、悔しいんだ。
君がこんなところで泣きそうになるのが」
カタリナはハッと顔を上げた。
「泣いてないわよ!」
「分かっている」
分かってるのに……優しい声。
それが腹立つほど温かい。
しばらく沈黙が続いたあと、セルシは静かに立ち上がった。
「カタリナ様」
「……なによ」
「俺が、証拠を探す」
カタリナは驚いて目を瞬いた。
「えっ……?」
「噂の出どころ、犯人……全部。
必ず見つけてくる」
その決意は穏やかな声でも、鋼のように折れないものだった。
「そして、君が濡れ衣を着せられたのだと、証明する」
胸にじわりと熱が広がる。
「な、なんでそこまで……」
「……理由はいつか話す」
セルシは淡々と荷物をまとめ、剣を背にかける。
「少し出る。危険なことにはさせない」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!セルシ!」
「すぐ戻る」
カタリナの言葉を最後まで聞かず、セルシは扉を閉めた。
残されたカタリナは、しばらくその扉を見つめていた。
(……バカ。心配性で、お人好しで、過保護で……
でも……ありがとう)
声には出さず、胸の中だけで呟いた。
──これが、彼が本気でカタリナを守ろうと動き出した瞬間だった。
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