紫死骸閃 - 尼寺 匡哉①
【皇尚人が、ちょうど興禅立休と遭遇した頃──】
あぁ、祭りになんて来るんじゃなかったよ。
数ヶ月前、2月の終わり頃、僕ら三叉槍は抹殺対象である日下部雅に挑み、敗れた。
どうやら彼の異能で眠らされたらしい。
変わった能力の神憑だった。幻影なのかオナラの神なのか、今となってはわからない。
目覚めた時には神の異能が使えなくなっていて、僕らは“LIBERTADORES”を追放された。
『お前たちは自由だ』
『自分の人生を生きろ』
そう言われた僕ら3人は、この逆回転が起きた後の地球で、ごく普通の生活を送っていたんだ。
この祭りは有名だって聞いたから、わさわざ遠くから足を運んできたわけだけど、それは大きな間違いだった。
いったい誰が予想できるかな?
煌大な神憑による刹那の殺戮──。
耳障りに感じるほど賑やかだった祭囃子は、瞬き一つで地獄の光景へとなり変わった。
どうして、僕らが助かったのかはわからない。
致命傷は免れた。
狂気的に笑うのは、金糸雀色の浴衣を着た坊主頭の高校生。
彼が犯人だというのはひと目でわかる。
辛うじて動けた僕らは、崩壊した屋台へと身を隠した。
どのくらい経ったかはわからない。
大勢を殺した後、彼は棒立ちのまま動かなくなった。
殺戮の光に抉られた脇腹が、ズキズキと痛む。
伊集院「…………」
元三叉槍の右端、伊集院陽翔。
コードネームは、バレット。
右肩と左脚を欠損。
慎重派な彼は無言で僕を見つめている。
氷堂「で、どうする? 殺っちゃう?」
元三叉槍の左端、氷堂敏輝。
コードネーム__ブロンド。
運が良かったのか無傷で元気。
イケイケヤンキーで待つのが苦手な彼は、そわそわしている。
僕らは一般人だよ。前とは違って、能力もないのにどう殺る気なの?
出血が……止まらない。
氷堂ももう待ち切れない。
色んな意味で限界が来ている。
このまま隠れていても、僕と伊集院は…。有名な祭りとは言っても、開催地は田舎。歩いて行ける距離に病院もなさそうだ。
氷堂の“殺っちゃう?”も、割と現実的な選択肢なのかもしれないけど。
僕らに勝ち目はない。仮に今、僕らにあの時の能力があったとしても…。
勘でわかる。あの高校生は…、日下部を遥かに凌ぐ最強クラスの神憑だ。
通用する未来が見えない。
僕は息を整えて、指示を待つ2人に小さく告げた。
「病院を探そう」
彼が出した被害は甚大だけど、恐らく血の海になっているのは祭りの会場内。
たったの一撃で県や地域全体に被害が及んでいるとは考えにくい。いくら神の力でも…。
いや、これも希望的観測か。
だけど動かないことには始まらない。
氷堂「なんだ、つまんねぇの…。でも、怪我してるしまずは病院だよな」
僕の決定に対し、氷堂は気怠そうに呟いた。そして、足を負傷した伊集院と肩を組んで一緒に立ち上がった。
ガタ……
その時、崩れた屋台が僅かに軋んだ。
煌大な気配が動き出す。
こんな小さな音でも、気づくのか…?
ザッ…。
そして、無言でこちらに近づいてくる…!
まずい、奴に認識されたら……即死だ。
氷堂「うぅ……うぅ……!」
伊集院「氷堂………よせ……!」
獣のように唸る氷堂と、彼を静止する伊集院。
何を考えているのか、僕にはわからない。
僕らを逃がすための自己犠牲か、それとも本気で殺せると思っているのか。
氷堂「うおおおぉぉぉぉ!! 殺すううぅぅぅ!」
崩れた屋台の裏側から飛び出す氷堂、手を前に組んだまま向かってくる煌大な神憑の前に駆け出した。
彼は全く動揺しないどころか、氷堂に対して身体を向けることもない。
目も瞑ったまま──。
だけど、確実に彼は氷堂を捉えている。顔や態度に出ていないだけ。
異様だった。自身の感情や認識に対して、肉体的な動きが連動していない。
あれは、人間じゃない。人の皮を付け焼き刃で被った、神そのものだ。
何となく僕はそう思った。
同時に、氷堂の凄惨な死も予見していた。
光の異能による刹那の殺戮、彼を囮にしても僕らは逃げ切れない。バレた時点でゲームオーバーだ。
抉れた脇腹がドクドクと脈打つ中、僕は生きることを諦めた。
「喰らいなさい__紫死骸閃」
棒立ちの神憑、殺意満点の顔で拳を握り迫る氷堂。
血腥い会場を照らしたのは、眩い光ではなく、闇の閃光。
レーザーのような直線的なその閃光は、継ぎ接ぎ狂った神のこめかみを正確無比に撃ち抜いていた。
ドサッ
左から右へと貫通したこめかみから、大量の血を噴き出しながら倒れる神。
僕らは知っている。
神をも貫く死の閃光、紫死骸閃。
「吉波踊りに来たのは、大きな過ちでした」
レーザーが飛んできた方角から、声が聞こえてくる。
「私はやはり、貴方達とは違って災いを呼ぶようです…」
この声は、間違いない。
きっちりめのセンターパート、チェック柄のブラウンのスーツ。
元吉波高校の生徒で、過酷な学生大戦を生きのびたレジェンドの1人。
行方不明になっていた“LIBERTADORES”のリーダー格。
羽柴徹──シバ様だ。
前にお会いした時よりも若く感じるのは気のせいだろうか。
強いのは知っていた。僕ら三叉槍程度の異能じゃ話にならないくらい。
だけど、ここまでとは…。
最強クラスの神を一撃で?
そもそも、僕が見誤ってたのか?
氷堂「シ、シバ様…! ご無沙汰しております!」
シバ様の方に向いて、片膝を着く氷堂。
煌大な神は死んだ。
シバ様のお力によって…。
ガサ…
そう安堵したのも束の間──。
死んだはずの奴の身体がぴくりと動き、僕がそれに気づいた瞬間、辺りは音もなく眩い光に包まれたのだった。




