決戦 - 文月 慶⑤
これで全ての生徒を確保した。
水瀬、新庄、剣崎。
かなり手こずらせてくれたな。他の生徒たちを順調に捕まえることができたお陰で結果的には君たちに多くの時間を割けた。
もしまだ他の生徒が逃走中だった場合、この計画は失敗に終わったかもしれない。
樹神、あいつには本当に感謝する。計画が無事終わったら“とつぜんステーキ”を目一杯ご馳走してやろう。
それにしても興味深いものだ。彼らは今まで普通の高校生だった。
水瀬はともかく、剣崎と新庄は普通じゃない。
命の危機に瀕して突然、能力が覚醒したのか元々備わっていたものなのか…。
だが、それらの能力も今では無力。
水瀬は4体の鬼に囲まれて身動きのできない状態。
新庄と剣崎の2人は、鬼の手を振りほどこうと暴れているが、鬼は全く動かない。
スマホを見せられたときは一瞬焦ったが水没していた。川に避難していたのが徒になったな。
そして、あのゴリラも鬼に攻撃するものの手を痛めて逃亡。
あいつも特殊な何かがあるのかと警戒していたが、所詮はただのデカいゴリラだったということだ。
水瀬「慶! 後ろ!」
水瀬は必死の演技で僕の後方を指さした。
フッ…、さすがにもう打つ手はなくなったか。
高校生にもなってそんなものに引っかかるわけがないだろう。表情の作りは地味に上手いが…。
「そんな子ども騙しに引っかかるとでも?」
というか、この状況で僕の気を少し逸らしたところで何ができる?
……ん? 何だ?
背後から気配を感じ、不意に振り返った。
決して彼に騙された訳じゃない。本当に気配を感じたんだ。
1つの人影がこちらに走ってきている。その人影がいる方向には人質の牢が…。
脱走者か?
あれほど頑丈な檻に入れているんだ。鍵を閉め忘れない限り、あそこから抜けだすことはできない。
でも、それは普通の人間だったらの話だ。もしこいつらみたいに何かしらの能力を持っていたら?
最悪の事態かもしれない。あの檻を壊せるほどの力を持っていたとしたら鬼とまともにやり合える可能性だってある。
それに檻が壊されたとなると全ての人質が逃げだした可能性も…。
走ってくる人影から僕が見えたのか、更に走るスピードを上げて迫ってきた。
黒い人影は月の光に当たり徐々に姿が明らかになる。
こいつを忘れることはないだろう。立髪 斬斗。
捕まえるときに訳のわからないことを言ってやたらうるさかった奴だ。
奴はこめかみ辺りに両手を添え、その手を振り下ろしながらこう叫んだ。
「モヒカッター!!」
そう、このダサい動きと技名…。ただのこけおど…、何!?
最初に捕まえたとき、ただ闇雲に叫んでいただけの“モヒカッター”。
だが、今回は違った。
こめかみに添えていた手を前に振り下ろすと同時に、奴の髪が一瞬ゴムのように伸びる。
伸びた髪の部分は頭から分離し、三日月状の斬撃となって地面を抉りながらこちらに飛んできた。
何だその技は…。人に当たれば間違いなく真っ二つだ。
こんな殺傷能力の高そうな技を持つ奴もいるのか。僕の学校はいつ死人が出てもおかしくない。
こいつが発狂して頭を振り回すだけで、いったい何人が犠牲になる?
そうなる前に少年院にぶち込んでほしい。
髪の斬撃は軌道を見た感じ鬼に向かっている。僕らに当たることはなさそうだが…。
立髪「ふぅ、やっと出せたぜ! 5才のときにちょっと練習しただけでそれ以来、平和すぎて使う機会なかったからな!」
立髪はドヤ顔で短い髪を掻き上げる素振りをする。
こいつの能力も調べたいところだが、今はまずい。
鬼の装甲はこのレベルの斬撃を想定して造ってはいない。というより、斬撃が飛んでくるなんてそもそも想像できるわけがないだろ!
立髪「はっはっは! モヒカッターを放てるようになった俺は最強だ! そこのテロリストよ! 俺に乱暴したことを後悔させてやる」
……いや、全く身に覚えがないんだが。
大きく口を開け、わざとらしく笑いながら僕を指さした。もう片方の手は変わらず、髪を掻き上げている。
こちらに輸送する際、お前が勝手に痛がっていただけだ。誤解するような言い方はやめろ。
そんなことより……髪の斬撃が新庄たちを捕らえた鬼の目の前まで来ている。
鬼が全て破壊され、奴らが解放されたら…。
僕は………負けてしまうのか?
髪の斬撃が鬼に命中する直前、僕は思わず目を瞑った。
カキンッ
金属がぶつかる音がする。
恐る恐る目を開けると、モヒカッターとやらが命中した鬼は何事もなかったかのように立っていた。
せいぜい斬撃が当たったところのメッキが少し剥がれているくらいだ。
あれだけ勢いよく地面を抉りながら進んでいた斬撃も、鬼の装甲に相殺されたのか跡形もなく消えていた。
立髪「え? なんで? 鉄の檻は切れたのに!」
見た目より遙かに弱いな…。でも、鉄の檻は切れるのか。
地面を抉りながら進む鉄をも切る斬撃。
それすらも無効化してしまうほど頑丈な鬼。
ふっ…僕は素晴らしいものを造ってしまったようだ。
いや、待て…。勝ち誇っている場合じゃない。
檻が壊されたということは人質たちが脱走した可能性が…。
「おい、立髪斬斗。鬼に捻り潰されたくなければ正直に答えろ。人質たちは今どうしている?」
こいつは僕をテロリストだと思っているだろう。少し威圧的に聞けば、ビビって答えるはずだ。
立髪「え? あ、いや、まぁ…。みんな快適だって言って満喫してますよ牢獄ライフ!」
僕は水瀬を囲んでいた2体の鬼を指さし、立髪斬斗に仕向けた。
立髪「すいません! すいません! 正直に言います…。檻壊れたんでみんな脱走しました、はい」
やっぱりな。当然、檻から出れるとなると逃げるに違いない。エアコンやトイレ、風呂を完備して食事も提供していたにも関わらず不満げだったからな。
だが、誰もこの場所を知らない。こんな山奥、檻から出たところで誰も元の場所には帰れないだろう。
もうすぐ期日の3日だ。人質が逃げたことを政府に知られなければ問題ない。
立髪「んで、救世主と呼ばれているゴリラが先導していると思います」
あのクソゴリラめ。
立髪「俺、ちょっとかっこつけて『俺は時間稼ぐから残る』って言っちゃったんですよね! あぁ、こんなことになるなら逃げれば良かったなぁ~!」
「もういい、黙れ」
手を痛めて逃げたふりをして人質の救出に向かっていたのか。ただのゴリラだと思わせて僕を油断させた。
自分はゴリラ……人間には知能的に下に見られていると客観視できなければできない行動。意図的だとしたら、かなり賢いことになる。
水瀬「慶、もう終わりにしよう」
変わらず身動きのできない水瀬。こいつは何を勘違いしている? たかがゴリラ1匹の行動で僕が詰んだとでも思ったのか?
あまり、僕の鬼を見くびらないほうが良い。
それにあれはこの程度の誤算で諦められるものではない。
ようはあのゴリラが山から下りるのを止めれば良いだけだ。
ここは鬼1体で充分。残り4体でゴリラを探し出して捕まえる。
「ゴリラ1匹に狂わされるほど僕の計画は脆くない。君たちはこの鬼と遊んでいろ。残りの4体は索敵モードを起動」
?「そんなことはさせない」
いつからそこにいたのかは知らないが、また面倒くさそうなのが1人増えた。
こいつのことは知っている。
「久しぶりだね、慶。シリウス様が君にお怒りだよ」
僕に背を向け、ケツを突き出しているこいつは、日下部 雅。上半身は前に大きく傾けていて、よりお尻を強調している。
鬼に捕まる際、シリウスと言う自身が崇拝している堕天使に祈っていた奴だ。
「とりあえず、ケツをしまえ」
日下部「それは難しいオーダーだね。これは臨戦態勢だ」
こいつも能力持ちか。小学校からの同期で能力を使っていたような記憶は全くないが。
時間がない。こうしている間にもゴリラは山を下っているだろう。
邪魔をするなら蹴散らしてやる。
「いいだろう。そっちがその気なら相手してやる。急いでいるから加減できないかもしれないが……」




