異能闘技 - 水瀬 友紀㊶
美澄「異能闘技、3年生女子の部、1回戦第1試合を行います。対戦者は白線の円の中に入ってください」
突然追加されたプログラム5番“異能闘技”。
1年生、2年生の試合を経て、ついに3年生の出番がやって来た。
最初は戸惑っていた美澄さんも慣れてきたのか、テキパキとした司会でプログラムを進行させている。
謎のプログラムである異能闘技、ルールは至ってシンプルなものだった。
グラウンドの中央に描かれた白い円の中で1対1の対決をする。
勝利条件は相手を円の外に出すか、行動不能にさせること。
行動範囲が制限された喧嘩のようなものだと言えばわかりやすいだろうか。反則行為などは一切なく、コートの外に出なければ何をしても良い。
ただ相手を倒すのみ。
まぁ競技の名前からして、どんなものか何となくわかっていたけど。
昼休みが終わってグラウンドに集合した直後、僕ら生徒は異能闘技についてのルールを説明された。
朝礼台に立った御影教頭と雲龍校長によって。
急遽プログラムを追加したのは間違いなく彼女だろう。というか勝手に予定を変えるなんてこと、普通の先生の独断ではできない。
政府から来た2人の思惑は手に取るようにわかる。
異能闘技を通じて、新たな特質持ちや神憑、その他の能力者を見つけたいんだ。
政府にとって使えそうな能力者がいれば懐柔して利用しようと考えているんじゃないかな。
実際琉蓮は、一度どこかに連れて行かれたことがある。
あるいは、未把握の能力者を見つけて監視しておきたいとか。
とにかく、純粋に体育祭を楽しんでもらおうとは考えてないと思う。
生徒同士を喧嘩させるとか普通に危ないし…。
御影「1、2年生はただの不良の喧嘩だったわね。能力を持つ生徒はいないのかしら? それとも隠れている?」
1年生と2年生の試合を終えた今、御影教頭は面白くなさそうな顔をしてこちらを見ていた。
男子の部は不良っぽい人の喧嘩や、空手や柔道などの武道をやってる人の取っ組み合いって感じで、女子の部はほとんどがジャンケンとかで勝敗を決めていた。
たまにめちゃくちゃ仲が悪いのか、髪の毛の引っ張り合いみたいなことが起こってたけど…。
どの試合も能力が使われているようには思えなかった。
そして、今から始まる3年生の異能闘技。
どうなるんだろう? 新しい能力者なんて出て来るのだろうか。
ともあれ、僕ら3年生の試合は結構見応えのあるものにはなりそうだ。本人たちのモチベーション次第ではあるけど。
「雛、怪我しないでね」
涙目になりながら雛さんの手を握る彼女の友達。
姫崎「そんなことより、さっきのうちの言動とノートの中身に関する記憶は脳みそから抹消しといて欲しい。未来永劫思い出したらあかん」
3年生女子の部、1回戦第1試合に出場するのは、赤組の姫崎雛さん。
読みが同じ苗字であるロベリアの姫咲さんの誘いによって、彼女は出場することになった。
雛さんは出るのを嫌がってたみたいなんだけど…。
姫崎『うちがお前嫌いなの、お前知ってるはず。お前の頼み聞くわけないやろ』
姫咲『ふぅん、じゃあさっきの皆にバラしとくね! 時間ないからさっさと来てほしいんだけど』
姫崎『むぅ…! 陰湿なキャピキャピ女!』
生徒指導室での2人のやり取りはとてもギスギスしていた。
雛さん、僕に勢い余って僕に頭突きしてきた時もロベリアが嫌いって言ってたな。
姫咲『私だってあんたに頼むの嫌なんだけど。強いから仕方なくよ! なんでこんな……チビでおかっぱでダサい子に、私が絡んであげないといけないわけ?』
意地悪な笑顔で雛さんを見下ろす姫咲さん。
お互いめちゃくちゃ嫌ってるみたいだ。
とてもじゃないけど、この場には居られない。あれだけ集まってきていた人たちも居なくなっていた。
姫崎『上辺の友達しかいない見てくれだけのキャピキャピ女。どうせ休みの日は、使い古したくっさいアワビでパパ活してんねやろ?』
雛さん、凄いヤバいこと言ってるよ。さっきの一人二役のやつの方がまだマシだった。
姫咲『姫崎雛…!』
姫崎『姫咲紫苑…!』
2人はお互いの名前を苦々しく口にしながら額をぶつけて睨み合った。
樹神『お、俺そろそろグラウンド戻るわぁ…。昼休み終わるし、早く行かな先生に怒られるぅ…』
獅子王『ぼ、僕もゴリラの友達から電話があって…』
日下部『僕も失礼するよ。午後のプログラムが始まる前に焼き芋を食べて放屁を補給しておかないとね…』
剣崎『で、では私も…。皆の衆、私を置いていかないでくれ』
樹神がそろりと出て行ったのを皮切りに、みんな言い訳がましいことを呟きながら居なくなってしまった。
“BREAKERZ”で残ったのは、僕と気絶した琉蓮、再起不能になった的場の3人だけ。
朧月くんもいつの間にか居なくなっている。
他に残っているのは…。
美澄『2人とも!』
バチバチな雰囲気になってる2人に割って入る美澄さん。
美澄『仲良くして! 同じチームでしょ』
額を押し付け合っていた2人は彼女を横目に、渋々といった感じで距離をとる。
姫咲『はいはい…、仲良くするわよ』
姫咲さんは、美澄さんの目を見ず不服そうにそう言った。
対して、雛さんは顔を持ち上げた姿勢のままそっと離れた姫咲さんをしばらくの間、睨んでいた。
まぁこんな感じで言い合いは収まって、今に至るんだけど…。
姫崎「なんでうちがあいつの頼みを…!」
美澄さんにも頼まれる形で出場した雛さんは、白い円の中で眉間にしわを寄せ口を尖らせている。
出場はしたものの、かなり不満そうだ。
1回戦第1試合は赤組の雛さんと…。
ひゅうぅぅぅぅ~~…
晴れた夏の日にそぐわない冷たい風が頬を撫でる。
雰囲気が……空気が変わったような気がした。
グラウンドに描かれた白い円に向かっていく雛さんの対戦相手。
駄弁ったりはしゃいだりしてザワついていたみんなも急に静かになって、彼女を見つめる。
霊園「頃合いだ。今の……我の力を」
冷たい声でそう呟き、円内に入る霊園さん。
場の空気を変えたのは彼女に違いない。
やっぱり何かしらの能力を持っているのか…? 今は友達だと思っているけど、能力持ちなら身構えてしまう。
意外とやる気のある霊園さんと、めっぽう機嫌の悪い雛さんのマッチアップ。
蟻本「ふっ…、これは勝ったやろ。ウチの勘は外れてない。女子の部は紫組が1位を貰うで!」
霊園さんが放つ冷たいオーラを感じている蟻本さんは、勝利を期待していた。
美澄「それでは3年生女子の部、1回戦第1試合を始めます」
お互いに構えを取らずに向かい合う2人。
松坂「よーい…!」
パン!
白い円の外からピストルを上に向けて撃つ松坂先生。
ピストルの音が試合開始の合図だ。
だけど、まだお互い1歩も動かずに見合っている。
「あの小さい子、めっちゃ強いらしいぞ?」
「あぁ俺見てたよ。文月と組んで僧頭っていう神憑を倒してた」
「あの細い子も何か持ってるよな。オーラが違う」
見合う2人について囁き合う生徒たち。
霊園さんはそんな僕らを一瞥してから…。
霊園「テレビとやらで見た“霊長類最強の高速タックル”…!」
ガシッ
え、まさかの武闘派? そんな冷たいオーラ出しといて? 氷とか操る異能じゃないの?
霊園さんは鈍い動きで走り出し、雛さんの腰にしがみついた。
タックルというよりは、ただ変な体勢で腰に抱きついたって感じだけど。
姫崎「いや、何しとん?」
霊園「…………! 矮小な女よ、何故倒れない?」
彼女は至って真剣なタックルを繰り出していたみたいだ。
いや、もしかしたら雛さんが強すぎたのかもしれない。相手が違えば有効なタックルになったのかも…?
ガシッ!
姫崎「ふんっ!」
タックルを受けた雛さんも黙ってはいなかった。
彼女はしがみ付いてきた霊園さんの脇腹を掴んで、思いきり持ち上げた。
霊園「な……何を? 離せ!」
足をバタつかせる霊園さん。
そして…、
姫崎「ふんふんふんふんふんふんふんふんっ!!」
雛さんは自分を軸に高速でくるくると回り出した。
霊園「あ゛あ゛あぁぁぁぁぁ……」
霊園さんのか細い叫び声は、冷たい風の音に掻き消される。
目が回るどころの話じゃない。
もうこれ勝負ありで良いんじゃない?
止めないと死ぬかも。
試合終了の合図は松坂先生のピストルに託されている。
だけど、先生は心配そうな顔をして戦況を見守っているだけだ。
異能闘技はルール上、白い円の外に出るか、行動不能にならないと勝負は決まらない。
先生1人の判断で試合を終わらせるのって難しいと思うけど、これは…。
姫崎「ふんふんふんふんふんふんふんふんっ!!」
死んでしまう…!
回る雛さんを中心に、つむじ風みたいなのが起こってるし。
姫崎「ふうぅぅん゛っ!!」
「あっ……!」
僕が声を出して手を伸ばした頃には遅かった。
雛さんは、ぶんぶんと回していた霊園さんを思い切り投げ飛ばしたんだ。
霊園さんの身体は緑色の防球ネットを越えて、近隣の田んぼに頭から突き刺さった。
パン!
乾いたピストルの音。
冷たい空気が元に戻る。
やりすぎだ、雛さん!
霊園さんに何の恨みが…!
美澄「し、勝者…。赤組の姫崎雛さん…!」
美澄さんの震える声が反響する。
「す、すげぇ…!」
「け、けど、あの子大丈夫か?」
感心と心配が生徒たちの中で入り混じっているのがわかる。
蟻本「何なんあの子、全然使えへんやん! どこが高速タックルやねん、トロすぎやろ。やる気一丁前なんは良いけど、他に能力あるなら使わんかい!」
パラパラとした拍手が雛さんに送られる中、怒った蟻本さんはプログラム表を叩きつけた。
蟻本「こんなことなら、ウチが出てた方が…」
溜め息を吐いて落ち込む彼女とは対照的に、雛さんは勝ったぞと言わんばかりに拳を空に掲げている。
雛さん、僕は君をそのままにしてはおけない。君は普通の人より遙かに強いんだ。
このままだといつか人を殺めてしまう。
霊園さんの安否を確認した後で、雛さんには話をしないと…。
ザッ!
そう思っていた矢先のことだ。
生徒指導室で再起不能になっていたはずの的場がやって来て、白い円の中に入った。
顔面はボロボロ、動けているのが不思議なくらいだ。
姫崎「うっ…! バケモノ!」
雛さん、それはヒドい。君が彼を化け物に変えたんだよ。
原形なさすぎて自分が殴った的場だとわからないのかな?
バケモノと呼ばれた的場だったけど、全く意に介さず真剣な表情で彼女の肩を掴んだ。
的場「雛たん、さっきのはあかん! 雛たんは強い。大いなる力には大いなる責任が伴うんじゃ!! 後、結婚してくれぇ!」
僕が伝えたかったこと、彼は最後のやつを除いておおかた言ってくれた。
だけど…、
姫崎「触るな、ケダモノ!」
バキッ!
雛さんには響かなかったみたいだ。
的場「ノオオォォォン♡」
顔面を殴られて吹き飛ぶ的場。何処か嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
霊園さんと雛さんの戦いは、かなり危険だった。
それに比べて他の試合は安心して見られたよ。ほとんどジャンケンで勝敗を決めていたから。
そして2回戦、雛さんは黄組の沼倉さんと当たった。
彼女もロベリアの1人だ。1回戦、沼倉さんはジャンケンではなくちょっと変わった方法で勝利を収めていた。
わかりにくいけど、多分あれは彼女の特質だ。
沼倉「女の子はアタシに沼らないって思ってたんだけど、そんなことなかったわ」
ふんわりとした口調で話しながら雛さんに近づく沼倉さん。
ギュッ
沼倉「ただ沼りにくいってだけ」
棒立ちでじっとしている雛さんに、彼女は優しく抱きついた。
そう、これが沼倉さんの特質。恐らくハグをトリガーに発動させている。
ハグをされた人は、何故か妄信的に沼倉さんの言うことを聞くようになるんだ。
詳しいことはわからないけど、人の精神に関与する能力なのかな?
沼倉「雛ちゃん、アタシの勝ちよ。アナタはもう沼ってる」
姫崎「ヌマッてる? 今どきの言葉?」
首を傾げる雛さんに対し、彼女は恍惚とした表情を浮かべて話を続けた。
沼倉「アタシのこと好きでしょ?」
姫崎「いや、別に。ていうかクソほど嫌い」
沼倉「照れ臭いのね。ツンツンしててかわいい。私は雛ちゃんのこと大好きよ」
ハグをしている沼倉さんからは見えないんだろう。
眉間にしわを寄せて青筋を立てている雛さんの怒りの表情が…。
あれはツンデレとかじゃなくてマジで怒ってる。
沼倉「アタシ、黄組の人に勝たなきゃ酷いコトをするって脅されてるの。アタシ、とても怖くて…。負けてくれたら一生アナタに尽くすわ。だから、お願い」
姫崎「じゃあ、ぶっ飛ばして良い? 負けて酷いコトされれば良いと思う」
沼倉「え…? マジで沼ってない?」
違和感を覚えたのか、ハグをやめて雛さんの顔色を確認する沼倉さん。
彼女の怒りに満ちた表情を見て、全く効いてないと気づいたようだ。
沼倉「え、嘘? なんで? 個体差? 嫌われているから?」
ハグで沼らないのは予想外だったのだろうか。焦りに焦った彼女は…。
沼倉「チューなら、チューなら効くわよね?! 雛ちゃん、チューしましょ! チューーー!!」
タコみたいな口をして、もの凄い速さで雛さんの顔に迫っていった。
ハグができる至近距離であの速さのキス攻撃、普通の女子なら絶対避けられないと思う。
だけど、今回は相手が悪すぎた。
姫崎「キモいわ!!」
バチイィン!
沼倉さんの至近距離高速キスを上回る速度で雛さんはビンタを繰り出し、彼女を身体ごと地面に叩きつけた。
パン!
試合終了を知らせるピストルの音。
美澄「勝者、赤組の姫崎雛さん! 決勝戦進出です!」
気を失ったのか沼倉さんはうつ伏せに倒れたまま動かない。
姫崎「地面とチューしてろ」
雛さんはまたも拳を空に掲げた。
「なんかあの子、かっこいいぞ?」
「キャーーー!! 雛さまぁ!! 弟子にしてください!」
一部の男女から人気を獲得しつつあるみたいだ。
そして、決勝戦の相手は緑組…、雛さんの友達だった。
たまたまジャンケンで勝って決勝まで来てしまったらしい。
「ひ、雛…。わ…私、全然負けでも良いよ? ピストル鳴ったら外に出るね?」
賢明な判断だと思う。
僕でもそうするよ。怖いから。
風とか水とか使ってもぶっちゃけ勝てる気がしない。
パン!
「ピストル鳴ったから出るね。雛、優勝おめでとう!」
穏やかに微笑む彼女は、雛さんに背中を向け円から出ようとしていた。
あの笑顔に嘘はない。友達が1位になることが素直に嬉しいんだと思う。
だけど…、
姫崎「逃がさない」
ガシッ
「え…?」
雛さんは容赦なかった。
白い円から出ようとしたすんでの所で、彼女は友達を羽交い締めにしバックドロップを繰り出したのだ。
当然KO勝ちなんだけど何もしなくても勝てたはず。なんで、あんなことを…。
「雛、何してんの?! 負けるって言ったじゃない!」
もう1人の友達が泣きながら雛さんに訴えかけた。
姫崎「これは勝負。仕方のないこと」
彼女はいつものように口を尖らせてそう返す。
「いや、だから……円の外に出ようとしてたじゃん!」
姫崎「不意打ちしてくると思った。振り向き様にションベン攻撃……とか」
「しないよ、そんなこと!」
沼倉さんのこともあって、警戒心が強くなっていたのかもしれないな。
でも、友達にバックドロップは…。
和解できると良いけど。
女子の部は雛さんの独壇場だった。
美澄「赤組、姫崎雛さん。優勝おめでとうございます。次は3年生男子の部に入ります」
今度は男子の出番だ。
出場する人の名前をざっと見たけど、武道をやってる人や喧嘩の強そうな不良がほとんどだった。
昼休みの終わり際、たくさんの人が僕らの勧誘に来たけど、“BREAKERZ”から出るのは青組の怜と橙組の日下部の2人だけ。
赤組の琉蓮は競技に出られるメンタルじゃない。
僕は青組で、怜が出ると言ってくれたから出なくて良くなった。
同じ理由で陽も日下部が出るから出ない。
緑組の的場もとても出られる状態じゃない。樹神はやる気なさそうだし、地面に勢いつけて埋まらないとただの人だ。
紫組の朧月くんはいつの間にか消えていたし。
後は、皇と不知火かな。今日、彼らとは話してない。
異能闘技とは言っても、結局ほとんどが能力を持たない普通の人たちの試合だった。
3年生男子の部、1回戦がもうすぐ始まる。
トーナメント表はランダムで組まれたんだろうけど…。
怜と日下部、恐らく能力を持っているのはこの2人だけだ。
その2人が奇しくも1回戦で当たることとなっていた。




