プロローグ
城下町の大通りは、祭り前で人があふれていた。
カタリナは深呼吸して、ぐっと背筋をのばす。
「よし……今日こそ完璧な“悪役令嬢”を演じるのよ、カタリナ!」
視線は鋭く。歩き方は堂々と。
そして──15cmのヒールで威圧感MAX。
……のはずが。
コツ、コツ、グラッ。
「ま、まずい……っ」
ズシャァッ!
派手に転んだ。
それも、思いっきり人の往来の中心で。
近くの人々は、チラッと見るだけで通り過ぎる。
「また転んでる」「あのお嬢様、今日もか」
「裾、踏んでたね」「まぁ気にしてないみたいだし」
気にしてないわけない。
カタリナは目尻を震わせながら、ドレスの泥をぺしぺし払う。
「うぅ……なによもう……!」
そのとき。
大きな影が、ふっと彼女を覆った。
「……転んだのか?」
声が低いのに、どこか柔らかい。
見上げると、鎧を身にまとった巨体の男がゆっくりしゃがみ、わざわざ彼女の目線まで降りてきていた。
「大丈夫か。足はひねってない?」
カタリナは一瞬ぽかんとしてしまう。
だって、こんな“丁寧に視線を合わせてくる人”なんて滅多にいないから。
「あ、あの……あなた、誰?」
「セルシ。旅の戦士だ」
名乗る声は穏やかで、無駄がない。
周りの視線を気にするでもなく、彼はカタリナの足元をちらりと見て言った。
「その高さの靴……危なくないか?」
「こ、これは威圧感を出すためで……!」
カタリナが胸を張ると、セルシは少しだけ驚いた顔をした。
「威圧感?」
「そ、そうよ!悪役令嬢って歩くだけでオーラがないといけないの!」
セルシは一瞬だけ考えた後、
「……なるほど。役作りか」
まるで舞台の裏側を理解するかのような受け止め方で、淡々とうなずく。
「でも、転んでいたら威圧できないだろう」
「ぐっ……」
図星すぎて反論できない。
セルシは手を差し出す。
大きくて、分厚くて、戦場で磨かれたような掌。
でも仕草はとても静かで、優しかった。
「立てるか?」
カタリナは少しだけ迷ったけれど、その手に触れた。
一瞬で、ふわっと体が持ち上がる。
まるで重さが無いみたいに。
「す、すご……!」
セルシは特別なことをしたわけではないらしく、「よかった」とだけ簡単に言った。
「気をつけろ。こんな人混みでは危ない」
「……ありがとう。でも、笑わなかったのね」
「笑う理由がない」
それがあまりに当然のことのように返ってきて、カタリナは胸の奥がきゅっとなる。
だれも助けてくれなかった世界で、
彼だけがまっすぐ見てくれた。
この出会いが、2週間後の運命を大きく変えてしまうことも──
まだ、カタリナは知る由もなかった。
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