王の一撃 - 鬼塚 琉蓮⑤
文月「君は自分がしたことに責任を負いたくないんだ」
彼の声はさっきより少し大きくなり、早口で話し始めた。
責任を負いたくないというよりは、僕のせいで誰かを傷つけてしまうことが嫌なんだけど。
文月「だから、君の力の責任は僕が持つことにする。その代わり、君は僕が許可しないと攻撃を行えない。これならどうだ?」
そうは言われても…。責任云々じゃなくって取り返しつかなくなることが怖いんだ。
「責任を負いたくないのは確かだけど…。もし、僕が失敗して殺してしまったら文月くんはどう責任を取るつもりなの?」
誰が責任を負うかじゃない。どう責任を取るかが問題なんだ。
彼の答えはとても横暴だった。僕の目を見つめてニヤリと笑う。
文月「世間から見ると僕はテロリスト。僕が殺したことにすればいい。そして僕はそこそこ優秀な発明家。偽の証拠を捏造する機械ならいくらでも作れる」
ダメだ…。君は僕の恩人なんだ。
孤独な学校生活を送ろうとしていた僕に手を差し伸べてくれた。
ただでさえ、僕は君を傷つけているのに…。自分の失敗を彼に押しつけるなんて絶対に嫌だ!
雲龍「何をぶつぶつ話してる? 答えろ、文月! このままだと儂は御影先生に怒られる!」
もう相談しあう時間なんかない。文月くんに暴力という名の危険が迫っているんだ。
そして、彼の次は僕のために抗議しまくっていた友紀くんが狙われるかもしれない。
僕の後ろにいた文月くんは、少し横にずれて校長先生から見える位置に移動した。
文月「いや、彼が最弱で間違いない。校長先生の力不足を僕のせいにしないで頂きたいのですが」
彼の発言に、校長先生は目を見開き眉を深くひそめる。
そして、震える拳をもう片方の手で包みこみ骨をボキボキと鳴らした。
雲龍「儂を…何だと思っている。こいつを殴り殺した後はお前だ、文月」
御影「雲龍、落ち着きなさい! これは明らかな挑発よ! 何かの罠かもしれないわ」
雲龍「ガタガタうるさい! 一般教師は黙っていろ!」
なぜか上下関係が元に戻る2人。この2人の関係性が更にわからなくなった。
何だろう……この気持ち。
なんで、この人は先生なのに僕の友達に危害を加えるの?
僕だけなら良いよ。学校のためだっていうなら仕方ないし…。
………何かムカつく。
このクソジジイに文月くんが一方的に殴られることを想像すると…。
何か……イライラする!
産まれて初めてかもしれない。人に向けてこれほどまでの敵意を持ったのは…。
文月「信じているぞ。力の使用を許可する合い言葉は……」
彼は僕からリングの方に視線を移し、校長先……クソジジイを指さしてこう言った。
文月「王撃。王の一撃だ」
王撃…。その合い言葉を聞き、僕は闘うことを決心して身構える。
僕が闘うのは、彼が責任を取ってくれるからじゃない。
腹の底から沸き上がるこの怒りが確かなものだと思ったからだ。
責任を彼になすり付ける気はない。僕の友達は僕の意志で守るんだ!
傷つけて夢を潰してしまっても、僕を恨まず友達でいてくれた。そんな彼を見殺しにするほど僕はやわじゃない。
雲龍「構えからして武術は素人だが…。やはりお前は弱くない。儂も全力で行かせてもらう」
クソジジイがさっきと同じ構えをとると同時に、リングの中の空気が変わった。
妖瀧拳の構え、錯綜・泡沫の構。
どうする? 奴は妖瀧拳の達人。
さっきのようなフェイントをかけられたら、僕は攻撃を当てられない。
文月「やる気になったようだな。だが、奴に攻撃を当てるのは、素人では難しいだろう」
身構えた僕に、文月くんは普通の声で話しかけてきた。もう隠す気もないんだろう。
まぁ、彼が敵か味方なのかは僕にはわからないんだけど…。
そう考えている間に、クソジジイは僕に距離を詰めてきた。
さっきよりスピードが格段に増している。フェイント云々じゃなく速すぎて反応できない…!
反応が遅れて無防備な僕に対し、奴は右手の平を上に向け、みぞおちに軽く指先を当ててくる。
妖瀧拳に詳しい文月くんは、この技の名前を呟いた。
文月「石穿雫突。石を貫く一滴の雫。指先を当てるだけで内蔵に大きな振動を与え、喰らえば内蔵全体に激痛がはしるはずだが…」
そうなんだ。確かにちょっと身体が震えた気がする。
雲龍「うっ!」
クソジジイは右手に痛みを感じたのか、顔をゆがめて距離をとった。
文月「突き指したみたいだな。確かに難しく失敗しやすい技だが、彼は達人級…。君の身体はダイヤモンドか?」
そんなことないと思うけど…。元々、身体は丈夫な方ではあるのかも。
自分の指を撫でながら確認しているクソジジイが少し不憫に思えてくる。
文月「石穿雫突も泡沫の構から出せる技。突きや蹴りと同じように相手を惑わせられる。それは上級者であればあるほど、より複雑になるんだ。面白いだろ?」
妖瀧拳について、嬉しそうに話す文月くん。
彼は妖瀧拳のことを本当に愛していたんだ。僕はそれを彼から奪ったことを改めて痛感する。
雲龍「面白いな小僧」
クソジジイは痛みを堪えながらも僕を見据えてニヤリと笑った。
雲龍「儂の攻撃が効かなかったのは数十年ぶりか。楽しくなってきたぞ! うらあぁ!」
そして、奴は再び、目にも止まらぬ速さで迫ってくる。
どうせ反応できないから躱すのは諦めよう…。
棒立ちしている僕に対し、舞うように身体を回しながら、突きや蹴りを繰り出してきた。
文月「廻遊乱舞・渦潮」
技が繰り出されると同時に、文月くんは再び、嬉しそうに技の解説をし始める。
文月「敵の前で踊るように回り、連続で突きや蹴りを繰り出す技。この独特な動きを往なすのは経験者でも難しい。泡沫の構で既に惑わせされているからな。やられる側はかなり厄介だろう」
なるほど。道理で頭がこんがらがってるわけだ。
目で見ている攻撃と攻撃が当たった場所の感触が全く違うから訳がわからない。
それがしかも、連続的に…。頭がおかしくなりそうだ。
雲龍「ぐおおおぉぉぉ!」
クソジジイは雄叫びを上げ、やや痛そうにしながらも僕に攻撃を続ける。
雲龍「この攻撃を全て往なして反撃してくるとは…。小僧、やはりただ者ではない。次の技でお前を倒す!」
この人は、いったい何と闘っているんだろう? 僕はとっくに諦めて為すがままに殴られているだけだ。
速いし、フェイントかけまくってくるし…。何をしても当たるから…。
文月「反撃の準備をしろ。恐らく次の技は…」
クソジジイは僕の前で回るのを止めて1度、元の構えに戻った後、即座に次の技に移行する。
うっ…、恐い…。
僕は奴が放つ威圧に圧倒され、思わず背中を丸めて両腕で顔を覆った。
ただのゴリ押し…。素人の僕にはそう思えた。けれど、今までとは比べものにならない程の殺意に僕の身体は硬直して動かない。
無数の突きや蹴りが絶え間なく繰り出され、僕の身体中に打撃が加わる。
息をする暇すらろくに与えられない。肺に酸素が行き届かず、徐々に苦しくなってきている。
文月「予想通りだ。攻撃を当てるならこの技の最中だけだ。鬼塚、君にならできるはずだ」
そ、そんなこと言われても…。奴の突きや蹴りを払って反撃するなんて僕には無理だよ。
達人級に反撃できるのは、達人級の人だけだと思う。
殴られ続ける僕に対して、文月くんはこの技の解説を淡々と始めた。
彼いわく、荒ぶるこの技の名前は、溺葬波濤。
文月「妖瀧拳は護身や防御、反撃に重きを置いている武術だが、この技だけは違う。他の技と違い、この技は単純な連打で圧倒する。荒ぶる波に呑まれて溺れる……そういった意味が込められた技だ」
ふと思ったんだけど、文月くんの解説って長くて細かい…。
そういうことは後にしない? 今、僕は殴られてるんだ…!
“ちょうど今、殴られてたんで助かりました”って思える助言をしてほしい。
文月「単純な連続攻撃。威力が高い代わりに、相手を惑わせることができないんだ」
まぁ、この間隔で永遠に殴り続けられるならフェイントもクソもないと思う!
文月「今、君が見ている奴の動きは全て本物。確実な一撃を当てる絶好の機会というわけだ」
確かにそうだけど…。まず、この攻撃をどうにかしないと。
くそっ…。今がチャンスなのに……他の技に切りかえられるともう当てることはできないかもしれないのに…!
いっさい反撃しようとしない僕を見て、文月くんは少し俯いてから、小さく溜め息をついた。
文月「君に防御は必要ない。そもそも、その構えじゃ防御になっていない。ただ袋叩きにされているだけだ。既に死んでもおかしくないくらいに殴られているんだぞ」
………そうか。今まで殴られたことなんてなかったから気づかなかった。
僕は力持ちなだけじゃない。多分、身体も頑丈にできているんだ。
雲龍「なぜだ…! なぜ倒れない! 優勢なのは儂の方なのに…。なぜ儂の手足が……こんなに腫れて……!」
手足がヒドく腫れ上がっても、連打を止めない雲龍校長。
もしかすると、このクソジジイにも悪いことをしたかもしれない。
僕がとどめを刺すのが遅れると、彼の手足は壊れて、2度と妖瀧拳ができない身体に?
ダメだ…。もうそんなことになったらダメなんだ。
確かにこいつは嫌な奴だ。でも嫌いだからといって、傷つけて良い理由にはならない。
「なぁ、あれ……あの人が勝ってるんじゃない?」
「た、確かに押されてはいるけど苦しそうなのは先生の方だ」
「私はサッカーに少し詳しいのですが…。たとえボール支配率が上回っていても、1発のカウンターで負けることは少なくありません。例えるなら彼はカウンターサッカーをしている」
水瀬「つまり、琉蓮は大きな一撃を狙ってる?」
苦しそうな校長先生を見て、体育館内に浸透していた恐怖が希望に変わりつつある。
そうだ、僕が力加減さえ間違えなければ全てがハッピーエンドで終わるんだ。
クソジ……校長先生はこれ以上、手足を痛めずにすむ。
そして、彼らは生徒会の恐怖から解放される。
「もし、そうなら彼に最高のラストパスを届けなければなりません。それは、私たちの激励です! 彼にみんなでエールを送るのです!」
水瀬「琉れええぇぇぇん! がんばれえええぇぇ! 学校の……僕らの平和を勝ちとってとれえぇ!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
みんなの応援が体育館内……いや、学校全域に響き渡る勢いだ。
文月「ふっ…解けたか」
僕の背後で、ニヤリと笑う文月くん。
ありがとう、みんな。僕に目いっぱいの勇気をくれて!
ありがとう、文月くん。こんな僕を許してくれた上にカウンセリングまで…。
ありがとう、友紀くん。僕が殴られる前、自分の命を懸けて助けようとしてくれて!
猿渡「おい……どうなってる? くそっ! こうなったら!」
御影「やめなさい…。それは雑魚に使うものじゃないわ」
リングの外で、腕を前に突き出そうとした猿渡くんを御影先生が制止した。
みんなの応援を無下にするわけにはいかない。
僕はどんなに殴られても構わない。
集中しろ…。全ての意識を右腕に…。
殺さずに、傷つけずに…。でも戦意は喪失くらいの丁度良い威力で!
何度も言うけど相手は達人…。1度、見切られたらもう当たらない。
この一撃に全てを賭ける!
「うおおおぉぉぉぉ! ワンッ……! ビイィィィート!」
バチイィィィン!!
丁度このとき、2限目の終了を知らせるチャイムが鳴り響く。
それとほぼ同じタイミングで、校長先生の頬に僕のビンタが直撃。
彼の身体は大きく吹き飛んで、体育館の壁を突き破り外に転がっていった。
マンガで描いたような人型の穴が壁に空いている。
少しだけ静まり返った後……、
「「「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ!! やったぞ! 俺たちは勝ったんだ!」」」
館内は勝利の歓声に包まれた。
文月「ちゃんと加減できるじゃないか」
手を叩き、僕に向かって優しく微笑む文月くん。
………いや、できてないよ。ここまで吹き飛ばす気はなかった。受け身のとれない一般人なら確実に死んでいる。
もしかしたら、校長先生は外で息絶えているかもしれない。
もっと力加減の練習をしないと…。何となくだけど、この学校に普通の生活はもう訪れない気がするんだ。
文月くんのせいにはしたくないけど、彼が鬼ごっこを起こしてから立て続けにこんなことが起こってるらしいし…。
御影「やはり裏切ってくれたわね」
え、いつの間に…? 文月くんの目の前に突然、御影先生が現れる。
しかし、彼は動揺することなく手を前に出した。
文月「言われたことはしました。さぁ、そろそろ応酬を…」
水瀬「みんなをどこにやったんだ!」
彼らの間に友紀くんが割って入り、2人を睨みつける。
すると、文月くんは体育館の出入り口を見据えて微かに笑いながらこう言った。
文月「遅いぞ……皇」
それを聞いて僕らは体育館の出入り口に目をやる。
そこにいたのは……、
怪しげな集団…。
皇「文月いぃ! 校章もらいに来たぜぇ♪」
文月くんの仲間……? 新しい刺客?
僕は……、この学校を護るヒーローなんだ! 力加減を覚えた僕は最強なんだ!
そう思った僕は、彼らに対し拳を作った。
「ワン・ビィ…!」
文月「落ち着け、鬼塚! あれは一応、仲間だ! それに許可してないぞ!」
構えた僕に焦りの表情を見せる文月くん。
生徒会側の仲間なら尚更、やっつけないと!
水瀬「みんな、無事だったんだ! 良かった…」
………あ、ほんとに仲間だったんだ。あの怪しい陰気臭い集団が…。
友紀くんは目に涙を浮かべていた。
ダメだな、僕は…。友達の友達を殴ろうとした。僕はやっぱりヒーローに向いていないのかもしれない。
皇だっけ? 謎の集団の中心にいる彼の後ろから大きなゴリラが姿を現した。
「あれは……! 僕らを救ってくれた神のゴリラだ!」
体育館内にいる生徒たちは、そのゴリラを希望に満ちた顔で指をさす。
「ほんとだ! テロリストが現れたときにいつも助けに現れる正義のゴリラよ!」
み、みんな何を言ってるんだ? いや、どこから連れてきた?
絶対盗ってきただろ…。早く動物園に返せよ。
皇って奴は、離れていてもわかるドヤ顔で背後にある出口を親指で指した。
皇「使えねぇ一般生徒はゴリラと一緒に避難しろ! 後は俺たち……ジ……じゃなくて……ええと」
彼は少し思い出す素振りをしてから……、
皇「後は俺たち、銀河系軍団に任せろ下僕ども!」
水瀬「あぁ、名前変えたんだ。前よりは良いけど」
銀河系軍団…。
その名前を彼が発した瞬間、さっきサッカーに詳しいって言っていた生徒が目をキラキラと輝かせてこう言う。
「見える…! 見えるぞ! 彼らの後ろにそびえ立つ白い巨人たちが僕には見える」
ちょっとよくわからないけど…。
下僕と言われた一般生徒たちは、ゴリラについて体育館から出ていった。
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全員の避難が完了して体育館に残ったのは、怪しい集団と友紀くんに文月くん。
そして、生徒会率いる御影先生に、猿渡くんと景川くん。
生徒会の3人と文月くんは壇上側に立ち、僕らは出口側に立った。
これからラスボス戦が始まりそうな雰囲気なんだけど…。
何これ、知らない人だらけでめちゃくちゃ気まずい。
しれっとこっち側に立たされてるけどさ、僕ら初対面だよね?
ていうか、特質とか神憑じゃない僕はどっちかっていうと一般生徒だ。
あぁ、こんな思いするなら一緒に逃げてれば良かったな…。
御影「猿渡、存分に遊んであげなさい」
先生は上品に笑い、僕らを見てそう言う。
指示された猿渡くんも嫌味を含んだ笑顔を見せた。そして僕らに向かって腕を突き出し、指を鳴らす形をつくる。
皇「さぁ、見せろよ。お前のしょうもねぇ能力をなぁ♪」
両手を広げて彼の能力を歓迎する皇くん。
彼の発言に対して文月くんは高らかに笑った。
あんなに笑うなんて珍しい。
文月「彼が指を鳴らした時点で終わりだ、皇」
勝ち誇った顔の文月くんと余裕の態度でニヤける皇。
ラスボス戦は、向こうの先制攻撃で幕を開けた。




