応急処置
「ちょっと失礼」
先生が割って入る気配がして、先生を見上げると、ぼろりと目の縁から涙がこぼれていた。
「ほら、どけ!」
その隙に警察が私をどかして、先生も押しのけようとする。私はそれを受けて先生にぶつかってしまったが、先生は、押されることなくそこに立って、兄さんの様子を見ていた。
「……血が足りないな。失礼、これを彼に飲ませてやれるかい?」
押そうとするおまわりさんの力をものともせずに、先生は着ていたコートのポケットから一つの小瓶を取り出して、施術をしている人に渡した。
「これはっ!」
「知り合いに腕のいい錬金術師がいてね。飲ましてやってくれ」
青い液体の入った小瓶のふたを開けて、兄さんを癒していた人たちが、兄さんを起こしてその口に小瓶の口を当てる。
おまわりさんが先生の正体を図りあぐねてひるんだ隙に、私は、腰元の隙間に体をすべり込ませて、また、兄さんの傍らについた。
「のめ、薬だ!」
兄さんは目をつむって口もつぐんだまま動かない。
「おいコラ!」
私がまたそばについたことに気づいたおまわりさんが怒鳴りあげるが、気にしない。後ろから掴む手がないことから考えれば、先生が止めてくれたのだろう。
「兄さん! 口あけて!」
耳にどなり上げるようにそういうと、また周りが顔をしかめたが、ピクリと兄さんの瞼が上がったことにどよめく。
「ほら、妹さんも隣にいる。飲んでやれ!」
唇がピクリと動いて薄く開く。
その隙間に、小瓶の中身をゆっくりと流し込んで、すべてが流し込み終わったと思ったら、兄さんの大きな喉仏がごくりと動いた。周りが、安堵の息を吐く。
「少しおいて、癒しの術を使え。その薬の強さなら、傷はふさがる。そのあと、すぐに、ローデムのショウの医院へ」
「わかりました」
てきぱきとした指示に、薬をくれたという恩だろうか、施術者たちが進んで従う。
そして、どれだけ時間を置いたのか、一人が癒しの魔術を施すと、一気に兄さんの傷がふさがった。
かたずをのんで見守っていた人たちが、一斉にほっとした顔をした。
この人たちはみんな心配してくれるのだ。そんな人に見つけてもらって、よかった。
「兄さん。兄さん!」
血みどろの胸に額をこすり鼻先をこすっていると、ぽす、と重たい手が頭をたたいた。
「フィー、ネ……」
「兄さんっ!」
「無事、だった、か……?」
「うん。大丈夫。兄さんも、……」
「なんと、か……」
はあとため息をついてつらそうに目を閉じた兄さんに、私はゆすろうとして、先生に止められた。
「あとはショウのところに。傷はふさがった。大丈夫なのは君もわかるだろう?」
その言葉に、私はうなずいて、運ばれていく兄さんを見ていた。そして、へたりと座り込むと、先生が肩を抱いて背中を軽くたたいてくれた。
「今日のところは勘弁してやってくれ。明日、そちらに伺う」
私に事情聴取したそうな警官隊をなだめるように言って、下がらせた先生は、私が落ち着くまで、公園のベンチに座らせ、隣に座ってくれていた。




