猟奇 - 獅子王 陽⑥
___尾蛇剣舞。
聞いたことはある。彼が第2次学生大戦時に使用したオタ芸のような剣技だ。
僕は特質を持たない一般生徒たちを避難させていたから実際に見たわけじゃないけど…。
この技は……こんなにも残虐で痛ましいものだったのか。
友紀たちから聞いたものと、イメージが全然違う。
刻裂真剣…。
その名の通り、剣崎は不知火が持っていた刃渡り30センチほどのナイフで奴の身体を切り刻んだ。
目にも留まらぬ速さでナイフを振り回し、ちょっと変わった動きで奴の上半身を粉々にする。
ぐしゃっ!
あまりの速さに、遅れて奴の肉塊が空中に飛び散った。
そして、剣崎は奴の下半身を見据えて、再び居合の構えをとる。
彼の狙いは多分、再生できないくらいに奴の身体を細かく刻むこと。
これで奴を倒せるかどうかはわからないけど、やってみる価値はある…!
頼むぞ、剣崎! 奴の上半身が再生する前に斬ってくれ。
まだ再生は始まってない。今の内に奴の身体を…!
剣崎「もう一度___尾蛇剣舞・刻裂真剣」
彼は間髪入れずに、今度は下半身を目がけて斬りかかった。
そのとき、僕は何とも言えない違和感を持ったんだ。
今までと比べて、奴の再生が遅い…。
確かに剣崎の技はかなり速いし、今までで1番深い傷を負ってるのは確かだけど…。
さっき樹神の鞭ブロッコリーにバラバラにされたときは、もっと早かったよな?
もし、再生のタイミングや速度を自分で調整できるとしたら…。
「剣崎、待て! 何か怪し……!」
彼に声を掛けて制止しようとしたけど、もう遅い。
彼はとっくに、奴の太もも辺りにナイフを突き刺していた。
それと同時に、不自然に浮遊している血飛沫が彼を球状に囲い込む。
剣崎「………! 何だ?」
彼も異変に気付いて斬るのを止め、自身の周りを飛んでいる血飛沫に対して身構えた。
そして、舞っていた全ての血飛沫は彼に向かって飛んでいく。
剣崎「がはっ……!」
ただの血のはずなのに…。
不知火の血に触れた彼は吐血し、全身から血を吹き出してその場に倒れ込んだ。
もう訳がわからない。奴に立ち向かった人が次々に死んでいく。
今、五体満足で生きているのは僕と日下部だけになってしまった。
僕は倒れた剣崎から、曇り空へと視線を移す。
多分、今日はもうずっと曇ってるんだろうな。
宙を舞う血飛沫は奴の下半身に集まっていき……、
不知火「どう? 今の凄いでしょ?」
完全に再生。両手を広げて無邪気な笑顔を僕に向ける。
剣崎の相手を粉々にする剣技も、奴には通用しなかった。
むしろ、粉々に刻んだのが徒になってしまったんだ。
不知火「自分で分裂できないからほとんど使えないんだけど」
もう何も考えられない…。たったの数十分で多くの仲間を失った。
もう涙すら出ない…。
日下部「目には目を。歯には歯を…」
日下部が圧のある低い声で呟きながら、不知火に向かって歩いていく。
こちらまで聞こえてくる彼の荒い息遣い。拳にはかなり力がこもっていて強く震えているのがわかる。
日下部「命には……命をもって償え!」
彼はそう言い放ち、宙屁で奴に迫っていった。
このとき何かを感じ取ったのか、初めて焦りの表情を見せる不知火。
奴は剣崎が落としたナイフを拾い上げ、日下部から距離をとろうと後ずさった。
ガシッ
そんな奴に対し、瀕死の剣崎が最後の力を振り絞って起き上がり、奴を羽交い締めにする。
剣崎「やれ、日下部氏! 私はどうなっても構わない!」
ダメだ…。君は充分、戦ったじゃないか。ここは……僕が…!
剣崎「動くな、獅子王氏! 身代わりになろうなんて考えてはならない。どのみち、私はもうじき死ぬのだ…」
僕が近づこうとしたことに勘づいて、そう言い放つ剣崎。
嫌だ……僕を庇わないでくれ…。ここままじゃ、僕はただの足手まといだ。
でも、彼の言うとおり…。彼はもうすぐ力尽きる。
僕があそこを代わっても彼を助けることはできないんだ。
日下部「剣崎……ごめん……」
彼は謝りながら空中で身を捻り、お尻を剣崎と不知火に向けた。
不知火「これが“ともだち”かぁ。良いなぁ…。けどさ、こんなんで僕が捕まると思う?」
こんな状況でも余裕の表情をする不知火。
そう、羽交い締めにしても脱皮で抜け出される。でも、それを剣崎が見逃すわけがない。
奴は脱皮しようとして、自身の脇腹から手を突き出した。
羽交い締めにしている剣崎は、その手を見下ろしながらこう言う。
剣崎「後手必勝とはこのことであるな___粘縛唾液」
自身の脇腹から頭を出した不知火は動揺を隠せない。
不知火「………え?」
剣崎は脇腹から出てくる途中の奴に、大量の粘縛唾液をかけた。
脱皮の途中で固められ、完全に動けなくなる不知火。
不知火「きぃええええぇぇぇぇぇぇ! 放せ放せ放せええぇぇぇぇ!」
奴は迫り来る日下部のお尻に恐怖したのか、同じ人間とは思えない奇声を上げた。
不死身で死なないのを良いことに、何をされても愉しそうにしていた奴がどうしてここまで恐怖しているのか。
奴は多分、生まれて初めて本能的に死を感じていたんだろう。
日下部は奴に目がけて、今までに聞いたことがない放屁の名前を呟いた。
日下部「併合型・爛腐熔爆屁」
シューっと大量のガスが抜けるような音と共に、黄色と赤色が混ざった放屁が放たれる。
その色はかなり濃く、先が全く見えない濃霧のようなもの。
これに直撃した剣崎と不知火の皮膚はドロドロに焼けただれ、身体は黒い煙を上げる。
そして、この放屁は熱を持っているのか、彼らの身体には火がついた。
皮膚や筋肉はすぐに熔けてなくなり、中から支えのなくなった内臓がぼとぼとと地面に落ちていく。
「お゛え゛っ…!」
この凄惨な光景を目の当たりにして、僕は胃の中に入っているものを全て吐き出した。
剣崎は即死。身体はほとんど原型を留めていない。
痛みを感じることなく一瞬で逝ったのが幸いだ…。
不知火も同じような感じだけど、その凄まじい生命力が災いしてまだ死ねずにいる。
あまりの痛さにガクガクと痙攣。ようやくこいつに天罰が下ったんだ。
ドサッ…
そして、オナラを放った日下部もその場に倒れ込んだ。
「日下部!」
僕は彼に駆け寄って安否を確認する。
う、嘘だろ…? 彼ももうすぐ死ぬ。何となくそんな顔をしている気がした。
彼は苦しそうにしながらも、僕に笑顔を見せる。
日下部「さっきの放屁は絶大な威力を誇る代わりに、僕の命を消耗する。今、僕の腸は奴のようにボロボロだ。もうすぐ僕は死ぬよ……」
そ、そんな…、頼む、もう誰も死なせたくない!
僕だけが生き残るなんて絶対ダメだ!
そ、そうだ! あいつなら何とかしてくれるかもしれない。
「しっかりしろ! ふ、文月なら何とかしてくれる!」
目頭が熱くなるのを感じながら僕がそう言うと、彼はふっと鼻で笑う。
日下部「僕がテロリストに助けられる? まぁ、死ぬよりは良いかもしれないね………」
そう言って穏やかに笑った後、彼の呼吸は完全に止まってしまったんだ。
なんでこんなことになった? 誰のせい? 不知火?
そもそも、皇はなんで自殺を?
“神憑は不幸を呼び寄せる”。
羽柴先生の言っていたことは本当だったのかもしれない。
僕らは神憑とは違う。
文月はそう言っていたけど、特質も神憑もそう変わらないのかもしれない。
なら、僕もこの学校の生徒のために死んだほうが良いんだろうか?
僕が生きているせいで、特質持ちじゃない友紀や文月がこんな風になるのは耐えられない。
ガサッ
…………え?
すぐ後ろから物音がして、恐る恐る僕は振り返った。
そこにいたのは……、
不知火「痛かったよぉ~」
完全に再生した不知火だった。
そうだ、これは悪夢だ。きっと悪い夢を見ているに違いない。
夢なら早く醒めてくれ!
不知火「すごい技だった。生まれて初めて痛みを感じた。痛いってこういうことなんだね」
奴のこの発言に、僕はまた絶望させられた。
こいつ…、今まで痛みを感じてなかったのか?
『こいつは死にこそはしてないけど、立髪と同じ……いや、それ以上の痛みを味わったはずだ』
こいつが鞭ブロッコリーに八つ裂きにされたとき、そう思っている自分がいた。同じ痛い思いをしたんだから、それでチャラだと…。
でも、こいつは今まで喰らった日下部以外の攻撃に何も感じてなかったんだ。
ふざけるな…。
不知火「ごめんね…。痛いって苦しいんだね、辛いんだね。死ぬって……殺されるってあんなに恐いんだね」
ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなあぁぁぁ!!
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
怒りや悲しみを抑えきれなくなった僕は、何も考えずに奴に突っ込んだ。
喧嘩なんてしたことがない。武術や格闘技なんかも習ってない。
相手はナイフを持っていて、こっちは丸腰。
当然、負けるのは僕の方だ。
「あ゛ぁぁ!」
首を深く切られてしまった。どくどくと血が流れ出して制服が真っ赤に染まる。
首を押さえて倒れた僕を見下ろしてくる不知火。
不知火「でも、あの人との約束を果たさないといけないんだ。今、痛い? 痛くない?」
奴はそう言いながら、しゃがんで僕の顔を覗き込んでくる。
大量に失血して、意識が朦朧としている僕に返事をする余裕はない。
不知火「答えられないほど痛いんだね…。早く楽にしてあげるね」
そう言って奴はナイフを振り上げ、僕をメッタ刺しにしたんだ。
どのみち、もう死にかけていて感覚自体が薄れていた。
ザクザクと何度も刺す音だけが聞こえてくるだけ。
これで良い…。特質持ちの僕が死んで災いが起きる確率が少しでも減るなら…。
こいつの言っているあの人って奴もこれが狙いだったのかもしれないな。
何も見えない、何も聞こえない。
僕はここで、自分が死んだことを自覚した。
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♪~
ピロン ピロン。ピロン ピロン。
強制ログアウトを確認しました。
直ちに帰還します。
~♪
………え、何このアナウンス?
あ、ここ天国? ログアウトってこっちでも使うんだ。
現世からログアウトして天国に来たってことか。
天国の風景って地球の空に似てるな。
水色の背景に白いふわふわとしたものが点在している。
いや、これどう見ても空じゃん。
皇「遅いぞ、何分待ったと思ってる」
「うわっ!」
水色の背景に突然、皇の顎が出現したことに驚き、僕は声を上げた。
あれ? ここ屋上? 僕は生きてるの?
僕は自分が五体満足なことに気づき、上体を起こした。
そして、周りを見渡すと、死んだはずの剣崎たちがあぐらを掻いて座っている。
不知火「ごめ~ん! でも、約束は果たしたよ? 僕たち、今日からともだちだね!」
「うわああぁぁぁぁぁ! 人殺し!」
すぐ後ろから奴の声がして、思わず飛び退いた。
こいつも僕の後ろで、あぐらを掻いて座っていたんだ。
どうやら、皇と不知火は僕を挟んで会話しているらしい。
皇「いや、時間かかりすぎ。1ヶ月は試用期間だ。毎日、半紙と体操服を持ってこい。友達になれるかは、お前の忠誠心次第だぜぇ♪」
こいつの言ってた“あの人”って、まさか皇のこと?
不知火「えぇ~! まぁ、良いや。ところで愉快な仲間はどこ?」
皇が僕らを殺すように指示を出したのか?
皇「あぁ、それはこいつらだ。お前ら仲良くしてやれよ!」
僕らの顔を見ながら、そう言い放つ皇。
しばらくの沈黙が流れる。そりゃそうだろう。さっきまで殺し合いしてたんだから…。
「とりあえず、説明してくれ。なんで僕らを殺そうとしたのか」
僕は皇や不知火に問いかけた。
皇「面倒くせぇな…。まぁ、あのクソキモいところから出られて気分が良いからしてやっても良いが…。今は時間がない。先にやることやろうぜ」
彼は気怠そうな感じでそう返してきた。
やる事って何だ? てか、ここは天国じゃないのか?
自分が死んだのか生きてるのか、そこだけはハッキリさせたい。
「やることって? 後、ここって天国? それとも地球?」
僕が続けて疑問を投げかけると、皇は手を叩いて嬉しそうな顔をした。
皇「よく聞いてくれた! これから水瀬を助……いや、文月のクソ野郎をシバきに行くぜ」
そう言って彼は勢いよく立ち上がり、屋上のドアまで歩いていき、こちらに振り返る。
皇「行くぞ、ジ……ダセぇな。行くぞ………」
彼は一拍おいて……、
「BREAKERZ! あいつの計画またぶっ壊してやろうぜぇ♪」
今思いついたと思われる新しいチーム名で僕らに呼びかけた。
後で僕も意見しよう。チーム名はみんなで考えるべきだ。
後、天国か地球か早く教えて欲しいんだけど!
キーン コーン カーン コーン
キーン コーン カーン コーン
2限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
僕らも立ち上がり、不知火の存在に戸惑いつつも皇に続いて屋上の階段を降りていった。




