紫死骸閃 - 羽柴 徹①
ふぅ…。全く…。
私は藍色に染まった神憑の少年、興禅立休──否、邪悪な神を見て溜め息を吐いた。
呆れて出た溜め息ではありません。
これは、身の危険を感じる底知れぬ恐怖や緊張を紛らわせるために漏れたもの。
興禅「コれナら、いけルんじゃね?」
苦しみ悶えながら変異した彼は、禍々しいオーラのようなものを纏っている。
まぁ私が言えたことではないですが…。
あの黒い靄は、私にも纏わりついている。
不思議な感覚です。私が対峙してきた神憑とは違う。
私と同じで、他の神憑とは異なる性質?
そもそも、あれは神に憑かれた者ではなく、人の形を成した神そのものでしょう。
頭が混乱しますね。
神を相手にするのも、黒い靄を見るのも何せ初めてですから…。
そして1つだけ、嫌な推論が頭に浮かぶ。
これが正しければ…、私は今まで…。
「どうやら神憑ではなく、私たちだけが災いだったのかもしれないですね」
言葉にせざるを得なかった。
興禅「ナにを、言っテいる? あぁ闇の俺にビビっているのか?」
輝く金糸雀の浴衣が、暗い藍色に染まった──光と復活の神。
ピッチャーのような構えをとった彼の手に闇の球が出現する。
興禅「じゃあ効くってことだな?」
血みどろになった地獄の祭り会場。
私は前方にいる彼を見据えて、人差し指を向けた。
金糸雀色の興禅が放つ光の矢は、2点の光を出現させ、その間の物質を貫くもの。
線分光矢、彼はそう言っていました。
では、藍色に染まった彼の攻撃は?
構えは同じだが、完全に初見。
これは、ただの直感です。
興禅「直線闇矢」
「紫死骸閃」
投げるような動きで、闇の直線的な矢を放つ興禅。
私は前方に人差し指を指したまま、紫死骸閃で迎え撃った。
彼が投げた闇の矢と、私のレーザーがぶつかり膠着する。
私の直感は、ほとんど確信に変わりました。
あの闇の矢──直線闇矢は、私の紫死骸閃と同じ性質。
紫死骸閃をその身で受けた彼は学習し、苦しみに悶えながらも身体に浸透させ、強引に習得したのでしょう。
故に、線分的な2点間を結ぶ攻撃ではなくなった。
相手は神、これまでの常識は通用しない。
線分光矢は私に纏わりつく黒い靄が浸食し、私自身には通らない。
それは煌大な神の力も例外ではなかったが…。
私自身の力を模倣した直線闇矢。
全く同じ性質なら中和されそうですが…。
喰らえばどうなるかはわからない。
そして…。
突如消える直線闇矢。
私の紫死骸閃が虚空を直進する。
彼の姿も消えていた。
これも、勘ですが…。
「後ろでしょう?」
私は振り向き、後方の上空を指さした。
貴方は後ろに回る癖がある。
興禅「はぁ!?」
功を奏した私の先読み、神の動揺が相まって──
「喰らいなさい__紫死骸閃」
──私のレーザーが背後上空に瞬間移動した興禅の額を撃ち抜いた。
ドサッ
地に落ちた生々しい肉の音。
「大地を照らす光、天を覆う闇。どちらも等しく速い──といったところでしょうか?」
動かなくなった藍色の彼を見て、私は呟いた。
姿も、血の匂いも……人間そのものですね。
まぁ神の力ですから、理屈や科学で考えるのは野暮でしょう。
氷堂「アッパレ! アッパレです! シバ様!」
尼寺「ちょっと落ち着こうか。シバ様の妨げになる」
崩れた屋台の影で、私の戦いを見守るのは三叉槍の3人。
彼らにも色々と疑問があります。
姿を見たのは、何年ぶりか。
随分と大人びて見える。
そして、なぜ彼らが地球に居る?
伊集院「氷堂! いま出ても足を引っ張るだけだ! 俺たちは、ただの学生だぞ…」
元気いっぱいで好戦的な氷堂君。
知略的でまとめ役の尼寺君。
冷静で慎重な伊集院君。
彼だけ怪我をしているようだ。
変わらずの3人組ですね。
彼らが此処にいる理由、能力を失って──神憑ではなくなった。
そして、追放されたのでしょうか。
トラブルが原因でなければ良いですが…。
ビキビキビキッ…!
何もない空中で肉体を形成し、復活する闇の興禅。
彼らを安全な場所へ避難させたいのですが、今は目の前の攻撃を捌くので手いっぱいです。
どこかに隙があれば…。
興禅「アガガガガガ……!」
前方の空中に現れる光の神。
紫死骸閃が効いたというのは、ある種の危険信号。
藍色に染まった彼の力が、私の力と全く同じものなら中和する。
それは、お互いに同じこと。
つまり彼が使う闇の矢は全く同じものではなく、当たれば致命傷もあり得るでしょう。
興禅「負は痛イ…。でモ、“痛い”は慣レル…!」
彼はそう言って、私に対し両手を突き出した。
10の指から禍々しい闇が滴る。
興禅「死ね__無限直線闇矢!!」
「紫死骸閃・虚空拾指──超連射」
無数の闇の矢と死の閃光が、私と彼の間で交錯する。
光の矢同様、この撃ち合いは私が優勢──。
僅か数秒の均衡を経て、私の紫死骸閃が闇の矢を全て撃ち落とし、彼の身体を貫いた。
1対1ならば、私に分がありますが…。
ビキビキビキビキビキッ…!
神々は人間の予想を遥かに上回る。
それは、どの物語においても定石です。
藍色に染まった興禅の復活。
浮遊する彼らは、私を四方から取り囲んだ。
その数……10人。
「数の暴力とは…、久しいですね!」
全ての興禅が、私に指を向ける。
その必死で…まるで、化け物を見ているかのような形相…。
若き凄惨な時代、学生大戦の情景が嫌でも浮かぶ。
あぁ、崇高なる光の神までも…。
「災いは私たちであると、言いたいのですかっ!?」
祭りをぐちゃぐちゃにして、大勢を殺したのは貴方ですよ?
私は憤りを感じ、声を荒げた。
自制が利かない子供のように…。
興禅1「さすがに…」
興禅2「死ね!!」
「「「無限直線闇矢!!」」」
恥ずかしながらも、私は取り乱していました。
一斉に闇の矢を放つ10人の興禅。
光を反射しない無数の矢が視界を覆いつくす。
私は両手を天に掲げて、呟いた。
「紫死骸閃・虚空拾指──超放射」
闇に覆われた視界が、紫の閃光に照らされる。
10の指全てから放たれる紫死骸閃は、放射状に拡散し闇の矢を迎撃していく。
可能な限り…。
私は、神でも怪物でもない。
普通の高校生だった。
ただ問題を起こして懲戒解雇された、元歴史の教師。
定年を迎えた老後を心配する、ただの人間です。
私の身体は……指は10本しかない。
増えることも、変異することもない。
全てを喰らう闇の矢に、私の紫死骸閃も吞まれてしまいました。
無数の矢が私を貫通する。
身体中が抉られる激痛に、声を上げる暇もない。
やはり喰らってはいけない代物だった。
神は自身の力が“正”なら、私の力は“負”だと言っていました。
変異した彼が放つ闇の矢は、謂わば不完全な負といったところでしょう。
完全な負なら私に纏わりつく黒い靄と中和される。
正なら、黒い靄が浸食する。
意図的かはわかりませんが、彼が編み出した不完全な負は私の身体を貫きました。
黒い靄が闇の矢を中和する際、正の要素がそれに反発し靄の壁を突破したのではないだろうか。
興禅が攻撃をやめたのか、闇は晴れ、足から崩れ落ちた私の赤い視界には再び地獄の景色が映りこむ。
ザッ…
興禅1「はぁはぁ…、流石に死ぬだろう?」
興禅2「赤イのイッパイ…。その辺の奴と同ジ」
興禅3「この“痛い”って感じ、どうにかならねぇの?」
地上に降り立った彼らは、瀕死で座り込んだ私に近づいてくる。
同じ顔が7つほど。3人は殺れましたか。
警戒…、痛みに対する嫌悪や恐怖…、そして安堵と油断…。
浅いのですね…、経験が…。
どの顔にも出ていますよ。
近づいてきた彼らに対し、私は右手を突き出し宙を掴んでこう言った。
「留まりなさい__紫死怨鎖」
7人の興禅に絡みつく、紫がかった死の鎖。
反応する余地は与えない。
「「「ア゛ア゛ァァァッ!!!」」」
響き渡る断末魔の叫び。
無理もありません。
この鎖は、縛るだけではない。
私たちは災い──呪われた神憑。
この鎖は拘束した相手を徐々に蝕み、最終的には死に至らしめる残酷なもの。
生きたまま腐り、肉が落ちていく感覚はどうですか?
何も考えられないでしょう。
これは、大きな猶予だ。
「貴方の凄惨たる悪行は、地獄の苦しみを持って報いなさい」
そして…、私はもう片方の手を彼らに向けた。
涙ながらに叫び暴れようとする氷堂君を、必死に押さえている尼寺君と伊集院。
よくぞ…、よくぞ…堪えてくれました。
取り乱し叫んでしまっても仕方のない状況なのに、貴方たちは勇敢で冷静だった。
煌大な神は貴方たちを忘れ、私だけを見た。
お陰で貴方たちを逃がせます。
死の鎖に縛られ、哀れに喚く神。
三叉槍に左手を翳した私は、こう告げた。
「お行きなさい__紫死歪遷」
紫のゲートが私と彼らの前に現れる。
行先は──吉波総合病院。
凄腕の外科医のいる診察室へ…!
尼寺「お待ちください! シバ様!」
冷静沈着な尼寺君が、珍しく目に涙を浮かべていた。
氷堂「嫌だ! せめて1人くらい仇を…! 殺させろおおぉぉぉ!!」
久々の再会でしたが、残念です。
たこ焼きくらい、ご馳走してあげたかったですね。
転送はあまり得意ではないですが、多少失敗しても此処よりはマシです。
私が出現させた紫死歪遷は哀しそうな彼らに向かい、潜らせると同時に消滅した。
ゲートを通過した彼らの姿も無く、ひとまず転送完了です。
「「「ア゛ア゛ァァァッ!!!」」」
バキッ…! バキッ…!
7人の興禅を縛った死の鎖に亀裂が入る。
素晴らしい、流石は神です。
皮膚は爛れ、肉は腐り、体組織が剝き出しになったその状態で、強引にも逃れようとしている。
もう少し苦しませてやりたいが仕方ありませんね。
私は紫死歪遷を発生させた左手を、今度は彼らに向けた。
「お逝きなさい__紫死終棺」
紫死終棺──、死を確定させる最期の棺。
鎖に縛られた7人は、彼らの足元から現れた紫の四方体に閉じ込められた。
束の間の静寂、静かに消えた死の棺。
白骨となった彼らは、ボロボロになってその場で崩れ落ちる。
…………。
おや、復活しませんね。
倒しきったということは恐らくないでしょう。
自身を蝕む負の力を惜しまず使った。
死や痛みに不快感はあるものの、その根底に絶対的な恐怖がない。
復活こそが、彼の能力です。
私も既に瀕死…。
放っておいても直に死ぬ。
面倒だから後は放置といったところでしょうか。
もはや痛みも感じない。
このまま、眠るように逝けそうですが…。
「ふっ…大したことのない神でしたね。たった1人の人間を殺せないどころか、手こずった挙句に敗北。さて、救急車を呼びましょうか。この程度の傷、人間ならすぐに治ります」
赤く染まった地獄の会場に、神を嘲る私の声だけが木霊する。
ビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキビキ!!
これは、凄まじい光景だ。
光の神の生々しい大復活。
地上、空中、全方位から私を取り囲む無数の分身。
目視では数えきれない。
ざっと見積もって100人くらいでしょうか?
興禅「勘違いしているようなら教えてやるよ」
これだけ居たら、どの個体が喋っているのかわかりませんね…。
全ての顔が青筋を立てて、酷く怒っている様子だ。
金糸雀色と藍色の浴衣が半々、良いコントラストですね。
賑やかな祭りにふさわしい。
興禅「俺の一撃で、大勢が消し飛んだ。たった一発で俺は万を超える多くの命を獲得したんだ!」
興禅「俺は何度でも蘇る。数少ない、お前みたいな妙な生き残りがうざい」
興禅「ウザい上に余裕があるから、わざわざ相手をしてやっている!」
興禅「これはまだ序章だ。この夏が終わる頃、俺は世界中に存在する神となる」
興禅「跡形もなく消し飛ばしてやるよ。言っとくけど、これも本気じゃねぇからな! お前ごときこの程度で充分だ」
これは困りましたね。
駄々をこねているのはわかりますが、一斉に話しているから聞き取れません。
唯一聞き取れたのは、“妙な生き残り”。
「「「死ね! 無限線分光矢!!」」」
「「「死ね! 無限直線闇矢!!」」」
“死ね”。
教師をやっていたら割と言われます。
小さい子どもはね、みんな言うんですよ。
周囲を照らす光と、影を落とす闇が混ざり合う。
腐っても神…、なんと神秘的な光景だ。
そして…。
「掛かりましたね!」
高揚する気持ち、悲鳴を上げる心臓と共に、私は右手を天に掲げた。
「奥義__紫死滅月」
全てを呑み込む虚無の星。
黒紫の巨大な球体が私の頭上に現れる。
ゴゴゴゴゴ……!
「「「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
地鳴りのような星の音と、神々の阿鼻叫喚が反響する。
彼らの放った光と闇の矢は全て掻き消され、100を超える彼らの肉体を、私の紫死滅月が引き摺り込み粉砕していく。
これこそが、私の奥義。
ずっと気がかりだった。
この禍々しい虚無の星をただ1人、打ち返した学生が居る。
優しくて頼もしい…、新庄篤史君。
紫死滅月は、彼らを1人残らず呑み込み静かに消えた。
これだけやっても、興禅は復活するでしょう。
唯一聞き取れた“妙な生き残り”。
きっと貴方たちのことでしょう。
この会場の何処かで戦っているのですね。
ドサッ…
もう座ってすらいられない。
力が入らなくなった私は、そのまま倒れるように横たわった。
文月『この___奇っ怪な能力で神を討つ』
私を倒した後、文月君はそう言いました。
神さえ等しく呑み込む紫死滅月を、貴方たちは打ち返したのだ。
期待していますよ、チーム水瀬。
神憑…、いや異能力者として生きるなら…。
この地域を守って見せなさい。
手足が冷たくなっていく。
ザッ…
意識が途絶える死の直前、何者かが私に近づいた。
ーー
吉波踊り会館、上空にて──。
興禅「クソっ! 殺せたけどイライラするなぁ」
自身に手を焼かせた羽柴徹に憤りを感じていた。
興禅「でも、これは…マイナス系の奴に使えるかもな♪」
羽柴との戦いで習得した闇の姿。
彼は藍色に染まった浴衣を見て、ニヤリと笑った。
「こちら第3部隊。吉波踊り会館の上空にて、主犯と思われる神憑を発見しました」
戦闘機に乗ったパイロットの1人が、興禅の居場所を報告する。
その後すぐに、全軍到着。
興禅「ん? あぁ、“ブキ”ってやつかぁ♪ 俺も今、手に入れたぜ」
自身を包囲している戦闘機に気づいた興禅。
興禅「まズは……試し打チ……」
ビキッ…ビキッ…
全身に亀裂が入った彼は、痛みに苦しみながらもこう告げた。
興禅「直線闇矢・超放射」
四方全体、無差別に爆散した無数の闇の矢は、一瞬にして全軍を消し炭にしたのだった。
ーー




