聖騎士の名
「君たちのように、平和に生きている兄妹が、害されていいわけない。……私たちには信念があります。いえ、ありました、になってしまったのか。私たちの持つ刃は、この国に住まう誰かの平和のために。それが刃を持つ条件です。……信念なき刃、それは、ただの凶器であり、狂気です」
低い声に彩られたその怒りに、私はあとじさった。今にも殺しそうな低く抑えられた声。
「……許せませんよ。君たちを、いえ、平和に生きている救済のために建てられた聖騎士団の名をこんな風に汚して」
「聖騎士?」
「ええ。……これ以上のことは機密に触れますから言えませんが、とにかく、平和に暮らしている混血児、妖魔を害するために建てられた組織ではないんです。誰が上に立っているのかはもうわかりませんが」
切り替えるようにため息をついたショウさんは、私の頭を軽く撫ぜてしばらくはここに住んだほうがいいでしょうとつぶやいた。
「あいつがいないからといって、出ていかなくていいと思います。まだ、完全に解決したとは言えないわけですからね。彼らは君が死んだと思っている。お兄さんは逃したが、となっているので、お兄さんは私のところで手伝いをしてもらいますが、あなたはそんなわけにもいかない。だから、隠れていてほしいのです」
「でも、ここでも……」
「ここは、彼らは絶対立ち入りませんよ。……だって、あの伝説の『紅の死神』の家なのですからね」
「?」
どこかで聞いたことのあるその言葉に首を傾げて見せると、ショウさんはようやく微笑みを浮かべて、気にしないでくださいねと穏やかに言った。
そして、ショウさんは時間を見て家へ帰っていった。
私は、一人、この家に残されて、やることもなかったからお掃除をすることにした。埃を落として軽く水拭きをする。そして、ショウさんがおいていった食材でご飯を食べて、寝る用意をして、暗くなってすぐにベッドに入った。
少しだけ先生のいいにおいがする、ベッド。
会えないのが、寂しいと思う自分に戸惑う。出会ってひと月もたっていないはずなのに隣にいないことが寂しい。
マットレスに顔をうずめて、先生のにおいを探す。
と、いつの間にか眠ってしまっていたようで、髪を撫ぜられて、目が覚めた。
「……」
いいにおいが近い。
暖かい手で毛並みを撫ぜられて、うっとりと目を閉じる。
大きい手のひらが、私のものとは違う太く力強い指が、毛並みに差し入れられて撫ぜる。
「せんせ?」
呼びかけると、ふっと笑う気配。何も言わずともわかる。
「無事でよかった」
少し、声が低いだろうか。でも、その言葉に、私はふとおもいだした。
「助けてくれて、ありがとうございます。先生」
そういうと、先生は、ぽん、と私の頭を軽くたたくようになでて、礼なんざいらねえよ、と、ひどく優しい声で私に言った。
「どうして、留守にしがち、なんですか?」
私が目覚めてから、顔を合わせなかった。ショウさんも、ユリアさんも、レネさんもそうだって言っていた。
顔を上げようとすると、頭を押さえつけられる。
「苦しいです」
「そのまま寝てろ」
「先生!」
「お前には関係ない。まだ、回復しきってないんだろう。休め」
「やだ」
まるで駄々っ子のように言うと先生もため息をついた。
「やだじゃない。……まだ、帰れない。終わってないからな」
「何が」
「何でもいいだろう。お前の依頼がすべて片付いたら、また、帰ってくるから」
「……本当?」
その問いには、答えてくれなかった。
まるで、太陽が沈んだら、夜闇にまぎれ、消えてしまう影のように、先生の気配が遠ざかっていた。




