兄と会話。
そして、添い寝をショウさんに見つかってしまって、あきれ交じりに先生が叱られていた。
窓を見れば、もう夕暮れだ。晩餐のための葡萄酒の渋い匂いがどこからか漂ってくる。パンの香りもしているけれど、焼きたてではない。
ずいぶん眠っていたことに、そういえば、昨日は一睡もしていないことに気づく。
先生のそばだったから眠れただけであって、先生と一緒に寝てなければ、一睡もできずに、先生の傍らについていただろう。
「まったく……」
「よく寝れたんだ。別にいいだろう」
「別によくないでしょう? まったく、彼女でもない女の子ベッドに引き上げて添い寝だなんて。職権濫用もいいところです」
「職権濫用じゃねえよ。つーか、着替えよこせ。この格好じゃ誤解されかねん」
「ベッドに引き上げた時点で服着てても誤解されるでしょうが! ……お兄さんもそれなりに鼻、いいですよね?」
いきなり話を振られて目を瞬かせて、まだ覚醒しきっていない頭で、ショウさんの言葉を理解して、うなずく。
「……近くに来ればわかります」
「……よろしい。こいつの家に戻ってにおいを消してきなさい」
「はい」
ベッドから抜け出して、窓を開けてもらって降りると、私は先生の家に戻って、急いで、水を浴びて先生のにおいを消す。そして、すぐに人の形に戻って、ショウさんの医院に戻る。
そうだ。こんなの兄さんに見つかったら、兄さん、先生のことどうにかしてしまう。
「おう、さっぱりしたか? フィーネ」
「兄さん、もう大丈夫なの?」
居間に入ると、兄さんが包帯をいろんなところに巻きながらも、普通に座ってご飯を食べていた。
「ああ。血が戻ってるからな。普通のけがよりかなり治りやすくなってる」
けろっとした顔をした、その頬にも唇にも血の気は戻っている。けがをしているものの、いつもの精悍な兄さんの顔に、ほっとして私は兄さんの向かいに座った。
「食うか?」
「ん」
白パンをもらってもぐもぐする。甘い。
「ブリオッシュっていうんだと。食ったことねえよな。こんなうまいの」
「うん……」
おいしいパンをもらって、兄さんのジュースを分けてもらって、おなかを満たす。
「何しょげてるんだよ」
「しょげてない」
「しょげてる。母さんに怒られたときと同じ顔してるぞ?」
あまり食欲がなくて、一切れもらってうつむいていると、兄さんががばがばと食べながらからかってきた。
「おこられた」
「だれに?」
「ショウさん」
「……あの医者か?」
「うん」
兄さんはふっと笑って、テーブルの向かいにある私の頭をわしわしと撫ぜる。やっぱりでかいな。
「俺の後に来た銀髪の兄ちゃんに助けを求めたんだな」
「うん。おまわりさんに行って、助けてくれなくて。探偵の先生だって」
「……あれが探偵ねえ」
納得いかない顔をした兄さんは、ちらりとここからは見えない階段を見やってまあいいとつぶやいた。
「んで、どうして、あんな俺よりひどいけがしたんだ?」
「……兄さんやったやつが公園に潜んでいたらしくて、先生が私を逃がしてくれている間に……」
「人間が時間稼ぎしたのか? お前が逃げて助けを呼んで駆け付けるまで生きてたと?」
びっくりするのは当たり前だ。兄さんが這う這うの体で逃げてきた連中の追手に、先生が一対一で互角に渡り合っていたのだ。
「うん。……そのあと、私が、考えなしに突っ込んだから、先生の邪魔をして……。先生が、私をかばって……」
「ナイフ付きこまれて、死にかけと」
こくんとうなずくと、兄さんもさすがにあきれた顔を隠していなかった。
「お前な……。あの兄ちゃんいなかったら死んでたんじゃねえか、それ……」
「うん……」
「まあ、あの腹黒そうなお医者さんのことだ。こってり絞られたんだろうからなんも言わねえけど。お前が無事でよかったよ。兄ちゃんには悪いがな」
悪びれもなくからからと笑った兄さんに、私は、うつむいた。
たぶん、逆の立場だったら私もそういう。兄さんも逆の立場だったらこうやってしょげるだろう。




