臨床試験 - 文月 慶②
外部からの攻撃? だとすれば、最悪のタイミングだな。
わざとこのときを狙ったのか、偶然かは知らないが…。
「その攻撃について詳しく教えろ」
『ウイルスを使ったハッキングです』
まぁ、ネットを介した外部からの攻撃と言うと大体はそうだろうな。
誰の仕業だ、政府か? いや、この場所自体が政府のものだ。何かをまた押収するにしても、こんな回りくどいことはしないだろう。
『このウイルスのハッキング方法を解析。単純な総当たり攻撃ですが…』
総当たり攻撃とは、ハッキング手段の1つ。
1~9まで、a~zまでの文字の組み合わせを総当たりで試して、合致するIDやパスワードを見つけ出すという方法だ。
要はただのゴリ押し。数を撃てばいつかは当たる。人間がこれをしようとすれば途方もない時間がかかるが…。
『1~100文字の範囲に絞って割り出そうとしています。ランダムではなく1文字目から順番に試行。秒間試行回数は約1000億回です』
相手はコンピューターウイルス。人間が1つのパスワードを打っている間に、こいつらは果てしない数を試行する。
秒間、千億通りのIDやパスワードを入力しているのか。数値が膨大すぎてぴんと来ないが、悠長に考えている暇はなさそうだ。
『文月、貴方の設定しているID、パスワードは共に8桁。それらを網羅するまでに、最大5兆8034億2609万5336通り試行する必要がある』
はぁ…、生みの親に向かって呼び捨てか。
こいつが僕を呼び捨てにするのは、名前の後に“様”を付けるようプログラムしてなかったからだ。
しかし、こいつは学習ができる人工知能。いつか僕を自発的に尊敬し、“様”をつける日が来るだろう。
5兆か…。鬼塚の攻撃を数値化したような値だな。
そして、このウイルスは1秒間に1000億通りを試行している。
つまり…、
「遅くても1分後にはハッキングされると言うわけか」
『そうなります。これは一刻を争う事態。臨床試験を一時中断し、ウイルスを迎撃する許可をください』
クソッ……本当に何てタイミングだ。
初めての臨床試験で、まだ4%しか進んでいない中途半端な段階での一時中断は、かなりのリスクがある。
僕の身体にどんな異常を来すかわからない。
だが、迎撃せずにそのままにしておけば、どのみち乗っ取られ、試験は強制終了になるだろう。
このウイルスを早急に除去する以外の選択肢はない。
「臨床試験を一時中断し、迎撃を許可する。秒で片付けろ」
僕がそう言うと、点滴の針から投与されていた万能薬の流れが止まる。
今のところ、身体に違和感はない。万能薬とは言っているが、大元はあくまで他人の血。
人の血は本来、危険なものだ。自分の血管に他人の血を注げば死に至ることもある。
今のこの状態は死と隣合わせだ。
『臨床試験の中断により、CPU使用率低下を確認。迎撃を開始します』
1つ疑問に思ったんだが…。こいつは………、
どう対処する気なんだ?
かなり自信ありげなようだが…。
こいつに対ウイルス用プログラムのようなものは組んでいない。一刻を争う状況で、呑気に方法を聞いている余裕はなかったが…。
『御安心を…。必ずや迎撃を成功させ、試験を再開させてみせます。それまで死なないようにしてください』
ふっ……まぁ、こいつも僕が造った発明品の1つだ。僕の期待を裏切るような真似はしないだろう。
何度も言うが、こいつは自ら学習をする人工知能。
こいつは造られてからの数ヶ月間、地球最大の検索エンジン“GORGLE”を介して様々な知識を取り込んだはずだ。
「さっさと終わらせろ」
こいつに対する絶対的信頼を基に、僕はそう言った。
さぁ、その莫大な知識量でねじ伏せろ。
僕のデータをハッキングしようとした無謀なハッカーよ。お前の粗悪なウイルスと僕の人工知能の差に絶望しろ。
『かしこまりました。では、参ります…………“GORGLE”を起動』
おい、今から調べるわけじゃないよな?
迎撃の許可が何とか言ってる間にも時間は過ぎている。
後、持って30秒くらいだろう。
大丈夫だ、こいつを造った僕自身を信じろ。こいつは決して無能な人工知能なんかじゃない。
『評価の高い強力なセキュリティソフト、上から順に10番目まで検索』
セキュリティソフトの検索? お前自身が迎え撃つわけではないのか。
まさか全部買ってインストールするつもりか? まぁ、支払いは政府がするから別に良い。それでウイルスを……ハッキングを止められるならな。
『上位に出た10のセキュリティソフトの購入ページを展開。総当たり攻撃によるハッキングを開始…………完了』
なるほど、購入手続きの時間を省くためにハッキングをしたわけか。
賢明な判断………いや、待て。
『総当たり攻撃をする際の僕の秒間試行回数は平均5兆。ウイルスよ、僕は貴方の50倍速い』
マウント取る暇があるなら、早くインストールして迎撃しろ。IDとパスワードが割り出されるまで後数秒程度だ。
『セキュリティソフトのインストールを実行……完了』
まぁ、とりあえずここまで来れば安全だろう。セキュリティソフトを立ち上げ、ウイルスを検出し削除すれば良いだけだ。
それはそうと、1つ気がかりなことがある。こいつがやったハッキングと不正インストールは僕の責任になるのか…?
これをきっかけにまた政府絡みの面倒くさいことにならないと良いが…。
『インストールした全てのセキュリティソフトを起動。ウイルスの検出・削除を開始………失敗』
おい……何をやっている? 失敗ってどういうことだ。
「何としてでもウイルスを止めろ」
『不可能です。このウイルスによって全てのセキュリティソフトが破壊されました………ハッキングを確認、迎撃失敗。PCの全ての制御を奪われました』
セキュリティソフトを破壊? そんなウイルスが存在するのか?
クソッ……何が目的だ。僕が今まで積み重ねてきたデータや記録はどうなる?
『“GORGLE”に公開されている全てのサイトやデータを閲覧しましたが、このウイルスについての記載は何処にもありません』
「チッ……!」
僕は居ても立ってもいられなくなり、点滴針を引き抜いてパソコンに向かった。
『無駄です。こちら側からの操作は一切不可能な状態です』
いったい何をされた? 今度は僕から何を奪うつもりなんだ!
キーボードにある全てのボタンを押したが、全く反応しない。
こいつの言う通り、こちらからの操作は利かなくなっている。ウイルスを止められず、IDとパスワードを割り出され制御不能に…。
『個人的見解ですが、このウイルスについて3つの可能性があると推測します』
こいつが無事なのは、コアが別のところにあるからだ。こいつはPC内のデータとして存在しているのではない。
机の引き出しの奥 (鍵付き) に入っている球状のコアが本体だ。これを破壊しない限り、こいつは消滅しない。
それに周りをダイヤモンドで覆っているため、破壊しようとしてもそう簡単にはいかないだろう。
3つの可能性か…。僕も3つほど考えてはいる。被ってそうな気はするが…。
それより…、口の中にあるこのごろごろしてるものは何だ?
『文月……その状態は人間にとってまずいものでは?』
何のことだ?
そう思った矢先、暗くなったPCの画面に映り込む自分の顔が目に入り、こいつの言っていることを理解した。
口や目から大量の血が溢れ出し、顔を真っ赤に染めている。
うっ……! 何だこれは!
それを認識した途端に気分が悪くなり、頭がふらついた。転倒しそうになる自分の身体を支えるため、机の上に両手を着くが…。
バキッ…
何かが折れる音と同時に、自身を支えた両手は粉々になった。
どういうことだ…? 試験を強制終了した影響か?
両手が支えるのに失敗し、僕の身体は地面に叩きつけられた。
身体中からめきめきと犇めく音がする。
不思議なことに痛みは全くない。いや、別に不思議ではないか。完全投与すれば不死になり、痛みを感じなくなるはずだったからな。
だが、投与は4%のところで中断された。痛覚はなくなったが、再生能力があるわけではないのだろう。
そして、急激に身体が脆くなったのは、他人の血液を中途半端に投入したのが原因と考えられる。
『これは、普通の人間にとっては致命傷と認識。“GORGLE”を起動。[全身粉砕骨折 自力 治し方]で検索……』
あぁ、クソッ…。覚えていろよ、傲慢なクソハッカー。
もし僕が生きていたら、必ずお前を炙り出しそれ相応のツケを払わせてやる。
せいぜい僕がここで死ぬことを、部屋の隅でガタガタと震えながら祈ってろ。
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