敗北 - 水瀬 友紀㊴
姫咲「青組の決死の覚悟が不屈の矛となり、最強の鬼塚の心臓を貫いたぁ!!」
熱のこもった実況と共に、生徒の喝采がグラウンドに響めいた。
最強の琉蓮が普通の生徒を相手に負けた。それは彼らにとって、とんでもなく衝撃的なことだったんだろう。
そして、僕はこの盛り上がり様を目の当たりにして思い出す。皆が体育祭にかける熱量は、一部を除いてハンパないってことを。
反則負けとは言っても琉蓮を倒した青組には、大きな拍手が送られた。
僕も同じ青組なんだけど、素直に喜んで良いのかわからない。
膝から崩れ落ちた琉蓮が心配だ。彼はきっと自分のことを責めている。
続く2回戦に、決勝戦。
3年生の綱引きのトーナメントを制し1位を取ったのは、僕ら青組だった。
琉蓮を倒したことで調子が上がったのかもしれない。
同じチームの1人として喜ぶべきなんだろうけど…。
美澄「以上でプログラム1番“綱引き”を終了します。次はプログラム2番“玉入れ”です。準備ができるまで少々お待ちください」
もう1人の熱い実況とは対照的に、落ち着いた様子で司会を務める美澄さん。
2人とも生徒会副会長だけど、もう1人のあの子は確かロベリアだっけ?
球技大会のバスケで圧倒的なパフォーマンスを見せたロベリア3人組の1人。
盛り上げ上手ではあったけど、彼女の実況は琉蓮に多大なプレッシャーをかけていたと思う。
悪気はないんだろうけど。
次のプログラムは玉入れ、僕が出る種目だ。
回収される綱引きロープの代わりに、玉入れのカゴと赤や白の玉が運ばれてくる。
準備には少し時間がかかりそうだ。
膝を着いて茫然としていた琉蓮は、準備を進める体育祭委員の人に声を掛けられようやく立ち上がった。
彼はこちらに振り向いて、おぼつかない足取りでやって来る。
だ、大丈夫かな…?
色んな意味で…。
落ち込んでいるのは明らかにわかる。顔色めちゃくちゃ悪いから。そもそも焦点が合ってない。
そして、その足取り……間違って地割れとか起こさないよね?
僕は知っている。琉蓮は強すぎるってことを…。
熊木駅を崩壊させかけたのはつい最近の話。力加減を間違えたら大惨事になることもある。
鬼塚「フフッ……フフフ………」
虚ろな目でぎこちなく笑う琉蓮。
「り、琉蓮…」
どう声を掛けたら良いのかわからなかった僕は、彼の名前を口にした。
鬼塚「友紀くん…。僕の中にまた、ネガティブの実が1つ生ったよ」
「り、琉蓮…」
ダメだ、今の彼を元気づけられそうな言葉が何一つ思い浮かばない。
目が……、完全に死んでいる。
ネガティブの実…、中学からの付き合いだけど初めて聞いた。とにかく死ぬほど落ち込んでいるのがわかる。
“気にするな”とか“ドンマイ”とか、そんな在り来たりな言葉じゃ、きっと彼は救われない。
鬼塚「フフフ………フフフフフ…………」
「あ、琉蓮…!」
彼は僕の呼びかけに反応することなく、ぎこちない笑い声を漏らしながら生徒用のテントの方へと戻っていった。
ごめん、琉蓮。友達として、力になれなくて…。
それにしても、さっきの綱引きの盛り上がりは異様だった。
去年も盛り上がってはいたと思うけど、雰囲気がまるで違うような…。
去年や一昨年とは違う。そう感じて、不吉な予兆なんじゃないかと勘繰ってしまう自分がいる。
最近はずっとそんな感じだ。
悪い方向に考えてしまう。
こんな調子じゃ…、いつか……誰かが欠けてもおかしくはない。
日下部「浮かない顔をしているね、水瀬」
不安が顔に出ていたのだろうか。
橙色のハチマキを巻いた日下部が、心配した様子で声をかけてきた。
彼が退院したのはつい最近のこと。完治はしてないけど、イボ痔の症状はかなり良くなったらしい。
ハチマキを見て気づいた。彼は橙組で陽と同じチームだったのか。
「まぁ球技大会とか連休中の旅行とか、事あるごとに何かあったから…。今回も何かあるんじゃないかなって思ってしまうよ」
僕は正直な気持ちを打ち明けた。
日下部のことは信頼している。友達としても、強い能力者としても。
彼の肛門から放たれる多彩な神のオナラは強大で頼もしい。
日下部「うん、そう考えるのは不思議なことじゃないね。僕だって不安さ。だけど今日は楽しくて仕方がないはずの体育祭だ。マイナスな気分になるのは勿体ないと思わないかい?」
日下部も不安に思っている。
彼の答えを聞いてはっとした。
異能と戦ったことのある“BREAKERZ”は、みんな大なり小なり警戒し不安を抱えているんだ。
僕だけじゃない。
日下部「僕が皆の敵ならこの状況を喜ぶだろう。“何もしなくても彼らは怯え、常に辺りを警戒し精神を磨り減らしている”……とね」
落ち着いたトーンで話を続けた彼は不敵な笑みを浮かべて、最後にこう締め括った。
日下部「だから、僕は精いっぱい愉しむとするよ。今この瞬間の青春をね」
何もないところで不安になって神経質になるのは、敵にとっては好都合。
何の駆け引きも必要ない。僕らが勝手に消耗して疲弊したところを叩けば良いだけだから。
今の僕は、悔しいけど敵の思う壺なのかもしれない。
「ありがとう。僕も陽キャラのような青春が送れるよう頑張るよ! もう3年生だし手遅れな気がするけど…!」
不安な気持ちが少し薄れた気がする。日下部の言葉で元気が貰えたというか。
日下部「うん、元気が出たなら良かったよ。君の心は既に、立派な陽キャラさ!」
親指を立てて微笑む日下部。
獅子王「うぅ………う…………痛い」
い、痛い…?
陽の呻き声が聞こえて、僕は振り返る。
「なっ……! いったい何が?」
僕は彼の顔を見て戦慄した。
顔面ボコボコの痣だらけで、もはや原形を留めてない。
敵か? 神憑か?
激しい動悸、額に滲む嫌な汗。
薄れかけていた不安が全身に広がる。
陽は苦しそうに息をしながら、弱々しくこう答えた。
獅子王「西くんと日裏くんにボコられて…」
西、日裏…。聞いたことのある名前だ。
2人とも吉波高校の不良生徒だ。特に西って人は番長みたいなもので、全不良生徒の頂点に立っていると言われている。
喧嘩がめちゃくちゃ強いんだ。
獅子王「なんでゴリラにならなかったんだって…。舐めてるのかって…」
彼らは陽と同じ橙組なのかな。
3年生の橙組の綱引きは1回戦負け。変身して勝負しなかった陽に腹を立てたってこと?
確かに唖毅羅に変身して引っ張れば普通に1位になれたと思う。
結果的に琉蓮のいる赤組は反則負けになったし、いくら負けん気の強い青組でもゴリラの力には敵わないだろう。
ちょっとホッとした。
敵襲じゃなかったんだ。
ただ不良に殴られただけ。
「そっか、それなら良かったよ」
獅子王「いや、良くないでしょ」
思わず安堵の息を吐いた僕は、陽にキッと睨まれた。
獅子王「まぁ、治るんだけどね__唖毅羅」
空を見上げた彼は自身の名前を呟く。
肥大化する身体を覆う黒い体毛。瞬く間に彼は巨大なゴリラに成った。
「おぉ、会長のゴリラだ」
「久しぶりに見た気がする」
唖毅羅に変身した彼は、生徒たちの関心を引いている。
そして…。
唖毅羅「陽…」
再び名前を口にした彼は、元の姿に戻った。ボコボコだった顔面も完全に治って元通りに。
獅子王「今日が快晴で良かったよ」
ちょっとかっこいい。静かに呟く陽を見てそう思ったのも束の間…。
西「おい、変身できるじゃねぇか」
西の大きな手が彼の肩に置かれる。
彼が不良生徒の頂点。大きな図体。威圧感がハンパない。
西「舐めてたんだろゴルアァァ!!」
獅子王「ひぃ…!」
バコッ!
そんな西は怯える陽の胸ぐらを掴み、容赦なく顔をぶん殴った。
それも1発じゃない。彼は何度も何度も陽の顔を殴りつける。
「おい、あれヤバくね?」
「西だ。関わると死ぬぞ…」
ザワつく待機中の生徒たち。
獅子王「や、やめてくれ…。僕は……生徒会長だぞ……!」
生徒会長という肩書きで牽制するも、不良の西はお構いなく陽の顔面を殴り続けた。
せっかく変身して治した顔面も元に戻りつつある。
友達が目の前でやられている。
止めたいのに、怖くて身体を動かせない。
そ、そうだ。僕の隣には神が宿るお尻こと、頼れる日下部が居るじゃないか。
「く、日下部…。いつもやってる臭いオナラとか眠るオナラとかで止めてくれよ」
僕は震える声で彼に頼んだ。
日下部「そうだね、それも有効だね。だけど、傍観していても何ら問題はないさ。太陽が大地を照らす限り、獅子王は何度でも蘇る」
腕を組んだ状態で殴られまくっている陽を見ながらそう語る日下部。
何かもっともらしいことを言ってるけど…。
心なしか彼のお尻は震えていた。
「もしかして、君も怖…」
日下部「お尻…! じゃなくてイボ痔のコンディションが良くないんだ。黙っててくれるかい? 今は君の声すらもイボ痔に響く」
僕の質問に、日下部は食い気味に答えた。
そうか、彼も怖いんだ。
だけど責められない。僕だってビビって動けないんだから。
獅子王「いや、ちょ…。何か……何かあるでしょ。オナラとか水とか風とか…。普通に止めてくれよ」
殴られながら僕らをじとっと睨む陽。
顔面の原形がない。目と口の位置が辛うじてわかるくらいだ。
ごめん、陽…。僕ら、不良が怖くて動けないんだ。
だから、耐えてまた治すか自分でゴリラになって吹っ飛ばしてくれ。
美澄「や、やめなさい! 会長から離れて!」
美澄さんのノイズ混じりの声が反響する。
彼女はメガホンを持って、グラウンドの真ん中に立っていた。
ピタリと止まる西の拳。
西「チッ…!」
流石に女子には手を出せないのか、彼は陽から手を離し生徒用のテントの中へと消えていった。
タッタッタッタ…!
メガホンを持ったまま駆け付ける美澄さん。
美澄「会長…、大丈夫ですか?」
仰向けに倒れた顔面ボコボコの陽に問いかける彼女は、目に涙を浮かべていた。
美澄さんは凄い。あんな極悪な不良を止めるなんて、僕や“神のお尻”じゃできなかったよ。
獅子王「うん、治せるし大丈夫だよ。でも、また殴られそうだし、しばらくこの顔でいるよ」
辛うじてわかる目と口で笑顔を作る陽。
陽は凄い。ゴリラになっていたら、西になんて余裕で勝てていたと思う。
だけど、傷つけたくない優しさと痛みに耐えうる強さを持っていたんだ。
僕らは2人を見習わないといけない。どんなに強大な力を持っていても、ビビって動けなかったら宝の持ち腐れになる。
陽に手を差し伸べて彼を起こす美澄さん。
美澄「ほんとに大丈夫?」
獅子王「うん。司会の方は順調? 結構忙しい?」
美澄「うん。でも、私は原稿読んでるだけで…。紫苑ちゃんみたいなアドリブできないや」
顔面ボコボコな陽に対し、恥ずかしそうに頭を掻く美澄さん。
何だろう、この2人から感じるむず痒さは…。
美澄「もうすぐ玉入れ始まるから戻るね」
にこりと微笑んだ彼女は司会席の方へ戻っていく。
日下部「青春……だね」
日下部は温かい目で陽たちを見てそう言った。
「誰と誰の青春だい?」
“一難去ってまた一難”とはこういうことを言うのだろう。
いつの間にか、僕らの後ろには何人かの生徒が立っていた。
ハチマキの色はバラバラ。
同じチームではなさそうだ。
じゃあ、彼らはどういう集まり?
日下部「ふっ…、誰だい? 僕のお尻を掴んでいるのは」
余裕の表情で振り返ることなく問いかける日下部。
日下部「それで僕の放屁を封じたつもりかい?」
彼は怖くないのだろうか? 背後から異様な殺気を感じる。
「君のことは知っている。生徒会所属の日下部雅。君は何を見て青春だと語った?」
今の発言でわかってしまった。
彼らが何者なのかを。
その質問に答えてはいけない。
答えたら陽が…!
日下部「鈍感な人たちだね。見てわからなかったかい?」
「や、やめろ…! 日下部!」
日下部「獅子王と美澄さんのむず痒い会話に対して言ったのさ」
鈍感なのは…、君だ! 君は彼らが放っている殺気に気づいていないのか?
それとも、あの暗黙のルールを知らない?
いや、知っていても真に受けていないとか?
“美澄さんの彼氏の噂を流してはいけない”。
密かに、そして広く語られている七不思議のような話。
彼氏と噂された人は、美澄さんを慕う過激派によって消されるんだ。
僕だってそこまで信じているわけじゃなかった。だけど、いま後ろに居る彼らはきっと過激派の連中に違いない。
本当に存在していたんだ。
「やはりそうか。怪しいとは思っていた。生徒会所属の生徒は全てマークしていたが、正解だったようだな」
彼らは僕らを左右に避けて、陽の方へ向かっていく。
獅子王「ん? 今度は何…?」
不安な表情を浮かべる陽。
「簡単な質問を1つだけ。君は美澄恵璃紗の彼氏かな?」
日下部は噂を信じるべきだった。逆に、陽は信じるべきじゃなかった。
陽は気づいてしまった。目の前にいる生徒たちが美澄さんを慕う過激派だってことに。
獅子王「ちちちち違うよ?! 絶対違う! だって見て! 片やオールマイティで美しい美澄さん、片やただのゴリラだ! 美女と野獣なんて絵本の中だけの話だよ! 彼氏が居たとしたらもっとイケメンで天才なはず! そうだ、ふ……文月とか怪しいんじゃない?」
ブフォ─────!!
消されることを恐れて必死に説明した陽。焦って早口で話したせいで反って怪しくなってしまう。
同時に、後ろにある生徒用のテントから何かが勢い良く噴き出すような音が聞こえた。
ドン! ドン! ドン!
「ひ、雛~!! 何、何があったの?」
空けたままの水筒を片手に、胸を必死にドンドンと叩く小さな女子生徒。
雛…。
あ、僕に突進してきた人だ。
水筒に入れてたお茶か何かを噴き出したのかな?
勢いは凄いけど、ただ咽せただけみたいだ。
僕や日下部、過激派の人たちは少し間を置いて、陽の方へ向き直る。
「明らかに動揺している。黒で間違いないだろう。ちょっと裏に来てくれるかな?」
過激派の1人がそう言った瞬間、陽は彼らに手足を掴まれて目を黒い布で覆われた。
用意周到だ。太陽を直視できないようにされた彼はゴリラに変身できない。
獅子王「は、離してくれ! 弁解させてくれ! 僕じゃない! 僕じゃないんだ! 嫌だ、嫌だああああぁぁぁぁぁぁ!!」
西の時と同じく、僕は殺気が怖くて動けない。でも、鈍感な日下部なら今回は…!
そんな期待を胸に、僕は隣に居る彼を見た。
日下部「あれは正気の沙汰じゃないね。助けてあげたいところだけど、お尻のコンディションが…」
ダメだ、彼もビビってしまってる。
止められないことはないんだけど、それで恨まれて寝首を掻かれたらマジで死ぬ。
だから、僕らは陽が連れて行かれるのを見守るしかなかったんだ。
唯一頼れる美澄さんは、玉入れの準備でこちらに気づいていなかった。
そして…。
美澄「準備が整いましたので、プログラム2番“玉入れ”を行います。出場者の皆さんは司会席のテント前まで集まってください」
玉入れに出場する僕は日下部と言葉を交わすことなく、司会席のテントに向かって歩き出した。
結果は普通。3年の青組は3位に終わった。風や水の理は使っていない。
続くプログラム3番の徒競走、4番の吉波踊り…。
誰も異能力なんか使うことなく、普通に終了した。
これで午前のプログラムは一通り終わって今から昼休みに入る。
琉蓮の敗北と陽の一件を除いて、午前中の種目は何事もなく終了した。
事件や襲来もなく…、お昼ご飯を食べる頃には陽も五体満足で無事に帰還。
綱引きの時の異様な盛り上がりも一時的なものだったみたいで、だんだんといつも通りの体育祭になってきていた。
このまま僕らは目立つことなく普通に終わるんだと思う。それで良いと思っている。
ただ1つだけ気になるのが…。
午後のプログラムに、予行演習の時にはなかった種目が追加されていた。
聞いたこともない種目、たぶん吉波高校のオリジナル。
その名も…、
“異能闘技”。




