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人狼のフィーネ  作者: 真川紅美
終章
41/42

これからの、住処へ。

 それからは大忙しだった。母さんのところに、先生とあいさつに行って、先生が母さんに引っかかれまくったり、それをなだめたり、最終的に兄さんを呼んで、てんやわんやの騒ぎだった。


 やっとこさ母さんの許しを得て、荷物をまとめると、今度は兄さんと先生が喧嘩を始めて家の中があれて、とめに入ったショウさんの無言の威圧感に今度はあたしがひっくり返って。


 すべての準備が整ったのは結局出発の朝だった。


「フィーネ」


 先生の家はもうからっぽだ。なけなしの家財道具はすべて売っぱらってお金にしてきた。ショウさんが暗躍したのは忘れたい。


「……短かったな」

「何がですか?」

「お前と出会って、こうなるまで」


 しみじみとつぶやかれた言葉に、私は確かにと、おうちから先生と肩を並べて歩く。


 今回の馬車は、旅の馬車だから、家の前までは来てくれない。町の門にいると先生が言っていた。


「ヴィン」


 穏やかな声。ショウさんだ。手には袋を持っている。


「選別です。あちらで役に立つでしょう」


 先生の手に乗せられた袋から浮き出た形は本だった。袋の端を開けて中身を見た先生が目を向いてショウさんを見た。


「お前、これいいのか?」

「ええ。私にはもう必要ありません。あと、うちの患者たちに使ってもらった品もすべて入ってますので」

「……どうやって手に入れたんだよ」


 そこはショウさん、ニヤッと笑ってごまかした。その表情を見て少し名残惜しそうな顔をした先生は、ふっと笑って、恩に着ると穏やかに言ったのだった。


「フィーネ」


 兄さんが、泣きそうだ。思わず抱き着いて、慣れた兄さんのにおいをいっぱいに吸い込む。


「たまには帰ってくるんだぞ」

「うん。兄さんも遊びに来てね」


 兄さんからは、おやつをたくさんもらった。


 思わず顔をほころばせていると、そういえば、と兄さんはレネさんから預かったと、カバンほどの大きさの魔法の箱を私に持たせた。


「これは?」

「あっちであけてくれだって。あと、近いうちに遊びに行くと。魔術師だからすぐに飛べるから覚悟しといてだってさ」

「……」


 あの人ならいいそうだ。ウィンク付きで。


 ふっと笑っていると、寂しさは薄れてきた。先生を見上げると、先生もうなずいて私の肩に手を伸ばして、抱いた。


「やっぱ、あのせんせ、お前のつがいだったんじゃねえかよ」


 ぼそ、とつぶやく兄さんに抗議したかったが、するべきもんじゃない。睨んでおいて、先生と歩きだす。


「じゃあ、また」


 近いうちに、と溶けた言葉に背を向けて、私たちは歩き出す。


 

 目印のパン屋さんからは今日も香ばしいいいにおいがする。


 あの日と違うのは酒臭くないこと。別れの寂しさが足を後ろに引きずっていること。そして、この冬の時期には珍しく青空が見えていること。


「フィーネ」

「はい?」

「不安もあるかもしれない」


 真面目な表情をした先生にはメガネ。


 藍色の瞳には力強い光が宿っている。


 目の色が紅く見えないのは、レンズがそういう風に加工されているからだと、教えてもらった。


 極端に色素の薄い先生の目は、太陽の光に耐えられないんだと。


 本当は普通に体に浴びるのもきついんだけど、そこは魔術でどうにかできるもので、目だけは魔力を込めるといろんなものが見えすぎてしまうからメガネを使っているのだと。


「……ここでの生活は終わってしまうだろう。でも、ここに戻ってこられる」


 その言葉に目を見開いた。つまり、別れではないと、先生は言っているのだ。


「行こう。もうそろそろ時間だ」


 一歩先を歩いていた先生が振り返って手を差し伸べる。優しく笑っている先生に、私は、うれしくなってうなずいて、その手に飛びついた。


「はい! 先生!」


 そして、仲良く歩き出す。


 私たちのこれからの、住処へ――――。

「あ、先生、一つ聞いていいですか?」

「なんだ?」


 門に向かう前に聞いておきたいことがる。


「先生って、兄さんと私が襲われたあの日、公園に通りかかりましたか?」


 先生を見上げると先生は、ふっと表情をゆがめてタバコを口にして肩をすくめた。


「さあな」


 その表情がもう物語っている。どこかばつが悪そうな顔だ。


「正直に言ってくださいよ」


 ちょっと、小突いてもいいだろう。つんと、先生の腕をつついてみると、先生は煙草をくわえて私の頭を片手でわしゃわしゃとかき回した。


「そんなん、言わなくてもわかんだろ」


 実際そうなんだ。こんないいにおいの人は、この人しかいない。


「そーですね」


 乗ってあげることにした。先生の腕にかじりつくようにすがって頬を寄せる。


「おい……」

「ありがとうございました」


 そういって先生を見ると、先生は、くすぐったげに笑って肩をすくめて、よしよしと撫ぜてくれる。それだけでうっとりだ。


 そのまま歩いて、しまい忘れてパタパタと揺れる尻尾を見た御者の人にぎょっとされたが、私たちは気にせず寄り添ったまま馬車の中に入った。

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