乱入 - 水瀬 友紀⑫
僕に向かって振り下ろされたお父さんの手はすんでのところで止まった。
なぜなら……、
日下部「父さん、何をしているんだ! 僕の友達を傷つけないでくれ!」
天井に吊されて気を失っていた日下部が目を覚ましたから。
彼は僕らに仕返しをすることより自分の息子を助けることを優先した。
いや…、仕返ししているつもりはなく、叩いて居場所を聞き出そうとしていたのかもしれない。
日下部が声を上げたことで、お父さんは僕らが伝えていた彼の居場所をようやく理解してくれたんだ。
お父さんのビンタや首絞めは尋問には向いていない。威力が強すぎるから…。
僕に対してのビンタは寸止めだったにも関わらず、その風圧によろけて床に手をついてしまったくらいだ。
豪「雅っ! 可哀想に……あんな仕打ちを……。今、パパが助けてやるからな!」
お父さんは吊された日下部を見上げて両手を大きく振っている。
助けるって言ってもどうやって? 景川なら飛べたかもしれないのに彼が首を絞めたせいで気絶している…。
お父さんは後ろを確認しながら2、3歩ほど下がって助走をつけそうなポーズを取った。
………まさか! 宙屁・親父バージョンが見れるのか?
あの空飛ぶオナラは無臭で周りに害はないけど、お父さんの場合は加齢臭がするかもしれない。
念の為、鼻と口を両手で覆ったほうがいいかな…。
お父さんは助走を取った分だけ走ってから大きく両足で踏み込んだ。
彼のお尻がこちら側に大きく突き出されて僕の視界に無理矢理入ってくる。お尻さえも筋肉もりもりで今にもズボンがはち切れそうだ。
バリッ……
あ、破れた…。でも、今からオナラで飛ぶお父さんにとっては好都合かもしれない。
てか、ハート柄のパンツは予想外だった。
堪えろ、絶対に笑ったらダメだ。ビンタで叩き殺される。
お父さんはお尻を軽く左右に振った後で……、
豪「ふんっ!」
ドンッ!
飛び立った。まぁ、飛ぶのはわかっていたけど…。まさか、足の力だけで跳ぶとは思わなかった。
ズドンッ!
そして、加減ができなかったのかそのまま日下部の目の前を通過して天井を突き破る。
もう、体育館はボロボロだ…。猿渡の奇声で窓ガラスは全部割れ、天井には穴が空いてしまった。
バスケ部とバレー部の人たちは絶対怒るだろうな…。
ドンッ!
そして、勢いよく着地したせいで、床には大きく亀裂が入る。
豪「加減が難しいな。雅、待ってろよ! ふんっ!」
ドンッ!
お父さんは日下部を救出するため、もう一度跳び上がり天井に2つ目の穴を空けた。
日下部「父さん……とても恥ずかしいよ。それにこの穴、弁償しないと…」
再び同じ場所に着地して、亀裂は更に深くなった。
多分、お父さんはオナラ使いのレジェンドじゃない。力加減が上手くない不器用な筋肉の塊だ。
豪「恐がるんじゃない! 男が泣くな! 小さいときにやった“たかいたかい”と一緒だ! それ、行くぞ! たかいたか~い!」
3度目の正直、ついに程よく跳び上がり吊された日下部を抱きつくようにキャッチした。
彼の体重とお父さんの筋肉の重さに耐えきれず、彼を吊っていたロープがぷつんと切れて彼らは落ちてくる。
ズドンッ!
日下部「恐がってないし、泣いてもないよ。恥ずかしいから早くおろしてくれる? 高校生男子をお姫様抱っこする親父なんて、誰も見たくないと思うから」
もう床の亀裂については言うまでもない…。良いことに目を向けよう。
日下部は無事、救出されたんだ。頼もしい父親の筋肉にふわりと包まれて無傷で生還した。
床に下ろすよう頼まれたお父さんは可愛い子犬を見るような目で巻きついているロープを解いていく。
そんなお父さんに、さっきのような荒々しさはどこにもない。
日下部を優しくそっと下ろすお父さん。
感動的な親子の愛情ストーリーになるかと思いきや……、
日下部「くたばれ__昏倒劇臭屁」
彼は助けてもらった父親に、あの臭いオナラを至近距離からお見舞いした。
なんで? いったいどういうこと?
当然、お父さんは抵抗する間もなく失神。恩を仇で返した日下部は倒れたお父さんを見て小さく溜め息をついた。
そして、彼は体育館内を隈無く見渡しながらぶつぶつと呟き始める。
日下部「なるほど、これがシリウスの力。僕の力の本領ってわけか。でも……僕の友達を巻き込んだのは良くないね…」
間違いない、彼はシリウスじゃなく日下部本人だ! 元に戻っていることを改めて実感した。
シリウスのお陰かは知らないけど、ちゃんと生きている!
日下部「え、何? 君じゃないのかい? 僕のお父さんが…?」
「日下部! 良かった! 生きてる!」
僕は目頭が熱くなるのを感じながら彼に駆け寄った。そんな僕を見て、彼はいつもの穏やかな顔で笑う。
日下部「心配かけたね。もう二度と慶を信じないことにするよ」
そして、彼は近づいてくる僕に手の平を向けて制止した。
そうか。今、彼の付近は…。
日下部「今、ここには昏倒劇臭屁が漂っている。僕からそっちに行くよ」
お父さんに放ったオナラを吸うと僕にも影響がある。
日下部は僕に気遣って、自らこちらにやって来た。
やっぱり細かいオナラのコントロールはシリウスにしかできないのか。
そもそも、どうしてお父さんにオナラを放ったんだろう?
「なんでお父さんに攻撃したの?」
見当がつかない僕は、日下部に直接聞いてみた。
彼は大の字になって倒れているお父さんを一瞥してから首を振る。
日下部「僕は昔からお父さんとは気が合わなくてね…。息子として大事にしてくれてるのはわかるんだけど…。さっきもつい衝動的にやってしまったんだ」
そ、そうなんだ…。普段、温厚な彼が衝動的にオナラをするくらい嫌ってるのか。
僕もあまり自分の父さんとは話さないけど、ここまで仲が悪いわけではない。彼とお父さんの間には、きっと何かあったんだろう。
剣崎「う、うぅ…。………おぉ…日下部氏、無事であったか」
吹き飛ばされた怜や叩きつけられた立髪が目を覚まし、頭を抑えながらゆっくりと立ち上がった。
体育館の外に飛ばされた不知火も何故か無傷の状態で戻ってくる。
ん? 右手に何か持っている? スーパーで売ってそうな1株のブロッコリーだ。
まぁ、とりあえず無事で良かった! 顔面がヘコんでいたように見えたのは錯覚だったのか。
彼に続き、ゴリラ化した陽も体育館の出口を潜って現れた。
生徒の避難が終わって僕らを助けに来てくれたんだ。何か不知火が持っているブロッコリーに怯えてるように見えるけど…。
アレルギーでもあるのかな?
とにかく、日下部のお父さんに叩かれた3人も生きてて安心した。
心配なのは、猿渡と景川だ。
僕はまだ倒れていて起き上がる気配のない彼らに目を向ける。
猿渡はみんなより2発多めにもらってるし、景川もあれだけ揺すられたらしばらくは復活できなさそうだ。
でも、多分そのうち起きてくれる。そう信じるしかない。
パチパチパチ
みんなが揃ってきたところで、慶がまた拍手をしながらこちらにやってくる。
慶、もういいだろ。もう僕らに迷惑をかけないで欲しい。
まぁ、お父さんを呼んだことは、結果的には悪くなかった。不意討ちだったけど神憑を倒せて、日下部を救出できたから。
ただ、あまりに乱暴すぎる…。みんな、下手したら死んでいた。
文月「さすがは特質持ち…、そして神憑の日下部。たかがビンタでくたばるような奴はいない」
嬉しそうに微笑みながらそう話す慶。
パチ! パチ! パチ!
そして、彼の拍手に対抗するかのように、体育館の出入り口から大げさな拍手が聞こえてくる。
入口から姿を現したのは、皇尚人だ。皇は彼特有の笑顔を慶に向け、ポケットから吉波高校の校章を取りだした。
文月「ふっ…バレたか。その校章の件はまた後日話そう」
まだ返してなかったのか…。慶の校章は何か特別なのか? まぁ、彼なら改造とかしていてもおかしくないけど。
皇は両手を広げて高らかに笑った後、その校章を自身の制服に着けた。
皇「向こうの世界は……お前の思い通りに操作できるってわけかぁ♪ だが、現実はそうはならねぇ」
向こうの世界…。いったい何の話をしているんだろう?
不思議な発言をした彼に対して、慶が何かを言おうとしたときだった。
ゴゴゴゴゴ………
地面が揺れ始め、地鳴りが微かに聞こえてくる。
地震か? もし、そうだとするとこれはかなり大きいかも。
僕らはみんな近くに集まって身構えた。
唖毅羅「ウホ? ウホホホ?」
皇「いや、これはブロッコリーじゃない」
ゴリラになっている陽の鳴き声に対し、返事をする皇。
え? 今、会話した?
ゴリラ化した陽の言いたいことを理解できるのか?
それはもう勘が良いとかいうレベルじゃない。れっきとした特質じゃないか。
ゴリラと話せる能力…。まぁ、羨ましいとは思わない。僕だってほぼ永遠に泳げるんだから。
文月「そう、緑花王国ではない。お前ら…、これが最終ラウンドだ」
慶は真剣な表情で僕らを見据えている。
最終ラウンド…。そう、まだもう1人…、神憑と思われる人がいる。
生徒会を牽引していた御影丸魅だ。
徐々に地鳴りの音が大きくなっていく。
そして、地鳴りの大元と思われるそれは、舞台の奥の壁を破壊し姿を現した。
「何だよ……あれ……」
開いた口が塞がらない。あれにどうやって勝てって言うんだよ…。
文月「彼女は僕に応酬を渡さなかった。彼女は僕たち共通の敵ということだ。さぁ、特質の力を思い知らせてやれ」
彼はホログラムだからか、臆することなく僕らの前に立ってあれを指さした。
いや、待って…。それは都合が良すぎる。何を今更味方ぶってるんだ。
散々、邪魔しておいて…。リーダーぶるのはやめてくれ! 皇、本来先頭には彼がいるべきなんだ。
だけど、彼はいったいどこに…。
皇「そ、そうだな…。ジミ……銀河……。………BREAKERZだ! 命を賭して闘え! 死を……恐れるんじゃねぇぞ!」
り、リーダー…。そんなところに…。
皇は足を交差させて、若干震えながら出口にもたれかかっていた。
そんな彼は、1番あれとの距離があり、いつでも逃げられる場所から僕らを激励する。
今、ここにいる僕らの仲間は7人だ。
ゴリラ化した陽。
唾液の怜。
放屁の日下部。
モヒカッターの立髪。
自称不死身の不知火。
直感の皇。
無限水泳の水瀬……僕だ。
そして…、待っていたよ。
リングの上に無理矢理立たされ、自分にだけ電気が通るロープに囲まれた圧倒的不利な状況の中で敵を撃ち破った僕らのヒーロー。
トイレでの苦闘を終えたばかりで悪いけど、もう1戦だけ…。
僕らに力を貸してくれ…、鬼塚 琉蓮!
鬼塚「ふぅ~。5日分くらい出た気がするよ…。猿渡くん、ごめんなさい! 座っとけって言われたのに……って死んでる!?」
彼は再びこの戦場に戻ってきた。
琉蓮の声が聞こえたのか、慶はこちらにゆっくり振り返ってニヤリと笑う。
そして、勝ちを確信したかのような顔で彼ははっきりとこう言った。
文月「鬼塚、攻撃を許可する」




