第二十四話「軍師、最強部隊の編成を提案する」
統一暦一二一五年五月二日。
グランツフート共和国西部ズィークホーフ城内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵
会戦の翌日、午後三時頃にラザファム率いるラウシェンバッハ騎士団と突撃兵旅団がズィークホーフ城に戻ってきた。
共和国軍一万と共に、東方教会領軍一万二千弱の捕虜を引き連れている。
僅か十キロメートル先にいたのに戦闘の翌日の午後になったのは、捕虜の数が多く、武装解除に時間が掛かったためだ。
一応共和国軍が一万人いたのだが、彼らの多くが負傷者で治癒魔導師による治療が終わるまで、王国軍が捕虜の監視と野営の準備などを行っている。
私はジークフリート王子と共に彼らを出迎えに行く。
「お疲れさま。今回の勝利は君たちの活躍のお陰だよ」
そう言いながら、ラザファム、ハルトムート、ヘルマンと握手をしていく。
「なかなか楽しかったわよ。危険もなかったし」
妻のイリスが満足そうな表情を浮かべながら軽く抱きしめてきた。
「ずいぶん無茶をしていたようだったけど? 安全なところにいると約束したから出撃を許可したんだけど」
そう言って少し強めの視線を向けると、彼女は露骨に目を逸らした。
「危険はなかったわよ。ハルトもアレクも近くにいたんだし、サンドラたちは常に守ってくれていたんだから」
その言葉に彼女の護衛であるサンドラ・ティーガーが苦笑している。
「活躍したようだから今回は見逃すけど、次もこんな感じなら出撃は許可しないよ」
「分かっているわよ。私も実質的な初陣で少し舞い上がっていたの。反省しているわ」
そう言って軽く頭を下げる。
「相変わらず仲がいいな」
ハルトムートがからかってくる。
「明日以降のことなんだが、考えを聞かせてほしい」
ラザファムが真面目な表情で聞いてきた。彼は王国軍の司令官であり、仕事を優先しているようだ。
「明日は一日休養日だ。ケンプフェルト閣下が戻られ次第、帰国するからその準備は必要だけどね」
王国の西の要衝ヴェストエッケが陥落したという情報は彼らとも共有している。そのため、先ほどまでの緩い感じは消えていた。
「一旦ラウシェンバッハまで戻るのよね?」
イリスが聞いてきた。
「そうなるね。戻る途中でも情報は入ってくるだろうから、それによっては計画を変えるかもしれないけどね」
ヴェストエッケを占領した北方教会領軍の情報が入っていない。長距離通信の魔導具が設置されていたヴェストエッケが占領されたことで、情報がなかなか入らないからだ。
「しかしゆっくり休んでいいのか? 捕虜の監視はエッフェンベルク騎士団がやっていたから、今日は俺たちがやるべきじゃないのか?」
ハルトムートが聞いてきた。
「ヒルデブラント将軍から共和国軍が夜間の監視をしてくださると聞いている。エッフェンベルク騎士団を含め、王国軍はゆっくり休んでいい」
「なら、酒もいいんだな?」
「それほど多くはないけど、用意はしてある。もちろん、ラズが許可したら、だけどね」
そこでハルトムートはラザファムに視線を向ける。
「許可するよ。但し、油断はするなよ」
ラザファムは渋々という表情を浮かべるが、すぐに笑顔になる。
「酒も許可する! 共和国からのご厚意だ! 共和国軍に敬意を表して敬礼せよ!」
近くにいた兵士たちが一斉に右手を左胸に当てる敬礼した。
「その前に私は戦場の埃を落としたいわ。一昨日の夜から汗を拭うこともできなかったのだから」
イリスはそう言いながら離れていこうとしたが、すぐに振り返る。
「私の分は残しておいて。お願いよ」
その仕草に私たちは笑いだした。
■■■
統一暦一二一五年五月二日。
グランツフート共和国西部ズィークホーフ城内。第三王子ジークフリート
ラザファム卿たちが戻ってきた。
彼らはマティアス卿と勝利を喜び合っている。その姿にどうしても羨望の眼差しを向けてしまう。
(彼らのような友人が私にもできるのだろうか……)
そんなことを考えたが、すぐに前線で戦っていた護衛のアレクサンダー・ハルフォーフに声を掛ける。
「お疲れさま、アレク。ずいぶん活躍したようだね」
「活躍したかどうかは分かりませんが、久しぶりの戦場で存分に暴れたことは確かです」
普段より表情が明るい感じだ。やはり武人として戦場に出るということは護衛として私の後ろに立っているのとは違うのだろう。
「それでハルトムート卿やイリス卿の指揮を見てどう思った? マティアス卿は君に指揮官の才能があると断言したが、やれそうな感じかな?」
アレクは苦笑交じりの表情になる。
「ハルト殿やイリス殿は凄すぎて参考になりません」
「確かに城壁の上から情報を聞いているだけでも凄いとは思ったね。実際に見てどう感じたのかな」
「ラザファム卿を含め、あの三人が天才であることは間違いないでしょう。ラザファム卿は前線で全体を見ながら絶妙な判断をされていました。確かにマティアス卿から的確な助言がありましたが、戦場であれほど自信をもって完璧な指揮ができるというのは凄いものだと思ったものです。イリス殿も剣を振りながらマティアス卿からの情報を聞き、ハルト殿に適切な助言をしていました。あの状況でよく考えられるものだと感心するより呆れたほどです」
「そうなんだ。で、ハルトムート卿はどうだったのかな?」
「一番驚かされたのが、ハルト殿です。演習を見て、突撃兵旅団の能力は理解しているつもりでした。彼らの突破力は素晴らしいですが、六万を超える敵に突撃だけで役に立つのかと最初は思っていたほどです。しかし……」
そこでアレクは昨日の戦闘を思い出すかのように戦場の方に視線を向けた。
「敵陣に突撃する前、ハルト殿が彼らを鼓舞したのです。獣人族戦士たちは一気に戦意を高め、その勢いのまま敵を蹂躙しました。強いカリスマを持つ指揮官というのを実感しましたね。俺には絶対に無理です。自分の戦いで精いっぱいでしたし、兵たちの心をどう動かすかなど、想像もできませんから」
「そうなのか……私もその場にいたかったな……」
正直な思いだ。
そんな話をしていたら、マティアス卿とイリス卿が話に加わってきた。
「イリスから見てアレクサンダー殿は指揮官に向いていると思うかな?」
マティアス卿がイリス卿に問いかける。
「そうね。アレクは自分の目が行き届く部隊、一個中隊くらいならいい隊長になると思うわ」
私とアレクはその言葉に驚くが、マティアス卿はそれに構わず会話を続ける。
「君ならどんな部隊を任せてみる?」
「ケンプフェルト閣下の直属部隊のような精鋭ね。防御が固い敵陣を粉砕できるでしょうし、元帥閣下と同じように膠着した戦場を一気に動かせる切り札にできると思うから」
「やっぱり私と同じことを考えていたんだ」
マティアス卿はそう言って笑うと、アレクの方に視線を向ける。
「殿下と相談する必要がありますが、アレクサンダー殿には精鋭一個中隊を率いていただきたいと思っています。通常時は殿下の護衛を、戦場では切り札的な部隊として」
「そのことなのだが、俺が指揮官である必要があるのか疑問を持っている。戦場に立つにしても、俺が指揮するより、エレン・ヴォルフ連隊長のような有能かつ冷静な指揮官の方がよいと思うのだが?」
「確かにエレンは優秀ですが、アレクサンダー殿ほどの武力はありません。それに彼ではジークフリート殿下の直属部隊というより、私の直属と思われてしまいます。しかし、アレクサンダー殿が指揮官であれば、殿下の直属と認識されるでしょう」
確かにヴォルフ連隊長も凄腕だが、アレクに匹敵するかと言われれば、否と答えるだろう。
しかし、分からないことがあった。
「アレクが指揮すれば私の直属というのは理解できるが、意味するところが分からないのだが?」
「今後の領土奪還の戦いでは、殿下が旗頭となります。王家に忠誠を誓う貴族たちに一目置かれる必要がありますから、殿下の直属部隊が強力であることが重要なのです」
「しかし、卿やラザファム卿が実質的な指揮を執る。私は自分のことを飾りとまではいわないが、貴族たちが期待するのは卿たちに対してだと思うのだが」
何となく言いたいことは分かるが、少しモヤモヤする感じだ。
「私やラザファムはあくまで殿下の家臣です。それに王家に対する忠誠心を軽く見てはいけません。このような国難の時に心の拠り所となるのは王家なのですから」
「アレクサンダー殿、ジークフリート殿下の名を高めるために精鋭部隊を率いる。これで納得いただけないですか」
アレクはマティアス卿の言葉に即座に頷いた。
「殿下のためと言われれば、否はありません。まあ、ハルト殿やイリス殿に指導していただかなければならんでしょうが」
「その点は問題ないですよ」
そう答えた後、マティアス卿は私に視線を向ける。
「アレクサンダー殿に精鋭部隊を率いていただくこと、ご了解いただけますか?」
「もちろんだ。卿が最善と判断したのであれば、問題はない」
こうして、私の直属となる精鋭部隊が作られることになった。
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