武術と神と謎の術 - 文月 慶⑮
姫崎「うちの名前は、姫崎 雛。ふんっ、ひーちゃんとお呼び下さい」
ひーちゃんと名乗る小さな謎の女子生徒、姫崎雛。
彼女は住職姿に変身した僧頭に対し拳を構えた。
同時に、お経を唱え始める僧頭。
先ほどと同じく巨大な火球が奴の目の前に出現する。
神の力ではない別の能力。
“AntiDeity”による相殺は不可能だ。
「早く逃げてくれ。君を庇いながら戦う余力はない」
隣で得意気に構える姫崎に、僕はそう告げる。
でしゃばり女子を守りながら戦うという下らないハンデを背負う気はない。
前方にいるのは、巨大な火球を生成し放ってくるハゲ頭。
ぱっと見ヤバいことくらいわかるだろ。普通に考えたらビビって逃げる。
何の能力も持たない女子なら尚更そうするだろう。
だが、こいつは…。
ザッ……
前に出やがった。
「おい、逃げろっ!」
僧頭「経術・日輪火葬」
迫り来る巨大な火球。
姫崎雛、いったい何を考えている?
どうする? 僕が前に出ても、あれは相殺できない。姫崎もろとも焼かれて終わりだ。
こいつは背が小さい。太っているわけでもない。
なら、僕でも…。
姫崎「むぉっ…!?」
僕は言うことを聞かず前に出た姫崎の両脇を掴んでぐっと持ち上げた。
よし、持ち上がった…! いくら小さいとは言っても人間だ。
少なく見積もっても40キログラムはあるだろう。余裕というわけではないが、何とか運んで逃げられそうだ。
火球を避けつつ、こいつを校舎まで避難させる。
奴との闘いはその後だ。
「よし姫崎、逃げるぞ。お前が軽くて助かっ…」
姫崎「破廉恥ッ///」
ドゴッ!!
暗転する視界。
直後、背中に走る鈍痛。
何が起こったのか理解できなかった。
こめかみから感じるズキズキとした痛みが朦朧とした意識を呼び覚ます。
仰向けに倒れた自分の身体。
頬を赤らめながら僕を睨み下ろす姫崎。
姫崎「いきなり抱きついたり、呼び捨てにするのは違うと思う」
その背後には僕らを丸ごと呑み込まんとする巨大な火球が…。
まさかこいつ…、僕をど突いたのか?
まずい、死ぬ…。当たり所が悪かったのか起き上がれない。
頬を不機嫌そうに膨らませた姫崎はゆっくりと振り返り、眼前の火球に対しすっと手を横に払った。
こちらに真っ直ぐ向かってきていた火球の軌道は僅かに逸れて、地面に着弾した。
着弾した箇所からは炎と砂煙が立ち上る。
手を払う動作で火球の軌道を逸らしたのか?
見覚えのある動きだが、まさかあれでそんな芸当が…?
姫崎雛、こいつは…。
彼女はこちらに振り返り、マッスルポーズをしながらふんと鼻を鳴らしてこう言った。
姫崎「うち、鬼炎拳習ってる。オーラとか気みたいなん視えて往なせるねん」
やはりそうだったか。
鬼炎拳…、国内最強の武術の1つ。
男虎先生の龍風拳や、雲龍の妖瀧拳と並ぶ強力な武術だ。
どれも最強クラスだが各々特徴がある。
攻めが主体で殺傷力の高い技が主流の龍風拳。
護身や防御、反撃に重きを置いた妖瀧拳。
そして姫崎の使う鬼炎拳は、人間や生物、物体が持つ“気”とやらを利用して戦う武術だ。
生物や物体問わず、この世に存在するものには全て“気”というものが備わっている。
これはあくまで鬼炎拳の開祖の教えであって、科学的に“気”という存在は立証されていない。
この“気”を感じたり、視たり、コントロールすることに重きを置いている。
戦闘向きではないのかというとそうではない。“気”という概念を主軸に彼らは戦うんだ。
姫崎が手を払い火球の軌道を逸らしたのも、恐らく鬼炎拳の成せる業だろう。
火球の“気”を視てコントロールしたんだ。
いくら国内最強の武術とはいえそんなことができるとは思わなかった。
“気”を持つものであれば、人間に関わらず人外や異能力そのものにも対応できるのか。
武術と聞くと対人を思い浮かべるだろうが、鬼炎拳は例外というわけだ。
僧頭「軌道が逸れた…。お前も何か持っているのか」
姫崎が何かしたと察した様子の僧頭。
僧頭「少しアレンジを加えよう」
奴は数珠をゆっくりと擦りながら、先ほどとは違うお経を唱え始めた。
奴の周囲に現れる小さな無数の火球。
小さいとは言っても、さっき撃ってきた火球よりはという意味だ。
あれらが全てこちらに向かって放たれる。そう予想するのは容易かった。
僧頭「経術・無量恒星火葬」
一斉にやって来る無数の火球。
小さいがデカい火球よりも数段速い。
圧倒的な数と速度で押し通そうというわけだ。
“気”を操る鬼炎拳、1つの火球に対しては有効だったがこれを捌ききれるのか?
姫崎自身の実力も不明瞭だ。自信満々な態度だが、実は最近始めた白帯素人かもしれない。
加勢したいがまだ起き上がるのは無理だ。
クソッ…、まさか命運をこんなぽっと出の変な女子に託すことになるとは…。
奴がただの神憑なら、“AntiDeity”の試験は成功し僕は勝っていたはずだった。
あの読経に関しては情報が足りない。
神憑でも特質でもない別の異能力。不意打ちにも程があるだろ。
姫崎「不安かもしれないけど大丈夫。うちが居るから」
姫崎は背中を向けたままそう語った。
小さい割に何処か頼もしく感じる背中を、僕は見守ることしかできない。
目前に迫った無数の火球に対し、彼女は手を翳す。
そのままゆっくりと腰を回しながら、弧を描くようにしてその手を大きく後ろに回した。
その手に追従する無数の火球。
それらを引き連れて一回転した彼女は手を勢い良く前に払う。
軌道を変えられたであろう数多の火球は全て僧頭の方へ向かっていった。
僧頭「うっ…! 全部こっちに?!」
意表を突かれて焦りまくる僧頭。
まぁ無理もない。僕も驚いている。
恐らく彼女は手を翳すことで、火球の“気”の流れを変えたんだ。
これが鬼炎拳の真髄。
他の武術では決してできない芸当だ。
僧頭「わああぁぁぁ…! ナンマンダ! ナンマンダ! 違う、これはいつものお経…!」
ドオオォォォン…。
僧頭は跳ね返って来た火球に為す術もなく全弾を喰らう形となった。
奴の立っていた場所には炎が立ち上る。
姫崎「不安がるのは悪いことじゃないけど、もっと堂々としてれば良いと思う。ふ……は凄い人」
振り返った姫崎は辿々しい口調でそう言った。
何の話をしているんだ?
それより…、ヤバいぞ。僧頭は火球をまともに喰らった。
姫崎は奴を殺してしまったんじゃないのか…?
確かに奴は僕らを殺そうとしていたが、これは正当防衛の域を超えている。
水瀬「慶! 大丈夫か?!」
校舎の方から水瀬の声がする。
まだこめかみは痛むが、そろそろ起き上がれそうだ。
僕は頭を押さえながら、ゆっくりと上体を起こして振り向いた。
水瀬率いる“BREAKERZ”とその他大勢の野次馬がこちらを見ている。
僕がグラウンドで戦っていることに気づいたか。
「あぁ、ちょうど倒したところだ。救急車を呼んでくれ。僧頭が死ぬ前に…」
皇「おいおい、早とちりにも程があるぜぇ? 神憑がそんなあっさりやられるとは思えねぇ」
野次馬の中から出てきた皇が、僕の話を遮った。
はぁ、まだか…。あいつがそう言うならそうなんだろう。
逆に安心した。姫崎はまだ誰も殺していない。
皇がそう言った矢先、立ち上る炎の中から例のお経が聞こえてきた。
揺らめく炎に浮かぶ2つの人影。
2人の僧頭が姿を現した。
1人は顔を歪めながらお経を唱えている。
そして、もう1人は満足げな顔でこう言った。
僧頭「協力に感謝する、太陽神。私が死ねばお前も消える……だったな」
今のお経の効果によって、火球の攻撃を免れたのか。
奴の言葉から察するに、隣でお経を唱えているもう1人は太陽神だろう。
何らかの理由から奴を助けたようだ。
太陽神「経術・金剛力士体」
お経を唱え終えた太陽神はそう告げて、音もなく姿を消した。
金剛力士体、名前からしてもう打撃は効かなさそうだな。
“AntiDeity”に加え武術も効かないとなれば、ますます面倒なことになる。
水瀬「慶!」
剣崎「文月氏、いま私たちも…!」
皇「止めろ。あいつは1人でやりたいんだ。そっとしといてやれ♪」
加勢しようとしていた“BREAKERZ”を制止する皇。
癪だがその通りだ。あいつにそんなこと話した覚えはないんだが、これも直感って奴か。
皇「それにあの変てこアベックは勝つぜ、多分な♪」
不安そうな顔をする水瀬や剣崎だったが、奴の言うことを聞いて1歩下がった。
そして、またも別のお経を読み上げる僧頭。
クソッ、距離を詰めてどうにかしない限り一方的にやられるぞ。
僧頭「さて、新たな体罰の時間だ」
奴は一言挟んだ後、こう告げた。
僧頭「経術・神体火葬」
ボッ!
突如、発火する姫崎の身体。
「なっ…!」
これも火球と同じで対処できない。
為す術なくただ手を伸ばす僕に対し、僧頭は高らかに笑う。
僧頭「熱いっ! 熱いかあああぁぁぁぁ!!」
苦しいのか、両膝を着き腕を抱えて背中を丸める姫崎。
絶望的な状況の中、奴の怒声がグラウンドに木霊した。




