紫死骸閃 - 尼寺 匡哉②
羽柴「喰らいなさい__紫死骸閃」
シバ様が放った死の閃光は、煌大な神のこめかみを撃ち抜いた。
普通なら即死。金糸雀色の浴衣を着た神は倒れたけど、まだ生きていた。
いや、復活したと言った方が正しいのかな?
奴の指がぴくりと動いた瞬間、辺り一帯が虐殺の光に包まれる。祭りの会場を地獄に変えた、あの光と同じだ。
目にした瞬間、死んだも同然…。
だからこそ感じた違和感。光に包まれた会場が、なんで見えている? なんで、こんなにも思考が回る?
答えはすぐにわかった。
崩れた屋台や転がる人の死体──、もはや原型を留めてはいない。そこに在るのは、赤黒い液体と瓦礫が散乱した荒野のみ。
光が消えたと同時に、更に酷くなった会場と僕らを守るように張られた紫の薄い防壁が目に入る。
羽柴「紫死封盾」
その防壁はシバ様の前にも立ちはだかっていた。
あの方の力が、僕らを守ってくれたんだ。
シバ様、僕らが居ることに気づいていたのですね。煌大な神を相手にしながらも、無力な僕らを守る器量がある。
そして…。
羽柴「死んでも復活しますか…。さすがは神…、ひと筋縄では行かな…」
あれが神憑ではなく、神そのものだということにも気づいていらした。
警戒はもちろんしていただろう。
だけど、奴は──
倒れた神の姿が消えると同時に、シバ様の背後に現れる。振り返る余裕も、動揺する間もなかった。
無数の直接的な光が、シバ様の全身に撃ち込まれる。
──速すぎる。
あの紫のバリアも咄嗟に出したもの。正面からの光は防げても背後はガラ空き。
消えて現れた瞬間、何の動作もなく文字通り光の速さで攻撃が飛んでくる。
これに反応しろだなんて、人間には無理な話だ。
光に包まれた会場に、紫のバリア。
僅かにだけど考えた。バリアが効いているうちに逃げられるんじゃないかと…。
光の速さは攻撃だけじゃない。煌大な神自身の移動速度も、それに匹敵する。
立ったまま項垂れるシバ様と、目を瞑ったまま首を傾ける神。
絶望的ってわけじゃないようだ。最強クラスの神の異能さえ、例外には成り得なかった。
シバ様、僕らは知ってます。
羽柴「あぁ……これで死ねるなら、誰も殺さずに済んだのに……」
興禅「…………!」
僅かに眉を顰めた神は、またも光をシバ様に浴びせる。
攻撃が速すぎて視認はできないけど、何度か見ているからわかる。
あの光も恐らく、シバ様に当たる直前で、禍々しい黒い靄に変容しているんだ。
あの方が肉塊になっていないってことは、そうに違いない。
“LIBERTADORES”のリーダー格は皆、黒い靄を纏っている。
普通の神憑にはない異様な何か。
他の神の異能を吸収、あるいは食しているような……そんな感覚。
煌大な神とシバ様の間だけ、連続的に光が発生している。何もわかっていない神の無駄なゴリ押し攻撃。
“LIBERTADORESのリーダーに、神憑の異能は通用しない”。
それは、絶対的なものだと思っていた。
だから驚きましたよ。
貴方様がただの高校生の神憑に敗れたと聞いた時は…。
人数の多さなんて関係ないはずだ。そもそも、神の力が通用しないんだから。
金属バットでシバ様の奥義を打ち返す? 信じ難い報告だったけど、あの場で側近がふざけるはずがない。
現に今も、シバ様に憑いた黒い靄が光の異能を喰らっている。
「紫死骸閃」
無数の光を浴びせ続ける神に対し、シバ様は人差し指から放つ一筋の閃光で頭を撃ち抜いた。
ドサッ
膝から崩れ落ちる神。
一度は死ぬけど…。
ビキビキビキッ…!
奴は復活する。
骨、内蔵、体組織─。今度は何も無い場所から、奴の肉体が形成される。
肉体を粉々に消滅させたとしても、有効打にはならなさそうだね。
羽柴「困りますね…。大勢を殺めたのだから、せめて潔く死んで頂かないと」
前方で復活した神に人差し指を向けるシバ様。
直ぐに撃つことはなさらない。
復活の神の弱点を探っている。
予備動作不要の光の攻撃と、反応不可能な瞬間移動。そして、現状弱点や条件がわからない復活能力。
奴のそれは、神の異能の中でも郡を抜いている。
自身に憑いた神の力を使う人間“神憑”と、神そのものが使う神の力の圧倒的な差なのかもしれない。
シバ様や“LIBERTADORES”のリーダー格じゃなければ、奴に認識された時点で殺られているだろう。
理不尽かつ最強の異能力──。
そう思っていた。
奴が妙な行動に出るまでは…。
興禅「お前もかよ、めんどくさい…!」
眉間に皺を寄せた神は、妙なポーズをとってこう言った。
興禅「4番バッター、興禅立休__結びます」
…………?
4番…………バッター…………。
あ、ピッチャーの構え?
羽柴「くっ…! 紫死封盾・死方要塞」
額に汗を滲ませたシバ様は、両手を広げて紫の防壁を自身や僕らの周囲に展開した。
上下・前後・左右に現れた防壁は、興禅立休と名乗る神の攻撃を全方位からカバーする。
動きはダサいけど、あれは間違いなく大技だ。
今までの予備動作なしの攻撃は、奴にとってジャブのようなものだとしたら…。
シバ様を軽んじているわけじゃない。だけど奴の奥義に、この防壁は耐えられるのか?
構える興禅の手が眩く光る。
興禅「線分光矢!!」
神は自身の技名を叫びながら、ピッチャーのように光の矢をシバ様に向かって投げた。
…………。
紫の防壁は……ビクともしない。
威力が上がったわけじゃない? というよりも、いったい何が変わったのかな?
羽柴「…………ん?」
首を傾げるシバ様。
もしや、僕と同じことを考えてますか?
だとすれば、僕の感覚は間違っていない。
興禅がピッチャーのように放った線分光矢は、今までの攻撃と全く同じもの。
ピッチャーの動きが付随しただけ…。大ぶりになった分、弱くなっている。
興禅「これでも効かないだと?」
目を瞑ったまま、神は動揺する。
よくわからないけど、あの動きは決してこちらを舐めているわけじゃない。むしろ神的には技の強度を上げて放ったつもりでいる。
動きと技名を叫んでも大して変わってないどころか、大きな隙を作っているというのに。
羽柴「ライトアロー。良いネーミングですね」
冷たく微笑んだシバ様は、防壁を解除する。
チャンスだ、奴はよくわからない勘違いをしている。それに気づく前に、弱点を見つけて倒し切るんだ。
技名に触れて、褒めた。
シバ様もわかってらっしゃる。
興禅「興禅立休、結びます」
再びピッチャーの構えをとる興禅。
羽柴「ですが、貴方の力は…」
対して、シバ様は右手の人差し指で前方を、左手の人差し指で背後を指さした。
興禅「線分光矢!!」
光の矢が放たれると同時に、シバ様の人差し指が紫に光る。
羽柴「光の“矢”というよりは……“線分”」
大ぶりの動作によって辛うじて視えた眩い光の軌道。
あれは“矢”のように真っ直ぐ飛ばしているんじゃない。シバ様の前後に光の“点”が現れて、その2点を“線”で結ぶ。
2点の光の間に在るものを貫通する攻撃といった感じだろうか。
シバ様が前後にレーザーを放ったのは、その2点の光を撃ち抜くため。
光の異能のカラクリがわかったのは良いけど、逆に厄介だね。
対処法は2つ。二点間に立たないよう立ち回るか、2つの点を相殺するか…。
興禅が突如始めた大振りな動作がなければ、どちらも無理な話だ。
興禅「チッ…! こいつも面倒くせぇ!」
煌大な神はそう言って、両手を前に翳した。
興禅「無限線分光矢!!」
無数の光の点がシバ様の前後に現れる。
ピッチャーが何とかっていう大振りな動作とセリフの省略…! いや、それでも……技名すら言わない最初の時よりは隙がある。
羽柴「連射は……私の十八番ですよ」
あの方は冷静に、両手を前後に向けた。
10の指全てが、禍々しい紫色に光り始める。
羽柴「紫死骸閃・虚空拾指──超連射」
眩い無数の光と禍々しい紫の交錯──。
それは、まるで……黄色と紫が入り混じった、奇っ怪な配色の打ち上げ花火。
神と神憑の撃ち合いによって発生した花火は、音もなく地獄と化した夏祭りの会場を照らした。
その美しい乱打戦は、僅か数秒で終了する。
表情ひとつ変えずに両手を下ろすシバ様。
瞳孔が開いた僕の目には、全身が穴だらけになった興禅が映る。
あの方は神との撃ち合いを完全に制した。
1対1なら手数も異能も、シバ様が圧倒的に上だ。奴が律儀に技を言い始めてからは特に…。
興禅の弱点はまだわからない。
だけど、負ける気はしなかった。
なんど復活しても同じこと。
神の力を喰らう黒い靄。
手数で勝る紫死骸閃。
奴が生き返るたび、あの方は葬り続けるだろう。
興禅が類を見ない最強格の神だというのは肌で感じる。だけど、シバ様含む“LIBERTADORES”のリーダー格は、強さという理の外に居るんだ。
興禅「あァ………コレは………なんだ……?」
穴だらけになったまま、倒れずに神は呟いた。
何だろう、この違和感は…。
身体中に無数の穴、致命傷なのは間違いない。
肉体強化的な異能力でもない限り即死なはず…。
興禅「お前、人間ジャない…。でも、神デモない?」
再生するわけでも、一度死んで復活したわけでもなく、奴は淡々と語り続けた。
「シバ様、恐れながら……今の奴はたいへん危険かと…」
倒れない興禅をじっと見据えるシバ様に対し、僕は失礼を承知で提言する。
興禅「これは、ナニモノ? 言葉で何と言う? 俺が正なら、コレは負」
何を言っているのか、わからない。
神の力に、プラスもマイナスもないだろう?
奴の不気味さが、僕の抱く危機感や違和感をより強くする。
興禅「アガガガガガ……!」
苦しみ悶えながら、奴の眩い浴衣はドス黒く染まっていく。
シバ様は負けない。たとえ最強格の神で、永遠に復活する相手でも…。
奴が音を上げるまで、そのお力で蹂躙し続けるだろう。
そう確信していた。
興禅「コれナら、いけルんじゃね?」
奴の金糸雀色の浴衣が、藍色に染まるまでは──。




