猟奇 - 獅子王 陽⑤
不知火は、たまたま掴んだブロッコリーを思い切り噛み千切った。
一瞬の沈黙…。しゃりしゃりと野菜を囓る咀嚼音だけが屋上に響き渡る。
そして、奴はある程度噛んだところでごくりと呑み込んだ。
この行動を止めずに見ていたことを、僕は後悔することになってしまう。
不知火「へ? 何これ?」
その現象には、奴自身も驚いているようだった。
ブロッコリーを喰った奴の身体は、びきびきと音を立てながら徐々に大きくなっていく。
140センチほどしかなかった背丈は160センチくらいまで伸び、骨と皮しかないような貧相だった身体には筋肉がついた。
多分、奴は今の一瞬で成長したんだ。
それでも僕らより小さく、筋肉がついたと言っても元よりは成長したってだけの話。
ちょっと大きくなっただけで、あまり変わりはないと思うんだけど…。
不知火「何この……みなぎる感じ!」
奴は目を見開き、成長した自身の身体を見てニヤリと笑った。
その挙動を見て、僕は背筋が凍りつく。
ちょっと大きくなっただけ…。ただそれだけなのに、嫌な予感がするんだ。
奴はある方向にゆっくりと目をやり、口を大きく開けてよだれを垂らした。
悍ましい笑顔。皇がよく見せる狂気の笑顔なんて比にならない。
奴は口が裂けんばかりに口角を上げて、舌を出しながらこう言った。
不知火「あぁ、そこかぁ♪」
奴が見据える方向には、さっき樹神が跳び越えたフェンスがある。
「樹神あぁ! 奴を全力で殺せえぇ!」
僕は反射的に叫んでいた。
それと同時に、樹神が飛び降りた場所へ走りだす不知火。
そんな奴に対し、全方向から無数の鞭ブロッコリーが襲いかかる。
バチイイイィィィィンッ!
さっきよりも更に多いブロッコリー攻撃。死にはしなくとも、奴の身体は粉々になるはずだ。
でも…、そんな僕の予想とは裏腹に、奴は鞭ブロッコリーを攻撃を軽快に躱していった。
なんで……? 鞭ブロッコリーが地面を叩くたびに衝撃が走っている。
僕らは立っているのがやっとだというのに、奴には1つも当たらない。
日が差さない上に、地面の揺れで上手く動けない僕は、ただただ祈るしかなかった。
頼む! 1発でも良いから当たってくれ! 止まってくれ…!
僕の願いも虚しく、奴は全ての攻撃を掻い潜り、フェンスを跳び越えた。
樹神が……樹神が……まずい、どうしよう?
樹神「ぎぃゃああああああぁぁぁぁぁ! 来るなあぁ! この害虫がぁ!」
奴が飛び降りて数秒後に、樹神の生々しい断末魔が下から聞こえてきた。
樹神「俺にはまだ奥の手があるんだよ! 喰らいたくなかったら来るんじゃねぇ!」
変わらず空には雲が敷き詰められていて、太陽が顔を出す気配はない。
神様…、どうしてあんな悪魔の味方をするのですか? どうして僕に何もさせてくれないんですか?
樹神「必殺! アフロブレイク! アフロブレェェェェイク!!!」
彼の言っていた奥の手って多分これのことだったんだろう。
ふっ…、友紀が言っていた。
樹神のギャグは基本的に面白くない。だけど、たとえ自分がどんな窮地に立たされていても彼はギャグを言い続けるんだ。
少しでも多くの人に笑顔になってもらうために。
クソッ、なんでだよ…。
日下部「ふっ…。彼、多分ヤバいね。ふふふ……、何か…助ける方法はないかな?」
剣崎「ふっ……ふはっ……こ、樹神氏、君のことは未来永劫忘れない……ははっ」
2人は、彼をどうにかして助けられないかを考えながらも笑っている。
そして、僕の口角も焦りとは裏腹に、少しずつ上がってきた。
なんで……、なんで、こんな状況なのに僕らは笑っているんだよ!
僕は笑いながら号泣した。涙も……笑いも……止まる気がしない。
樹神「アフロブレェェェェイク!!! アフロ………!」
突然ぴたりと止んだ樹神の叫び声。
ズズズズズ…………。
それと同時に、赤くて巨大なブロッコリーが地面に戻っていく。
僕はそれを見て、彼がやられたのを悟った。でも、彼の死を認めたくない自分もいる。
“急に気が変わってパチンコに行ったんじゃないか”。
“実はアフロブレイクは最強の技で奴を倒したんじゃないか”。
スタッ…
彼に生きていてほしいと願う僕の前へ、不知火が何かを持って戻ってきた。
下からここまでひとっ飛び…。成長してから明らかに身体能力が上がっている。
もっと警戒するべきだったんだ。
時間切れかはわからないけど、奴の身体はもとのサイズに戻っていく。
不知火「あぁ、残念…。あの状態なら素手でも殺せたのになぁ。またナイフが必要だよ…」
奴は気怠そうにそう言いながら、片手に持っていた黒くて丸いものをこちらに投げてきた。
ゴトッ……ゴロゴロゴロ……。
少し重くて硬そうなそれは僕の足元まで転がってくる。
何だろう…?
あぁ、ブロッコリーか。
緑色しかないと思っていたけど、赤色に黒色のブロッコリーまであるんだな。
何か普通のブロッコリーと違って髪の毛みたいにチリチリしている気がする。
何だろう……よく見ると黒一色じゃなくて肌色も混ざっている気がするな。
そ、そうだ……黒色って珍しいし、みんなで試食会でもしようかな!
…………あれ? なんで僕は泣いてるんだ?
僕は全身の力が抜けて、膝から崩れ落ちた。
目の前に転がっているそれを、樹神の生首だと思いたくなかったんだ。
不知火「ナイフ返して。じっとしてくれたら、痛くはしないんだけど…」
不機嫌そうな顔をしながら、こちらに手を差し出す不知火。
今、ナイフを持っているのは剣崎だ。
彼は今までに見せたことのない鬼のような表情で奴を睨みつけている。
剣崎「悪いが、もう容赦はしない。私はお前を殺す。たとえ極刑を課せられることになろうとも___唾液滑走」
彼の怒りは既に頂点に達している。だけど、決して冷静さを失っているわけじゃない。
奴が不死身なのは理解していると思う。理解した上で彼なりに何か手段があるんだと僕は信じた。
時速100キロメートルの滑走で距離を詰められる不知火。初見じゃなくても普通の人間には反応できないだろう。
不知火「おぉ、新しい技?」
剣崎は奴の前で居合のような構えをとり、怒りを込めてこう言った。
剣崎「死ね___尾蛇剣舞・刻裂真剣」




