神々の戦い - 水瀬 友紀⑩
2人目の生徒会副会長であり、恐らく神憑の景川 慧真。
いや、今は景川本人じゃない。あれは多分、彼に憑いている神本体だ。
シリウス・日下部コンビとは別で口調や性格、表情とかが全く違う。
シリウス「お前……なんで、こんなとこに……? 気配が……わからなかった」
彼の介入で表情が豹変するシリウス。疑問と若干の怒りや焦りを含んだ顔で彼を見つめている。
僕だって男にお尻を触られると絶対にそうなる。まぁ、僕は怒りより恐怖のほうが勝りそうだけど…。
景川「気配を消していたからねぇ。君と話したくてつい出てきてしまったよ。上は君らにお怒りだ。後さぁ……誰に向かって“お前”って?」
この……重圧。化け物だ…。
僕は神の事情なんて知らない。それでも、雰囲気でわかることがある。
彼に憑いてる神は超強いってこと。多分、シリウスの力じゃ勝負にならない。
シリウス「その手を……どけろ。貴方も僕らと同じことをした。もうこっち側だ。向こうのルールは通じない」
お尻に添えた手を退けるように言うシリウス。いつもより強めの口調だ。
恐怖や怒りからか彼の息遣いはだんだん荒くなってきている。
がんばれ…、痴漢なんかに負けるなシリウス…! 犯罪は犯罪だ。そこに上下関係は存在しない。
裁判を起こすなら僕が証人になる。
景川「こっち側? 違うねぇ、俺は上から言われて仕方なく憑いたんだよ。君らと接触するために…。こんなとこで油を売ってないでさっさと帰ろう」
ヴオォン!
シリウスはキレた。
手を退けなかった彼に対し、全力の昏倒劇臭屁が爆音と共に放たれる。
猿渡「ひっ!」
近くにいた猿渡は、突然の爆音に驚いたのか後ろに仰け反った。
この距離なら景川にオナラは直撃したはず…。だけど、喰らった様子はなく彼は首を傾げた。
景川「あれ? 反抗期かな?」
続けて彼は、宙屁で真上に高く跳び上がる。
神に乗り移られた景川は、不思議そうな顔のまま、飛んだシリウスを目で追った。
シリウス「猿渡、巻き込まれたくなかったら距離を取って!」
猿渡も何かしらの圧を感じていたんだろう。彼はシリウスの忠告を素直に聞いて、皇たちのいる相殺屁の領域に避難した。
皇「おい、定員オーバーだバカヤロー!」
当然、僕ら側には歓迎されない。けど、何食わぬ顔で彼は皇の隣に座り込む。
シリウスはそれを確認してから、景川を中心に円を描くように飛び回り始めた。
シリウス「併合型・宙撒布劇臭屁!」
初めて見る技だ。彼が技名を言った瞬間、慶は顔をしかめて舌打ちをした。
鬼ごっこを止めたのはこのオナラかな?
でも、これも効いている様子はない。
どうしてだ? 猿渡に対しては圧倒していたのに…。
景川「それ、負担凄そうだけど大丈夫か? 手違いがなければ使い放題だったんだろうけど」
景川は、日下部の身体への負担を気遣っている様子でそう言う。
悪い神ってわけじゃないみたいだ。何かしらの理由があって彼らは揉めているんだろう。
シリウス「くそっ! やっぱり格の差が…! お尻以外にも力を注げていれば…!」
景川「本当にそう思うのか? こんなことは止めて帰ろう」
彼は自身の周りを飛び回るシリウスに向かって説得し始めた。
景川「君を重宝していたんだよ。どんなに仕事を押しつけても黙って言うこと聞く君をねぇ。働き者の君には休暇なんていらなかった。永遠の刻を休まず働き続ける君を俺は買っていたんだぜ?」
彼はそう話ながら飛んでいるシリウスに手の平を向ける。
そして…、
景川「吸収」
彼は向けた手の平をぐっと握り込んでそう言った。
吸収…。猿渡の超長い名前の技と違って何となく予想のつく能力だ。
どんっ
シリウス「がっ…!」
シリウスは飛ぶことができなくなったのか、床に背中を強く打ちつけた。
落下した痛みで起き上がれないでいるシリウスに、腕を後ろに組んでゆっくりと近づいていく景川。
景川「それなのに君は俺の期待を裏切ってこちら側に逃亡した。お陰で君がこなしていた膨大な仕事量の一部を俺がすることになったんだ。俺は君と違って仕事が大嫌いだ。頼むから帰ってきてくれよ」
彼は決して悪い神じゃない。
ただ、仕事が嫌いで何でも下に押しつけるダメ上司なだけなんだ。後、若干セクハラ気味…。
僕はまだ働いたことはないけど、こんな上司とは一緒に仕事したくないと思ってしまう。
シリウスが逃げだしたくなるのもわかるけど、辞表は1ヶ月前くらいに出すべきだったんじゃないかな…。
てか、神を辞めたらどうなるんだ? 生まれ変わるのかな?
シリウス「違う…! 僕だってしたくてやってるわけじゃなかったさ! 上の神には基本敵わない。断るとお前は僕らに罰を与えていただろ!」
背中を打ちつけて起き上がれないでいるシリウスは、地面に這いつくばった状態で言い返す。
セクハラに……更にパワハラまでも。シリウス、君は間違ってないよ。逃げて正解だ。
図星だったのか、そう言われた景川の顔は怒りの色に変わった。
景川「手荒な真似はしたくなかったけど、上も怒っている。そして、俺の仕事量も増えている。君の力を無理矢理、取りだして連れて帰るとしよう__放出」
今度は握った拳をシリウスに突きだし、勢いよく手を開く。
すると彼は鼻を押さえて……、
シリウス「くっさ……」
白目を剥いて少し痙攣した後、意識を失ったのか動かなくなった。
文月「ふっ…僕の苦しみ、わかったか」
気絶した彼を見て、顔を強ばらせながらもニヤリと笑うホログラムの慶。
“吸収”と“放出”。
これが景川の基本的な力なのか。まだわからないことが多いけど…。
彼は動かなくなった日下部の身体に手を添えてしばらく固まった。
景川「………中途半端に注いでいるせいで上手く取りだせない。こうなることを予想していた? 仕方ない、また今度だ。まぁ、こいつを連れて帰るまで俺もここにいられるからなぁ」
シリウスを連れて帰れなかったことはある意味、彼にとっては都合の良いことだったのかもしれない。
仕事がとても嫌いそうな彼。こっちにいる間、向こうの仕事をしなくて良いのなら…。
景川「縄か何か……あ、これで良いか」
彼はリングのロープを引きちぎり、日下部の身体に巻き付けた。
そして、日下部の制服の襟を掴んで一緒に浮遊する。
そのまま体育館の天井まで上昇し、鉄骨にロープを括り付け、日下部を吊した。
景川「俺に逆らった罰だ。しっかり反省しろ」
ミノムシのようにぶらぶらと揺れる意識のないシリウスにキツく言いつける景川。
仕事で失敗したときも毎回、吊されていたのか。そりゃ逃げたくなるよな。
彼はしっかりとロープを括り付け、満足した顔で降りてきた。
「日下部を下ろしてください」
僕は迷うことなく立ち上がり、神に乗り移られた景川を睨みつける。
シリウスは僕らを助けてくれた。今度は僕らが彼を助ける番だ。
神同士だと、能力の効く効かないはあるのかもしれない。だけど、特質は異能力じゃなくただの体質だ。
怜の唾液や陽のゴリラ、琉蓮の怪力ならきっと通用する。
陽と琉蓮を呼び戻して総力戦を仕掛けるんだ。
一般生徒が出ていってから時間は経っている。連絡すればすぐに来てくれるだろう。
琉蓮も用を足し次第、駆けつけてくれるはずだ。
景川「おいおい、俺は面倒くさいからお前らと闘ったりする気はないぜ? 下ろしたいなら勝手にしな」
彼は僕の要求に対して抵抗したりはしなかった。ただ、下ろすなら自分でやれと…。
じゃあ、なんで……わざわざ吊したんだ?
景川「俺は一旦、こいつに身体を返す。さて、しばらく休暇だ。用があっても俺を呼び出そうなんて考えるなよ? じゃあな」
バタッ
彼はそう言い残し、その場で中身が空っぽになったかのように崩れ落ちた。
そのすぐ後に、恐らく景川本人が目を醒まして飛び起きる。
彼は戸惑いつつも周りを見渡し、吊された日下部の存在に気づいた。
景川「おい、猿渡! あんなことのために力を使うなって言っただろ! 君がやったことはイジメと変わらない」
彼は多分、乗っ取られている間の記憶がない。
日下部を吊したのは猿渡の仕業だと思ったんだろう。
皇の隣で大人しく体育座りをしていた彼は立ち上がり、やってもないことを責められて怒り出す。
猿渡「いや、俺じゃねぇって! やったのはお前だろ、景川」
皇「おい、嘘つくなよ? 更に罪が重くなるぜぇ?」
猿渡「おい!」
ここぞとばかりに、控え目に笑い嘘を吐く皇。
軽い冗談のつもりか、もしかすると僕と同じように仲間割れさせる機会を狙っていたのかはわからない。
嘘を真に受けた景川は、猿渡に詰め寄り、胸倉を掴んで引っぱり上げた。
景川「君は善悪の区別がわかってない! 嘘なんかついてないで早く彼を下ろすんだ」
願ってもない仲間割れが今、始まろうとしている。
つい、さっきまではそうなってほしいと思っていたけど…。今は日下部を助けないと!
よくよく考えたら、空を飛べる特質や神憑は日下部しかいない。
景川はさっきみたいに飛べるのかな?
皇「う~ん……猿渡の勝ちに1コーラ」
不知火「僕もあいつに1半紙」
飲みかけのコーラのペットボトルを前に突き出す皇と、その動きを真似する不知火。
いや、何やってんの? 日下部が吊されてるんだよ?
あんなぐるぐる巻きで……吊されてたら血の巡りが悪くなって…。
皇「おい、同じ奴に賭けたら勝負になんねぇだろ? それにコーラの価値わかってる? 半紙1億枚あっても足りねぇぜ?」
立髪「じゃ、俺が別の奴に賭けるぜ。不知火、お前の命にワンモヒカッター」
冗談とは思えない表情でそう言い、不知火の顔を見る立髪。
何か1人、殺伐としてるんだけど…。彼と不知火の間に何かあったのか?
いや、今そんなことは後回しだ。
「みんな、いがみ合ってる場合じゃない! 今は敵味方とか誰が悪いとか関係ない! みんなで協力して日下部を助けよう!」
みんなにそう呼びかけると、全員僕の方に注目してくれた。
鬼ごっこが起こる以前なら、大声でみんなをまとめるなんてことできなかったかもしれない。
景川ははっとした顔をし、胸倉を掴んでいた手を離した。
景川「すまない。水瀬、君の言うとおりだ。猿渡も……ごめん。確証もないのに君を怒鳴ってしまった。一緒に手伝ってくれるか?」
猿渡「おう……やったの俺じゃないけどな」
猿渡も謝る彼からは目をそらしているけど、協力してくれそうだ。
今、この瞬間だけ敵側の生徒会と僕らが一体になった気がした。
景川「御影先生は……どこだ?」
彼らとは話し合えばわかり合えると思う。彼らは最近、神に憑かれたとシリウスは言っていた。
それまでは僕らと同じ普通の高校生だったんだ。きっとお互いに理解し合える日が来ると僕は信じる。
パチパチパチ
僕らの戦いをずっと見ていたホログラムの慶が拍手をしながらこちらに近づいてきた。
文月「異能力のぶつけ合い…。良い戦いだったよ。そして最後はお互いに手を取り合った」
慶、まだ何か企んでいるのか?
君の目的がまだ見えてこない。君は何を望んでいるんだ?
文月「日下部を救出するため……最大の敵を倒すためには、まだ僕らは手を取り合うべきじゃない。生徒会副会長の2人…、僕を悪く思わないでくれよ」
彼は制服のポケットからスマホを取りだし、番号を入力してから耳に当てた。
トゥルルルル……
トゥルルルル…………
ノイズ混じりの電話の呼び出し音が微かに聞こえる。
トゥル……
その呼び出し音が聞こえなくなったと同時に、彼は口を開いた。
文月「もしもし……日下部さんのお宅ですか?」




