臨床試験 - 文月 慶①
御影による学校の支配の阻止、言いかえると僕の個人的な報復から早半年。
今は3月に差し掛かろうとしている辺りだ。まだまだ寒い日は続き、半年前に着ていた夏服はタンスの中に眠っている。
この半年間、外は随分と平和だったみたいだな。まぁ、普段この国ではそれが当たり前なはずだが…。
何も起こらなかったお陰で、僕はいろいろと造ることができた。たった今、僕が完成させたこれも含めてな。
紹介しよう。
僕の前にある机の上に置かれた輸血パック。その中に入っている鮮やかな赤色の液体…、これはいわば万能薬だ。
どんな致命傷を負おうが、どんな重篤な病気に罹ろうが関係ない。これを投与すれば瞬く間に全快する……はず。
血液のように見えるかもしれないが、厳密にはそうではない。
不知火を血を培養して研究し、他人の身体に適合できるように改良した。
そう、僕は工学だけに留まらず医学に置いても最高の発明をしたわけだ。
見た目が赤いため少しグロテスクな感じはするが、液体を透明化することくらいいつでもできるだろう。
見た目の改善は後回し。今は実用化に向けて臨床試験を行うのが最優先だ。
早速、準備を進めよう。
僕は机の隣にある点滴スタンドに輸血パックを取り付けた。
椅子に座ってパソコンを立ち上げ、臨床試験プロジェクトを起動する。
そして、点滴スタンドとパソコンを無線でリンクさせてデータを随時、送信し記録するように設定。
ここ、文月特別少年刑務所は最高の場所だ。欲しいものは何でも無償で与えられる。
研究も実験も開発もやりたい放題というわけだ。不知火の血を使って万能薬を創るなど、自宅では絶対にできないだろう。
そして……、
「“FUMIZUKI”」
『はい、何か御用で?』
こんな人工知能を創ることもな。
僕、文月 慶の第3の脳。
ちなみに第2の脳は腸と言われている。だから、こいつは第3というわけだ。
「今から万能薬の臨床試験を開始する。データの記録と状況の報告をしろ」
僕は何もない空間に向かって、こいつに指示を出した。
文月特別少年刑務所の中にある僕の部屋に居れば、どこに向かって音声を発してもこいつは認識する。
『かしこまりました。現在、負傷をされていないようですね。信憑性のあるデータを録るために腕を切り落としますか? まぁ、オススメはしませんが』
いつからそんなサイコパスになったんだ。そんな風にプログラムした覚えはないんだが…。
まぁ、こいつの言いたいこともわかる。傷を一切負っていないのに、治療薬の試験をしても効果はわからない。
だが、この薬は傷や病気を治すという役割だけじゃない。
「最終段階の試験といこう。不死身になれるかの試験だ」
これの大元は不知火の血液だ。一定量以上投与すれば、奴と同等とは行かなくとも不死の身体を得られる。
この万能薬に何の問題もなければ、そうなるはずだ。これなら健康体であろうが関係なく効果を確認できるだろう。
不知火のように痛みを感じなくなっていれば成功だ。
『ですが、いきなり最終段階の試験は危険ではないでしょうか?』
僕を案ずる無機質な音声が部屋に響く。
ふっ…、僕を誰だと思っている? 僕が造るものに欠陥品なんて存在しない。
はっきり言って、臨床試験さえいらないと思っている。ここしばらく平和すぎて使う機会がなさそうだから自分で試すってだけだ。
「安心しろ。どうせ成功する。今まで不良品など造ったことがないからな」
『PCの記録されたデータによると、一度、自身を乗せた転送装置が墜ら…』
「黙れ、口答えするな。あれは寝坊して急いで造ったからああなったんだ。今回は余裕を持ってやっているから問題ない」
3番手のくせに偉そうだな。2番手の腸ですら一切逆らわないというのに…。
『……かしこまりました。何かあっても責任は負いかねますが。では、翼状針をご自身の血管に刺してください』
翼状針? 点滴の針のことか。
僕は点滴の針を左手に取り、右腕に浮き出ている太い静脈に針を近づける。
………。自分で刺すのか? いや、刺さないことには始まらない。
僕は息を呑み、ゆっくりと確実に血管に突き刺した。
「うっ……! 刺したぞ!」
『確認しました。これより万能薬の投与を開始します』
立ち上げたパソコンの画面の中央に、進捗を百分率で表すプログレスバーが現れる。
これが100%になれば投与は完了し、不死の身体を手に入れられるわけだ。
『投与完了まで残り約10分……』
10分か、思っていたより早いな。まぁ、早いに越したことはない。
何時間も座った状態でいるのは苦痛でしかないからな。
『投与完了まで残り約10分……8分………23分…………50分…………3時間』
おい、回線が不安定な状況でデータをダウンロードしているみたいな変動はやめろ。今は回線関係ないだろ。なんで、そんなに安定しないんだ。
『時間がかかるようですね』
そう言うや否や、パソコンの画面に“ワールドチューブ”という動画サイトが表示される。
「何している?」
『学習です』
こいつ、“FUMIZUKI”は人工知能だ。
確かに自分で新しい知識を取り入れて学習するようプログラムしたが、まさかその手段がネットサーフィンとは…。
『どうも~! サボりーズのナカとマサでぇす!』
ある動画が再生させる。中学生くらいの2人組が映し出されている動画だ。コントか何かを見るつもりか?
編集的にテレビ番組か何かだな。それに、この画質の絶妙な粗さ。アイコンが設定されてなく、英文字がランダムに羅列されたアカウント。
無断転載でほぼ間違いないだろう。
『まっさんまっさん! 面白い話作ってん! ちょっと聞いてや』
『ホンマにぃ? ちょっと聞かせてぇや!』
『ある日、突然なぁ、学生を対象にした殺戮鬼ごっこが始まんねん』
………ん?
『おぉ? 何やそれ?』
『カッパみたいな頭した奴は川に逃げてん。そしたら、100万体の鬼がスゥ~……ぶふぉっ…!』
ちょっと待て……この話……。
『急展開すぎるやろ! ついていかれへんわ! 自分で笑ってもうてるし!』
『フハハハッ!』
『魔王的な笑い方やめぃ! 続き言え早よ』
偶然か…? いや、まだこれだけでは確証は持てない。
面白いとかそういうのではなく、全く別の所で僕は見入ってしまった。
『次の日、学校休んでて何も知らん奴が普通に登校してん』
まさか、この話は…。
『そしたら、鬼に囲まれてんけど、よだれ垂らしてスケート………フハハハッ!』
『なんで殺戮しまくる鬼が悠長に学校来るまで待ってんねん! よだれでスケート? 意味わからんねん! もうええわ。どうもありがとうこざいましたぁ~!』
僕が起こした鬼ごっこと、鬼に対する水瀬たちの行動と酷似している。
政府はこのことを報道しなかったはずだ。一般人は鬼ごっこのことなんて知らない。
『ほんで、おならで空飛ぶ奴もおって……』
『いや、もう終わり!』
この2人組……一般人じゃない?
そもそも学習機能しかプログラムしていない“FUMIZUKI”が娯楽目的でネットサーフィンすること自体がおかしい。
『これは漫才。またの名をギャグ。僕には無駄なものに見えるが、人間の幸福度を上げるために欠かせない要素と認識。…………これは?』
たまたま見つけた動画を開いたのではなく、開くようにこいつが誘導されたとも考えられる。
「FUMIZUKI、その動画の発信元を特定しろ」
敵か味方かわからないが、こんなものを僕に見せるとしたら、全く無関係の奴ではないはずだ。
『……………』
反応がない? 何故だ?
ワールドチューブの画面は閉じられ、プログレスバーは4%を指している。
完了予測時間は……、48時間?
『その命令は現在、優先できないものとして実行を保留します』
何だ、いったい何が起こっている?
完了予測時間は48時間を超えてどんどん増えていっている。
「失敗か? 万能薬に不備があったのか?」
“FUMIZUKI”は人工知能らしくない若干の間を置いてからこう答えた。
『いいえ、外部からの攻撃です』




