第十三話「軍師、国王の死を知る」
第三章に入って初めて主人公が登場です(笑)
統一暦一二一五年五月二十一日。
グランツフート共和国北部ヴァルケンカンプ市、共和国軍駐屯地。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
グランツフート共和国とレヒト法国の国境の城ズィークホーフ城を出発してから半月、私はエッフェンベルク騎士団とエッフェンベルク伯爵領の義勇兵と共に共和国北部の主要都市ヴァルケンカンプ市に到着した。
私の家臣であるラウシェンバッハ騎士団と突撃兵旅団が同行していないのは、獣人族の強靭な肉体を生かし、先行して王国に向かっているためだ。
私が同行すると馬車の移動速度に制限されるため、時間が掛かる。法国の北方教会領軍を撃退するために王国騎士団が出撃しているが、そのことが気になっており、我が領地の兵力だけでも先行して戻し、補給と再編をすませておこうと考えたためだ。
こちらは身体強化が使えるラザファムとハルトムート、弟のヘルマンが指揮しているため、移動速度に制限はない。
駐屯地に入った後、高級士官用の宿舎で夕食を摂り、妻のイリスとジークフリート王子、エッフェンベルク騎士団長で義弟でもあるディートリヒ・フォン・ラムザウアー男爵らと今後について話し合っていた。
そんな中、護衛である影のカルラが声を掛けてきた。
「緊急の伝令が到着したようです。お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「構いません。恐らく王国騎士団と北方教会領軍の戦いに関する情報でしょうから」
すぐに影が入ってきた。
急いできたためか、影にしては珍しく疲労の色が見える。
「五月八日、西方街道のヴォルフタール渓谷において、王国軍と北方教会領軍の戦闘が行われました。王国軍は大敗北を喫し、国王フォルクマーク十世陛下、王国騎士団長マンフレート・フォン・ホイジンガー伯爵、第一騎士団長ピエール・フォン・ホルクハイマー子爵がお討ち死にされました……」
ジークフリート王子が驚きのあまり立ち上がる。
「陛下が……父上が戦死されたと……」
動揺する王子を気にすることなく、イリスが冷静に質問する。
「ホイジンガー閣下はともかく、陛下は後方で督戦されていたはずよ。西方街道には迂回路はないわ。どういうことかしら?」
「獣人族で構成される餓狼兵団が街道の南の山を踏破し、後方に回り込みました。油断していた第一騎士団と貴族領軍は餓狼兵団に蹂躙され、逃げ場を失った陛下が討ち取られる結果となりました」
影は僅かにだが、悔しそうな表情を浮かべていた。
「斥候は出していなかったのですか? 通信兵と情報部の影なら敵の動きを察知できたはずですが」
一応聞いてみたが、答えは分かっている。
「西方街道では正面からぶつかるしかないと、ホイジンガー閣下はお考えでした」
予想通りの答えが返ってきた。
私は表情を変えなかったが、イリスは露骨に顔をしかめている。なぜこの程度の対応ができないのだと不快に思っているようだ。
「ホイジンガー閣下から、もしくは王都から、我々への指示はありましたか?」
「私は第一報をお届けするために急ぎましたので、聞いておりません」
これも予想通りだ。
本来なら早急に帰国し、王都に向かえという命令があってもおかしくはないのだが、マルクトホーフェン侯爵が何か画策しているなら、私たちがいない方がいいためだ。
「ご苦労さまでした。ゆっくり休んでください」
そう言った後、ジークフリート王子に顔を向ける。
「殿下も今日は早めにお休みください。明日の朝、出発前に今後の方針を話し合いたいと思いますので」
ショックを受けている王子に休むよう促す。
「い、いや、ここで卿らと今後の協議をしたい……」
王子の言葉をイリスが遮る。
「殿下はまずお気持ちを整理されるべきですわ。今の精神状態では考えもまとまらないでしょうから」
王子も自覚していたのか、すぐに頷いた。
「そうだな……イリス卿の言葉に従うとしよう」
そう言うと、護衛のアレクサンダー・ハルフォーフを従え、部屋を出ていった。
その後、少し話し合った後、ディートリヒが騎士団の状況を確認するため、退出する。
私たちも寝室に向かおうとした時、カルラが声を掛けてきた。
「お二方にお話がございます。国王陛下がご遺言を残されたとのことです」
先ほどの影が彼女の後ろにいた。
彼は片膝を突いて報告を始める。
「私は闇の監視者の“二の組”の小頭、イェフ・ザカと申します。国王陛下の陰供をしておりました」
「陛下の護衛……」
イリスが驚いて思わず呟く。私も同じく驚いていた。
陰供は護衛対象を守るため、最後まで戦う。そのため、護衛対象が死亡しているのに陰供が生き残ることは稀だからだ。
「陛下よりマティアス様、ラザファム様、そしてマグダ様に最後のお言葉を伝え、その後はジークフリート殿下の身をお守りせよと命じられました」
「私とラザファムにお言葉が……」
「なら、私は聞かない方がいいわね」
そう言ってイリスが立ち去ろうとした。
私は彼女を止める。
「いや、一緒に聞いてほしい。殿下はともかく、ラザファムに聞かせられる話なら、君も大丈夫なはずだ」
私と大賢者マグダだけなら“神”に関する話の可能性があるが、ラザファムにも同じ遺言が伝えられるなら、その可能性はなく、ジークフリート王子に関することだろう。
「では、お言葉を伝えます。フリードリッヒ殿下では国王は務まらないであろうから、ジークフリート殿下を王位に就けることを認めるとのことです。しかし、フリードリッヒ殿下は第一王妃マルグリット様のお子であるので、可能であるなら命は奪わず、どのような形でもよいから生を全うさせてやってほしいと。そうおっしゃっておられました」
その言葉に思わず聞き返してしまう。
「私たちがジークフリート殿下を玉座に就けようとしていることをご存じだったということですか?」
「はい。私も驚きましたが、陛下はマティアス様がジークフリート殿下の師となられたことで、マグダ様がジークフリート殿下を支援しているとお考えになったようです。そして、叡智の守護者の支援を受けたマティアス様とラザファム様がいらっしゃるなら、ジークフリート殿下がいずれ王になられると考えられたようでした」
正直なところ、驚いている。
やる気のない平凡以下の王だと思っていたフォルクマーク十世が、大賢者の思惑に気づくとは思っていなかったためだ。
イリスと二人だけになった後、彼女がぼそりと呟いた。
「面倒なことになったわね」
その言葉に頷く。
フリードリッヒ王太子とグレゴリウス王子を排除し、ジークフリート王子を王位に就けるつもりだが、王太子が生きていれば、帝国や法国の謀略の標的となりかねない。
そのため、王太子に王位継承権を放棄させ、その後も帝国などに利用されないための有効な手段がないか模索するつもりでいた。しかし、それが不可能なら最悪の場合、後腐れがないように死んでもらうことも考えており、イリスとはそのことを話し合っている。
もちろん、我々が直接手を下すつもりはなかった。
グレゴリウス王子とマルクトホーフェン侯爵に王太子を始末させることを考えていたのだ。
「聞かなかったことにしてもいいんじゃないの。マルグリット様が殺された時に陛下が毅然とした態度でアラベラとマルクトホーフェン侯爵家を処分していたら、こんなことにはなっていなかった。今更よ」
イリスはマルグリットの護衛騎士でもあったため、直接手を下したアラベラを見逃した国王のことを嫌っている。
また、王太子についても、国のために真剣に考えているジークフリート王子に比べ、王族としての義務を果たそうとしないことに強い不満を抱いていた。
「そういうわけにもいかないよ。大賢者様に対する遺言でもあるんだし、この遺言を聞いたラズが私たちの方針を認めるとは思えないからね」
大賢者もアラベラの暴走を止められなかった負い目があり、フリードリッヒ王太子に対しては同情的だ。
ラザファムも正義感が強く、グライフトゥルム王家には忠誠を誓っている。国王の遺言となれば無視することはないだろう。
「そうね。だとすると、帝国や法国に利用されない上手い方法を真面目に考えないといけないわね」
やはり後腐れがない方法を選ぶつもりでいたようだ。
「それについては考えてみるよ。とりあえず、法国軍の撃退とヴェストエッケの奪還を優先しないと。もちろん、並行してグレゴリウス王子とマルクトホーフェン侯爵を排除することもやらないといけないけどね」
その後、私たちは今後の方針について夜遅くまで話し合った。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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