猟奇 - 獅子王 陽③
待て、一体どうなってる?
目の前で起きたことに頭の処理が追いつかない。
あいつ、死んでしまったのか? なんで……?
「うっ…!」
急に吐き気が襲ってきて、僕は両手で口を覆う。
あいつが飛び降りた数秒後に、何かが潰れてぐしゃぐしゃになる音が微かに聞こえてきた。
その音が耳に残って離れない…。
人が死ぬのを目撃したのは、17年間生きてきて初めてだ。
こ、こういうときどうしたら良いんだ? みんなも彼が飛び降りた場所をずっと見つめたまま動かないし…。
そ…そ、そうだ…! き、救急車を呼べばいいんだ。ま、まだ助かるかもしれない。
人が死ぬのは……い、嫌だから!
「とと、とりあえず、救急車を呼ばないと……」
みんなに言ったのか自分に言い聞かせたのかもわからない。
僕はそう言って、小刻みに震える手でポケットからスマホを取りだした。
“119”。
たったの3桁なのに、手元が狂って何度も押し間違える。
くそっ…! なんでだよ! 一刻を争う事態だっていうのに…!
鈍くさい自分に腹が立つ。こんなのが全校生徒をまとめる?
ふざけるな…。生徒1人の命もろくに助けられない僕なんかが生徒会長になっていいわけない。
彼なりにきっと悩みがあったんだ。誰にも打ち明けられずに自殺という選択をした。
そんな考えが頭に浮かんだ瞬間、急に全身の力が抜けて、僕はスマホを落としてしまう。
剣崎「獅子王氏……」
茫然としている僕を案じて、隣にいた剣崎が声を掛けてくれた。
なんで…。
「なんで相談してくれなかったんだ……」
あまりに弱々しい僕の声は、屋上を通り抜ける風の音に掻き消された。
みんな、何も言えずにただただ下に俯いている。
そんな中……、
「とりあえず、電話したら?」
僕たち以外の声が近くで聞こえた。
「誰だ…!」
声の正体を探ろうとしたとき、僕の後ろにいた立髪が呻き声を上げる。
立髪「あ゛あ゛ぁっ!」
僕らはその異常な声に反応して彼の方へ振り返った。
なんだ、びっくりさせるなよ…。苦しそうな表情を浮かべる彼を見て、そう自分に言い聞かせた。
彼の左胸からは、銀色に反射する何かが出ている。
そんなはずない、そんなはずない…。きっと僕の見間違いだ。
そうであってほしいと願いながら、僕は立髪に恐る恐る声を掛けた。
「お、驚かせるなよ! 新しい技? シルバー胸毛カッターて感じ?」
ぼ、僕の思い違いだ…。きっとそうだよ。
だって、その銀色に光る何かが、背後から突き刺されたナイフの先端だとしたら、服に血が滲むはずだろ?!
立髪「ごふっ…!」
そう思った矢先、彼の口から血が飛び出した。左胸からも銀色のそれを中心に赤い液体が流れ出てくる。
そ、そんな…。嘘だ……。
さっきと同じく、突然の出来事に僕の身体は硬直する。
日下部「た、立髪…!?」
剣崎「立髪氏!」
彼は狼狽える僕らに血まみれになりながらも、優しくそして強く笑ったんだ。
立髪「あぁ、そうさ。新技…かっこいいだろ…?」
次の瞬間、ナイフを引き抜いたのか左胸にあるそれが引っ込んだ。
噴水のように溢れる大量の血液。
彼は多くの血を吹き出しながらも……、
「死ね……モヒ……カッター!」
後ろに振り返りながら、こめかみに両手を当ててモヒカッターを繰り出した。
彼が身を捻ったことで、後ろからナイフを刺した人物が姿を現す。
吉波の制服を着ているかなり背の低い男子生徒。
そいつは立髪の返り血を浴びていて、何か途轍もなく嬉しいことがあったかのように笑っていた。
立髪が放った三日月状の髪の斬撃は、彼の首に迫っていく。
咄嗟に彼は両腕で頭を庇おうとするんだけど……、
「………え?」
その防御は、髪の斬撃の前では全く意味をなさないみたいだ。
髪の斬撃は腕を通り抜けるように貫通し、両腕ごと首を切り落とした。
ボトッ。
………ドサッ。
スッパリと切断された彼の首と両腕は地面に転がる。
立髪はそれを確認してから、安心した表情を浮かべて倒れ込んだ。
樹神「あ、相方~!」
真っ先に駆け寄っていく樹神。立髪と親しかったことは知らなかった。
樹神に次いで、他のみんなも彼に駆け寄っていく。
剣崎「何かで縛って出血を抑えるのだ! 大丈夫、まだ息はある。日下部氏、至急、救急車を頼む!」
樹神「お前と行けないパチンコなんて楽しくねぇ! 俺たちが絶対に助けてやっからな」
何か布のような縛れるものがないか辺りを見渡す剣崎と、致命傷を負った立髪を勇気づける樹神。
そして、日下部はスマホを取り出して、恐らく“119”と入力してから耳に当てる。
みんなが立髪の手当をしている中、僕はこいつから目を離せずにいた。
だって、どう見たっておかしいから。
首と両腕を切り落とされた奴の身体は、倒れることなく突っ立っていた。
なんで首を落とされたのにその身体は立っていられるんだ?
友紀から少しだけ聞いた話。
面接で特質持ちを集めているときに1人だけ危なっかしい人がいたらしい。
その人は、自分の能力を証明しようとしてナイフで首を切ろうとした。
それは先生たちが止めてくれて何とかなったらしいんだけど、能力の証明ができずに不採用に…。
そいつの特徴は、背丈140センチ前後、襟足長めのウルフカット。
名前は、不知火 真羽。
彼本人が言っていた自身の特質は、“不死身”。
特徴が一致している。こいつは恐らく不知火だ。彼の言ってることが本当ならまだ死んでいない。
そして、僕のこの予想は当たっていた。
後頭部を向けて転がっていた彼の首がこちらに振り向いたんだ。
不知火「今の何? 凄いね!」
首だけの状態で、彼は興味津々な顔をしてしゃべり出した。
手当に集中していた剣崎たちは驚いた顔をして奴の首に目を向ける。
剣崎「生きている…?」
日下部は不知火を不穏な表情で一瞥して、再び耳にスマホを当てた。
不知火「髪の毛飛ばす人間なんて初めて見たよ。君たちも何かできるの?」
生首がそう話す中、首から上のない彼の身体は動き出し切り離された頭へと向かう。
そして、頭の前で屈み込むと同時に、切断されていた両腕が瞬時に生えて頭を拾い上げた。
不知火「よいしょっと……あ、逆だ」
ぐりっ
頭を乗せて正しい方向に回転させる。
“不死身”は本当だったんだ。首と胴体は繋がり、不知火は元の姿に戻った。
特質に感心している場合じゃない。こいつは紛れもない殺人鬼だ。
立髪を刺した理由がわからない。まさか、僕ら全員を殺す気なのか?
羽柴先生みたいに、僕らを狙う“神憑”ということ?
いや、彼は面接を受けている。元から吉波高校にいた生徒なのは確かだ。
そんなことを考えていると、不知火は瀕死の立髪を指さしてこう言った。
不知火「殺さないの?」
こいつ、何言ってるんだ?
奴の発言を聞いた樹神が勢い良く立ち上がる。
樹神「お前、ふざけんなよ…。このクソ人殺しが…!」
対して不知火は疑問ありげな顔をして首を傾げた。
不知火「もう死ぬんだし、一思いに殺してあげたほうが彼のためだよ。心臓を刺したから助からないと思うしね」
………は? 誰がやったと思ってるんだ。お前のせいで死にかけてんだよ!
彼の発言、表情や挙動全てに怒りを覚えて、僕は拳を握り締めた。
もしかして、こいつが皇を追いつめたのか?
あの明るくて、学校生活を誰よりも幸せそうにケラケラ笑いながら送ってた皇を……お前が……?
「ふ、ふざけんな。何のために刺したんだ! 立髪がお前に何をした!」
不知火「アハハハッ!」
僕が声を荒げると、彼は子どものように高らかに笑った。
不知火「あの人が言ったんだ。あの人の言うとおりに君たちを殺せば僕と“ともだち”になってくれるって! あの人だけじゃない。あの人の愉快な仲間たちも僕の“ともだち”にしてくれるんだって」
そう言いながら満足そうにニヤニヤと笑い、僕らにナイフを向ける不知火。
狂ってる…。お前も、こんな狂気じみた命令をするあの人って奴も…。
善悪の境界線をまるでわかっていない。不死身ゆえに成長が止まっているのか。
こいつは、子どもなんだ。子どもには子どもならではの残虐性がある。
蝶の羽を毟ったり、蟻を虫メガネで焼き殺して遊んだり。
こいつはその残虐性を僕らに向けたんだ。
「あの人って誰だ。お前にこんな指示を出したのは誰だ!」
僕が声を上げて彼に問いかけると、きょとんとした顔で首を傾げる。
不知火「………あれぇ? “ともだち”なのに名前聞いてなかった。まぁ、いいや。ともだちになってから聞いても遅くはない。さぁ、残りを片付けようっと!」
彼は立髪を刺した刃渡り30センチほどのナイフを持ち、こちらにゆっくりと迫ってきた。
僕がこちらに向かってくる奴を睨みつけていると、剣崎が隣に来てこう言う。
剣崎「冷静に…。とりあえず、救急車が来るまで時間を稼ごう。奴は不死身だが、それ以外の能力がないのであれば、動きは容易く止められるだろう」
確かに彼の唾液は奴の動きを封じるのに適している。
彼の言うとおり、落ち着かないと…。助かる命も助けられなくなってしまう。
剣崎「日下部氏! 後、どれくらいで救助が来る?」
ずっと耳にスマホを当てている日下部の方へ視線を移す剣崎。
耳からスマホを離した日下部の表情は暗かった。
僕らは彼の言葉で絶望に叩き落とされる。
日下部「それが何度かけても繋がらないんだ。警察も病院も…。電波が途切れてる訳じゃない。けど、どこにも繋がらないから助けを呼べない…」
そんなこと……あるのか? なんで? 何かこの町で電波障害のようなものが起きている…?
日下部の言葉を聞いて死を覚悟したのか、立髪は僕らに力強い笑顔を見せた。
立髪「どうやら、迎えが来たみたいだぜ…」
虚ろな目をして天を見上げる彼の顔を、日下部は辛そうに覗き込む。
日下部「シリウス様が見えるのかい?」
立髪「……………いや、言ってみたかっただけだ」
そして、立髪は最後の力を振り絞って樹神の方へ顔を向けた。
じりじりとこちらに近づいてくる不知火に対して、戦闘態勢に入る剣崎。
立髪「じゃあな、ブロッコリー。先に逝くぜ………」
彼はそう言って、静かに息を引き取った。
樹神は彼の最期の言葉を聞いて、目から涙をボロボロと零しながら立ち上がる。
樹神「うるせぇ…誰がブロッコリーだよ。お前だってニワトリみたいな頭しやがって…。おい、クソチビ!」
クソチビに反応したのか迫ってきていた不知火は足を止めた。
不知火「ん~? 僕のこと? あ、死んだ彼の攻撃について何か知ってる? 初めて見たからさ、凄い興味あるんだ~」
樹神「うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
悪気のなさそうな不知火の口調に対し、怒りが絶頂に達したんだと思う。
樹神は雄叫びを上げながら、奴に一直線へ迫っていった。
まずい、奴はナイフを持っている。いくら体格差があっても丸腰じゃやられる…!
そう思った僕は、彼の名前を呼びながら手を伸ばした。
「樹神! やめろおぉ!」
不知火「来てくれてありがとう! 追いかける手間が省けたよ」
無邪気に笑う不知火に対し、樹神は怒りに任せて走っていく。
僕の声は彼に届いていない!
くそっ、どうして曇っているんだよ! 太陽を見ないと僕は変身できないのに。
樹神と不知火の距離、僅か2、3メートル。
樹神も馬鹿じゃなかった。丸腰で、ナイフを持った不死身な奴に勝てないのはわかってたんだろう。
不知火のナイフが届かない間合いで横切り、全力で直進する。
一体、何をする気なんだろうか。彼なりの作戦があるんだと思った。
だけど、彼はフェンスを跨いで………
不知火「え?」
「………え?」
飛び降りたんだ…。
樹神、乱心だったんだな。仲間が死んで、相方が死んで…。
生きる希望を見いだせなくなって君も一緒に向こう側へ。
不知火「え? ラッキー! 勝手に死んでくれた! じゃ、後3人だね」
樹神が飛び降りたフェンスを見つめていた不知火はこちらに振り向いてニコリと笑う。
僕は怒りという感情をとっくに通り越してしまっていた。
怒りの最頂点はきっと無になるんだ。ただただ、冷ややかな殺意だけが残るんだと思う。
そんな僕は剣崎に顔を向けた。彼は僕の顔を見て少し恐がっているように見える。
「あいつ、殺していいよ。僕も太陽が雲から顔を出せば加勢する。再生しなくなるまでみんなで殴り続けて殺そう」
剣崎「いや、しかし……それは過剰防え……何だ?」
僕の暴力的な発言に戸惑う剣崎。
ゴゴゴゴゴ……………。
そんな彼の発言を遮るかのように、地面が地震のように激しく揺れ始める。
わかった、そういうことか!
特質に対抗するには…………
ドオオオオォォォォン
特質で対抗すれば良い。
校舎を取り囲むように生えてくる巨大な無数のブロッコリー。
これが、“緑花王国”。
でも、ただの緑花王国じゃない。
全てのブロッコリーが血と怒りの色で赤く染まっていたんだ。
ここは屋上なのに、更に見上げる位置にブロッコリーの頂がある。
ゆうに3、40メートルはあるだろう。文月から聞いてたものより遥かに大きい。
彼は自棄になって飛び降りたんじゃなかった。勢いをつけてコンクリートに埋まりに行ったんだ!
不知火「アハハハッ! すごいすごい! こんなに大きくて赤いブロッコリーは初めてだぁ」
奴は両手を広げ、ブロッコリーを見上げながら歓喜する。
不知火、お前はとんでもない化け物を刺激してしまったみたいだな。
どこからかエコーのようなものがかかった樹神の声が響いてきた。
樹神「緑花王国・血戦革命」
それでも不知火は尚、楽しそうに笑っていたんだ。
樹神「お前をぶっ殺してやる!」




