勅令 - 水瀬 友紀⑥
琉蓮、君のお陰で一般の生徒を避難させることができた。
今、体育館内にいるのは、僕らと生徒会側の能力持ちのみ。
まさか、琉蓮も特質持ちだったなんて…。神憑の方かもしれないけど。
心強い反面、嫉妬に近い複雑な気持ちが僕の心の中にある。
自分の周りを見てふと思った。これが、僕ら能力持ちの集大成。
新庄たちを除いて、一カ所に全メンバーが集まるのは今回が初めてだ。
よく見ると、面接で問題を起こした不知火もいる。もしかして、彼の言っていることは本当だったのか?
誰が……どうやって不死身を証明したんだろう? そして、なぜか彼とみんなの間にだけ大きな間隔がある。
文月「彼が指を鳴らした時点で終わりだ、皇」
僕らに向かってニヤリと笑っているホログラムの慶。
やっぱり君は敵側か…。
猿渡は手を突き出したまま、こちらを見据えていた。
いろいろ気になることはあるけど、今は戦いに集中しないと………っていっても僕は多分、何もできないんだけど。
僕がここにいるのって場違いな気がする。いやダメだ、今はそんなことを考えるときじゃない!
自分なりにできることを見つけないと…!
「みんな、攻撃が来る! 備えよう!」
そう思った僕は後ろに振り返り、みんなに注意を促した。
向こう側の戦力は慶を除けば最大でも3人。数ではこっちが圧倒的に勝っている。
そして、指揮をとろうとする僕の前に、皇がわざとらしく立った。
皇「パンピーが出しゃばんじゃねぇよ! リーダーは俺だぜぇ?」
古臭い言葉だな。今までどこにいたんだ? 過去に飛ばされていたのかな?
てか、彼が指揮を執るなら、やっぱり僕は必要ない存在じゃん。
皇「全員、しょうもねぇ攻撃に備え……!」
彼が僕らの先頭に立ち、胸を張って指示を出そうとした頃には遅かった。
パチンッ
猿渡が指を鳴らし、その音が体育館内を反響する。
それと同時に、皇は慌てて僕の後ろに回り、盾にするような素振りをした。
……………。
しかし、何かが起こったわけではなさそうだ。
僕を盾にしている皇は額に汗を滲ませている。そして、肩で息をしながら掠れた声で静かに呟いた。
皇「…………キモっ」
いや、めちゃくちゃ傷つくんだけど…。“ダサい”とか“ウザい”の数倍は傷つく。
え、僕って臭うの? 何に対しての“キモい”なの?
その発言にいても立ってもいられなくなる僕には構わず、彼は邪悪な笑みを浮かべる猿渡をじっと見つめていた。
キモいって言われた理由も気になるけど、猿渡が僕らに何をしたのかも重要だ。
彼は人を嘲るような表情のまま、僕らに2、3歩ほど近づき……、
猿渡「跪け」
はっきりと聞こえる声で命令した。
次の瞬間、僕の身体に電気が流れたような感覚が走る。
そして、自分の意思とは関係なく言われた通りに跪いてしまったんだ。
何だこの感覚…。いったい何をされたんだ? あの指を鳴らしたときか…?
僕だけじゃない。みんな、猿渡に従って跪いている。
猿渡「勅令・走狗の音」
彼は見下すような目で僕らを見つめ、嬉しそうに笑った。
猿渡「あの音を聞いた時点で……指を鳴らさせた時点でお前らは詰んでんだよ。もうお前らは俺に逆らえない」
身体が……動かない。次の指示がないとずっとこのままなのか?
ヤバい、足が痺れてきた…。頼むから体育座りに変えてほしい。
皇「なぁ~んてなぁ♪ ヒャハハッ!」
全員、猿渡の術か何かにかかって動けないでいる。たった1人を除いて…。
皇には効かなかったのか、彼は笑いながら余裕で立ち上がった。
なんで動ける? 猿渡も意表を突かれたのか怪訝な顔をしている。
猿渡「お前、何をした? いったい何の能力だ!」
皇「いや、こっちが聞きたいわ。俺はただ………」
彼は跪いて頭を下げている僕のつむじを2回叩いた。
皇「こいつを盾にしただけだ」
クソッ! そういうことかよ…! リーダーのすることじゃない!
逆だ…。リーダー名乗るくらいなら、庇ってくれよ! お陰で僕の足は限界だ。ヒリヒリしてきた…。
猿渡「なんで、俺の能力を知っている? まさか……ふ」
“文月と組んでいる?”的なことを言おうとしたんだろうか。
猿渡がその名を言おうとした瞬間、ホログラムの慶は瞬間移動して彼の元へ。
同時に、皇も強気に詰め寄った。
皇・文月「「黙れ…。俺 (僕) がこいつと組むわけないだろ」」
次、鳴らされたら君も足痺れ地獄に送られるかもしれないのに…。よっぽど一緒にされるのが嫌なんだろう。
人を見下したような態度をとっていた猿渡だったけど、彼らに圧倒されたのか素直に謝った。
猿渡「わ、悪い…。じゃあ、どうやって見破った?」
それは多分、皇のことだから……、
皇「直感だ! 指鳴らすってことは何かあるだろぉ?」
謎に良く当たる彼の勘でしかないだろう。
猿渡「ふっ…お前、気に入った。特別に自由にしておいてやる。ただし、俺たちに突っかかろうなんて思うなよ?」
彼は再び指を鳴らす形にして、皇の前に突き出した。
猿渡「勅令・崩壊の音。俺はこの音を聞いた人間の精神を破壊することができる。破壊された奴の精神は完全になくなり肉体だけが残るんだ。簡単に言うと、植物人間になるって感じだな」
流石は神憑の能力。色々とぶっ壊れてる。しかも、羽柴先生みたいに連発可能なんだろうな。
脅迫されているにも関わらず、飄々《ひょうひょう》とした態度を崩さない皇。
はっきり言って、僕は彼を信用していない。
だけど、今だけは頼む。大人しく奴の言うことを聞いてくれ。僕はまだ生きていたいんだ。
猿渡「少しでも怪しい真似をしたら、即座にその音を鳴らすからな」
鋭い眼差しで皇を脅す猿渡。それに対して彼はいつものように狂気のこもった笑顔でこう返した。
皇「はいは~い。まぁ、特質も何もねぇ俺が1人で何か出来るわけでもないしなぁ…。だが、1つ頼みがある」
猿渡「何だ?」
頼みって何だろう? …………え?
とんとん
お゛お゛ぉ~~………っ! こいつ、何しやがる!
皇は痺れに痺れた僕の足をとんとんと軽く蹴ってきたんだ。
ま、マジで……ぶっ飛……ば…して……やろうか…。ただでさえ、地獄だというのに。
皇「この姿勢だと足が痺れる。体育座りとかに変えてやってくれ!」
彼なりの優しさなのかもしれないけど…。
わざわざ蹴る必要あった? 殺意しか芽生えないんだけど…。
猿渡「まぁ、良いだろう。全員、体育座りしろ」
猿渡は皇の頼みをすんなりと受け入れ、僕らに指示を出した。
一応、皇のお陰で助かった。いや、そう思うのはまだ早かったんだ。
痺れた足の神経を刺激しないようにゆっくりと動かそうとする僕の意思は、完全に無視される。
これは、猿渡の能力による命令。
さっきと同じ電気が流れたような感覚が走り、足が痺れているにも関わらず高速で体育座りに移行した。
お゛お゛お゛お゛ぉぉぉ~~~~…………っ!!
複数の低く不気味な呻き声が館内を木霊する。
猿渡、皇……! 僕は君たちを絶対に許さない!
そして、僕らを思いのままに従えている猿渡は、顎に手を当てて考える素振りをした。
猿渡「さて、どう遊んでやろうか?」
やっぱり彼はいけ好かない。心のどこかでいつも人を蔑み、見下している。
この能力から解放される方法を何とか見つけないと僕らは勝てない。
精神を操る神憑。それを攻略したとしても後ろに2人控えている。
何かあの能力に弱点はないか?
景川「おい、必要以上のことはしなくていいだろ。この力は人を弄ぶものじゃない」
僕らを見下ろしてニヤついている彼に、景川が寄ってきて制止する。
猿渡は一瞬、彼を睨みつけるけど、すぐ笑顔に切りかえて肩を叩いた。
猿渡「お前は真面目すぎ! まぁ、お前が言うなら何もしねぇよ」
この2人……、波風立てないようにしているけど、お互い快く思ってない。
これを上手く利用できないか…? いや、そもそも僕らは猿渡の許可がないと発言すらできない。
仮に2人の仲が悪かったところで僕らは動けないから…。
いや、待てよ…。技にかかってない皇なら自由に発言できるじゃないか。
仲間割れ作戦を彼に伝えることができれば、逆転のチャンスがあるかも。
それに彼は、あの冷静沈着な慶をあらゆる手段で怒らせてきた実績がある。
2人の機嫌を悪くさせて仲違いに持っていく事なんてわけないと思う。
彼らが自分たちの能力で相討ちになってくれれば、僕らの相手は御影先生1人だけ。
後はそれを皇にどう伝えるかだ!
鬼塚「ごめん! ちょっとトイレ!」
………え? 立ち上がった?
僕の隣で体育座りしていた琉蓮は、勢いよく立ち上がって出口に向かって走っていった。
急な謀反に驚き、反応が明らかに遅れる猿渡。
猿渡「は…? おい、止まれ!」
すぐに我に返って指を何度か鳴らすけど……、
鬼塚「ごめんなさい! すぐに戻るから!」
琉蓮は一切、従うことなく用を足しに出ていったんだ。
神憑の能力が効かなかった? それとも何かの手違いか?
猿渡「な、なんで効かない? 景川、わかるか?」
景川「さ、さぁ……。まぁ、トイレくらいは良いんじゃないか。漏らすわけにはいかないだろ?」
鬼塚の行動に、首を傾げる2人。
猿渡「いや、そういう問題じゃなくて! 効かないっておかしいだろ!」
僕もだけど、1番驚いてるのは本人たちだ。2人で話し合っているけど、原因はわからないみたい。
ちょっと待てよ…?
指を鳴らしたってことは……。
琉蓮がいた場所に、皇が座らされた…。
琉蓮……、トイレくらい我慢してくれよ! まだ帰ってこないってことは大のほうかな。じ、じゃあ仕方ないか………クソッ!
最後の希望が彼のお通じのせいで潰えてしまった。
文月「猿渡、持ち物検査をしたほうが良いと思う」
ホログラムの慶が猿渡の前に姿を現す。
持ち物検査? 何のつもりだ?
文月「彼らは恐らく反撃の機会を窺っている。何かを隠し持っている可能性が高い」
慶、君の目的が本当にわからない。どうして仲間の僕らを徹底的に潰そうとする?
まぁ、多分、みんな何も持ってないけど…。多分、あまり深く考えずにここに来てると思うから。
でないと、こんな一瞬で絶望的に詰むことなんてなかっただろう。
猿渡「確かに、それは言えるな。全員、持ち物全て出して床に置け」
僕らは逆らえず、淡々と制服のポケットに入った持ち物を出していった。
琉蓮はまだ帰ってこない。彼は彼で苦戦を強いられているんだろう。
みんな、だいたいの物は出し終えたみたいだ。基本的に、制服のポケットに入っているのはスマホや財布だ。
猿渡「お、おい…。なんでこんなもの持ってる?」
しかし、彼は冷や汗を大量にかきながら、ある物を手に取った。
それは……、結構長めのナイフだ。
それを持っていたのは、僕が面接で落とした不知火 真羽。
猿渡の質問に、彼は平然な顔で答える。
不知火「なんでって……殺すためだよ?」
え………ちょっと…………。
彼の言葉を聞いて、心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。
まさか、面接を落とされた逆恨みで僕を殺そうとしている?
不知火「もう必要ないけどね」
あ………よ、良かった。僕を狙ってるわけではないみたい。
……………。
いや、良くない…。もう既に誰か殺してるってことじゃん。
猿渡「こここここれは没収だ。みみみ御影先生、ここここんなヤバい物が……」
景川「そそそそそそうだな…。ややややばい代物だ」
予想以上のものが出てきて彼らはかなり焦っているみたいだ。
文月『彼らは恐らく反撃の機会を窺っている』
慶のこの発言からのナイフだから、尚更恐かったんだろう。
そして、次に目をつけられたのは、僕が母さんから貰ったポイズンポテトだった。
猿渡「これ、さっき言っていた毒入りのポテトか。なんでこんなもの持ってきてる?」
毒入りのじゃがいもを手に取って、僕に尋ねてくる猿渡。
母さんに言われたからって何か言いたくない。こんな危険な食べ物を持たせる母親がどこにいるだろう?
文月「さっきも言ったが、それは毒入りじゃない。とても美味なスペシャルポテトだ」
あぁ、そこは絶対に曲げないんだ…。
もし、彼が真に受けて食べてしまってホントに毒入りだったらどうするつもりなんだ?
スペシャルポテトと言い切った後、彼は僕らと同じく座らされている日下部に視線を移す。
文月「せっかくだ。僕が小学生の頃からお世話になってる日下部くんに食べてもらおう」
嘘だろ…? 慶の狙いって日下部?
僕がポイズンポテトを受け取ったときに発せられた母さんの言葉を思い出した。
水瀬母『何かあったら、日下部くんに食べてもらいなさい』
もしかして…。
母さんと慶は最初からグルで全ては日下部暗殺のために動いていたというのか?
慶、君は今まともじゃない! 確かに不仲な感じはあったけど、殺すほどじゃないだろう!
でも…、それが狙いなら、彼が生徒会と組んでいる理由や僕がポイズンポテトを食べようとしたときに止めた理由に納得がいく。
彼はずっと、この機会を待ち望んでいたんだ。全ては日下部抹殺のために…。
猿渡「あぁ、そうだな…。じゃ、持ち主の水瀬は日下部に食べさせてあげろ」
二つ返事で猿渡は僕に命令してしまった。多分、彼は何も考えていない。
ま、まずい…。さっきの電気が身体を流れて……勝手に身体が……!
こうなったら何も逆らえない。何も……話せない。
僕の右手がポイズンポテトを握り締め、僕の両足は日下部に向かって歩いていく。
日下部は命令を受けたわけじゃないから動けるはずだ。
逃げてくれ…! 何なら僕にオナラをかけて失神させてくれてもいい!
日下部「ほんとに美味しそうな芋だね」
僕の意思に反して、彼は土の被ったポイズンポテトを嬉しそうに受け取った。
違う……違う! これは罠だ! 食べないでくれ!
日下部「慶、やはり君はテロリストなんかじゃなかった。君は小学生の頃から何ら変わらない」
な、何か語り出した。頼む、止めさせてくれ! クソッ……クソッ…!
身体が言うことを聞かない僕の前で、日下部は笑顔で話を続ける。
日下部「君はいつも仏頂面で1人で過ごしていた。でも1度、仲間だと思った人を決して見捨てない。たとえ自分がどんな目に合ったとしても!」
クソッ! 動け、動けよ身体! もう渡しただろ! もう解いてくれたって良いだろ!
日下部「今回だってそうだ。慶、君のそういうところを心から尊敬する。そして………信じてるよ」
あ……あっ……ダメだ……。食べたら……。
彼はそう言って、涙ぐみながらも笑顔でポイズンポテトを頬張った。
1口……2口……とゆっくり味わうように噛み締める。
そして、ごくりと飲み干して……、
日下部「まっず……ただのじゃがいもやんけ」
何故か関西弁でそう言い残し、彼は静かに息を引き取った。




