妄想女子 - 姫崎 雛①
「違うと思う!!」
うちは、謎の火の球にやられかけていた文月に飛びついた。
勢い余って押し倒すようなカタチに…。
ついに触れてしもうた。
これは現実なんか? どないしたらええねん。
文月「誰だ? どこから来た? 何がどうなっている?」
関西風な口調で思考を巡らせるうちに対し、文月は早口でまくし立ててくる。
焦るのはわかるけど、そんなに詰めてこないでほしい。うち、今パニック状態やねん。
「何がどうなってるはうちのセリフ。あのハゲちゃびんセンコーは何?」
文月は、稀代のテロリスト。そんな肩書きに対抗すべく、うちは悪な口調で言葉を並べた。
目を合わせることはままならない。
そして、うちの身体は文月の下半身にしがみついたまま硬直している。
早くうちの手をほどいて離れてほしい。
「あのハゲは超能力者といったところだ。危ないから校舎に戻ってくれ。あいつは僕が何とかする」
そう思ったのも束の間、彼は立ち上がって自信なさそうに僧頭先生を見つめた。
確かに離れてほしいと思ったけど、素っ気ない態度には不満を覚える。
うちを女として全く認識してへん。
こいつ…、
少年院で去勢されたんか?
盛っとるこの年頃でこの態度は違和感マックス。
まぁ、どうでもええねん。
うちの気持ちは冷めてるから。
そう思ってたのに…、うちはたった今抱きついてしもたんや。
__________________
うちの名前は、姫崎 雛。
入学当初、もう1人の“ひめさき”とよく間違えられた。漢字は違うけど。
背は小さいけど、そこらの女子にタイマンでは負けへん。
太ってはないけどお肌もちもちとか言ってみんな二の腕とか触ってくる。
うち鍛えてるんやけど…。
鍛えてる女子に“お肌もちもち”は宣戦布告のようなもの。褒めるつもりなら“お肌ゴリゴリ”の方がまだマシだと思う。
親のルーツ的なものもあって、うちの喋りは関西風に訛ってる。
関西弁じゃなくて、あくまで関西風。
関西弁には色々あって本家関西弁を喋る人はそれを聞き分けられるらしい。
そんなエセ関西アクセントのうちは…、
「文月と剣崎がイケないこと…、フヒヒ」
ノートに棒人間を2つ書いて絶賛ニヤニヤしていた。
イケメンの火力はハンパない。
拙い棒人間の頭の中に“文”と“剣”と書いただけで、妄想がかなり捗ります。
「雛~、トイレ行こ!」
うちを呼ぶ声が聞こえた瞬間、ノートを閉じてイケない妄想を中断する。
チッ…、このタイミングで連れションのお誘いか。今良いとこだったのに。
「良いよ。出るか知らんけど」
うちはやって来た2人にぶっきらぼうに答えた。
中学……下手したら小学校から受け継がれし伝統。もう高2なんだからそろそろ無くなってほしい。
そんな不平不満を心に仕舞い、うちはノートを抱えて立ち上がった。
休み時間で賑わう廊下。会話を弾ませる2人の後ろを着いていく。
開いた窓から見える青い空。ちょうどあの時もこんな感じで晴れていた。
うちが文月にハマったのは、ばり晴れとった入学式当日。
ひと目見た瞬間に思った。
顔面の火力高すぎやろ。
でも、その割には雰囲気が暗い。
“イケメンと美女は人生イージーモードで、薔薇色の人生を送るから陽キャが多い”って婆ちゃんがボケ防止用の日記に書いてた。
対して、あいつは何か仕出かしそうな影のあるイケメン。うちと同じ陰キャのオーラ。
いったい何があったんや?
名前は、文月慶。
たまたま同じクラスだったからすぐにわかった。
まぁダイレクトな絡みは全然なかったし向こうは覚えてないやろうけど。
世にも珍しき陰キャのイケメン。うちの内から湧いてくる文月への興味はとても抑えられるものじゃなかった。
「雛~、トイレ……あれ? さっきいたよね?」
気配を消して机の間を匍匐前進。
ロッカーに隠れたり、クモ男みたいに壁に張り付いたこともある。
うちはトイレに誘いまくってくる連れション2人組を色んな手段で巻いて、文月の後をしばしば尾けていた。
ずっと尾けていると何となくわかってくる交友関係。やっぱり陰キャだ。友達は少ない。
顔面の火力と友達の数が反比例しとる。
文月の友達は片手で数えるほどしかいない。うちも人のこと言えんけど…。
終始ビクビクしているちょっとガタイの良いやつ。ばり陰キャオーラ。
何となくやねんけど、こいつは文月と何かあった気がする。
従来の薔薇色文月を陰キャ属性に変えた錬金術師的な……いや絶対ちゃうわ。
2人目は何か全てにおいて普通のやつ。陰キャ寄りの平凡オーラ。特になし。
そして、3人目や。こいつの登場がうちを目醒めさせたと言っても過言やない。
「文月氏」
新手のイケメン。しかも、こっちも影がある。
文月が整いまくった短所のない顔に対し、こいつはハーフ系とまた別のベクトル向いとる。
陰キャというよりオタクのオーラ。
マジでこいつら何があったんや。
ていうか、この胸の高まりは何?
うちは圧倒的な顔面の火力ぶつけられて恋したんか? いや、そんな感じやない。
あかん、そんなこと考えたらあかん。
でも考えてしまう…!
こいつら…。
チューとかしてまうんちゃうか?
イケメン同士やからワンチャン発情するんちゃうか?
しかも、お互い類い稀な陰キャイケメンとオタクイケメン。運命感じてるんちゃうんか?
“俺のことわかってくれるイケメンは、お前しかおらん”的な。
「チューするんか!!? チュー!!」
興奮を抑えきれなかったうちは、隠れて尾けていたことを忘れて大声を上げてしまった。
「だ、誰かいるの?」
うちの気配を察して辺りを見渡すフツメン。
うちは脱兎の如くその場を去った。
この日を境に、毎日のように尾けていた学校生活にピリオドが打たれた。
毎日あれを見るんはあかん。
尊すぎてショック死する。
命の危険を感じたうちはそう考えた。
尾けるのは多くて週3回、残りは棒人間を描いて妄想しよう。
気持ちが冷めるあの日まで、うちの推し活ライフは続いたのだ。
2年になる頃には、文月の友達もちょっとだけ増えた。
名前も覚えて、色んな組み合わせも想像してみたけど、“文月×剣崎”しか勝たん。
鬼塚はビクビクしすぎ。告白とか絶対できないから、何もできず片想いで終わると思う。
水瀬はノン気っぽい。女子には興味ありそうだけど、まずモテへんから生涯孤独ルート。
獅子王は完全に文月が下に見てる。好きな人をイタズラで生徒会長にすることはないと思う。
いや、好きやからこそ意地悪するんか…? でも、顔面の火力足りひんから無し。
もしくっつきそうになったら、うちが全力で阻止せんと…。
妄想は日を重ねるごとに成長していった。
この時のうちは、あくまで傍観者。
陰キャな男たちの色事を想像しながら陰で見守る存在だった。
うち個人が文月とかに特別な感情はない。そう思っていたのに…。
文月『君たちにはこれから3日間、僕の造ったロボットと楽しい鬼ごっこをやってもらう』
2年の夏休みが明けた頃、文月がテロを起こした。
内容は、自前のロボットで吉波高校の全校生徒を捕まえるといったもの。
「必殺! アフロブレイク! アフロブレェェェェイク!!!」
誰もが恐怖し笑い転げる(?)中、うちの心は少しばかり躍っていた。
ちなみにだけど、黒いロボットに髪を掴まれたあのアフロ。
全く以て妄想が捗らない。
こいつと生涯を共にできる男はいるのだろうか?
それに変な人のオーラだ。だけど、剣崎や獅子王のオーラと若干似ているような気もする。
何が似ているのかはわからん。うちの感覚的なところやから、言葉では説明つかへん。
そして、なんでうちの心は躍っとる?
文月は言うてた。捕まえた生徒は人質にすると。
この黒くてデカいのに捕まれば、文月の元へ行ける。
一度もしたことない真っ向からの対面。彼もうちのことを認識する。
頭の中に今までとは違う妄想が広がった。
ちゃう、そんなんちゃうから…!
あかん、そんなこと考えたらあかん。
文月のことが好き…………なんて…………。
うちの脳みそ、冷静に考えて…? 顔面の火力差ハンパないって。
あまりにも無謀すぎる。
RPGで言うたら、木の枝片手にふんどし一丁で魔王に挑むようなもんや。
アフロの独特な叫び声が聞こえる中、うちは目を瞑って首をぶんぶんと振った。
ガシャ…………ガシャ…………
顔を覆ううちの元へ、金属のような音が近づいてくる。
あの黒いロボットの…、文月の言う鬼の足音で間違いない。
うちの脳みそは、もしかしたら冷静かもしれへん。
恋愛観は男と女で大きく違ってくるって婆ちゃんの日記に書かれてた。
今のうちに関係あるところだけ抜粋すると…。
“男は顔面の火力差を経済火力や内面火力で埋められるのに対し、女は顔面の火力差を内面火力及び家庭内火力で埋められる”。
重要なのは、この文章の後に書かれた追記にあんねん。
男は火力を少しずつ積み立てていくしかない。やけど、女は違う。
“女に限り、セクシー火力で一時的にだが莫大な火力アップを可能とする”。
今のうちに必要なんは、これや。
前を見据えたうちの目は、めっちゃ覚悟決まっとる鋭い目やったと思う。
目の前に来た黒くデカい鬼は、うちの小さな身体を両手でひょいっと持ち上げた。
むぅ…、思ってたんとちゃうけどまぁ良いわ。もっと乱暴に来てほしかったけど…。
しかも、こいつデカいだけで暴れたら何とかなりそうやな。
色々と予想外だけど、今こそセクシー火力を投入するとき…!
きっと文月は鬼を通してうちら生徒を見ている。
届け、うちのセクシーアピール!!
「いやん。やめて。」
…………。
鬼はカプセルのようなものを取り出し、等身大に大きくなったその中にうちを入れた。
しばらくして、エレベーターの中にいる時に感じるような浮遊感を覚える。
このカプセル、空を飛んでる?
文月の元へ向かっているんやろうか。
うん…、思ったより低い声で棒読みみたいになってしまったけど大丈夫。
男は女よりチョロいとも日記に書かれてた。
カプセルに入れられてから数分後、うちは文月の秘密基地みたいなとこに到着する。
もう既に多くの生徒が捕まっていた。
鬼に掴まれた生徒たちは抵抗も虚しく、檻の中へ収監されていく。
ビビりまくってるこいつらとは違って、うちの心は躍っている。違う意味でドキドキしている。
これから文月と正式に対面するんや。彼もうちの名前を覚えてくれる。
頭の中に広がる妄想。
みんなが檻に入れられる中、うちだけ文月の部屋に連れていかれてベッドに押し倒されるんや。
いや、これは妄想やない。
数秒後に起こる未来の事実。捕まる時に出した如何わしい声がその未来を確定させたんや。
ガシャッ…
こちらにやって来る1体の鬼。
うちはそいつの腕をがっしりと掴んでこう言った。
「ふんっ、今行くで。待っときや!」
鬼がうちを案内した場所は…、
ただの檻だった。
うせやん…。ばりセクシー火力出したやん。
ていうか、エアコンむっちゃ効いとる。
床というか地面もキレイ。うちの靴底の方が多分汚いわ。
殺風景な割に手入れ行き届いとるやん。
よう見たら鬼の何体かは箒持ってるし。
みんなパニクってワーワー言うてるけど…。
「雛~! 良かった!」
「無事だったんだね…!」
あ、連れションフレンズ。
同じ檻やったんか。
「うん、皆と同じ…」
思惑通りに行かずテンションただ下がりなうちは、ぶっきらぼうに答えた。
「とりあえず、トイレ行こっか!」
とりあえずって、ホンマに尿意あるんか…?
拉致られても連れションとは、うちのダチも中々…。
檻の中には下に続く階段があって、地下には1人1人の部屋が用意されていた。
集合トイレは全部洋式。学校は和式がほとんどだから、ぶっちゃけ学校のトイレより良い。
「捕まった時はどうなるかと思ったけど、これ3日後には帰れるみたいだし、何か修学旅行みたいだね!」
「うん! どっちかと言ったら、アフロブレイクの方が危ないよ。笑い死ぬかと思った…」
連れションフレンズはここの設備に満足しているみたいだけど、上ではほとんどがブチ切れてたり怯えてたりしている。
そして、うちも…。
「違うと思う」
めちゃくちゃ機嫌が悪い。
こっちは心の準備をしていたのに…。
文月はうちをその他大勢と同じように扱った。しかも、認識どころか対面すらしてないし。
こういうのって、違うと思う。
「そ、そうだよね。ここがどんなに良くても人質とかそういうのは良くないよね」
連れションフレンズの1人がうちにそう言う。
文月への気持ちは今日に始まって今日で終わった。
イケない妄想ももう終わり。
一気に冷めたってやつ。
所詮は顔だけの男だったんだ。
テロを起こした次の日の夜、文月は警察に連行された。
後に正体が明らかになるゴリラに変身した生徒会長の活躍によって、文月のテロ計画は未完に終わった。
獅子王ぽい雰囲気のゴリラだとは一瞬感じたけど、まさか変身できるなんて思いもしないから…。
自警部? ブレイカーズ?
何かそういう団体が持つ超能力みたいな…。
文月はテロを起こして以降、学校に来ることはなくなった。
少年院とかにぶち込まれたら、そりゃ来られへん。
だけど、最近はちょくちょく学校に来るように…。
少年院の刑期終えたんかな? もう学校に来れるんかな? でも、毎日は来てへんし。
顔面火力が高いだけの陰キャ犯罪者。
普通に考えてアブノーマルなアブない男。
気持ちはとっくに冷めたはず。
なのに、どうしてこんなに考えてる?
「雛~、トイ……居ない。連れション嫌なのかな?」
「うーん、もう3年だしね…」
机の合間を匍匐前進して連れション回避、文月のところへ。
どうして、うちはまた彼を尾けている?
ついに、刑務所まで見つけてしまった。
双眼鏡で中を覗くと、ワープする文月の姿が。
文月に着けたGPSの現在位置が南の吉南高専に瞬間移動する。
「ふんふんふんふんふんっ!!」
何も考えず、何も持たずに吉南高専まで全力疾走。
その道中、車で戻る文月を見つけてまた全力疾走。
肺が痛い。往復で6時間くらい走った?
授業も何もかも投げ出して…。
うちはまだ文月のことが…? だとしたら、うちはチョロすぎる。
まだ一度も話してへん、ただただ見てただけで忘れられんほど好きになるなんて…!
「ふんふんふんふんふんふんふんふんっ!!」
見えてきた吉波高校のグラウンド。やっと帰って来れたんや。
グラウンドにて、文月に向かって火の玉を放つ僧頭先生。
何か袈裟着てお経唱えてる。
住職に転職するんか?
いや、そんなことより文月がヤバい。助けんと…!
「ふんふん………ふんっ!!」
うちは地面を思い切り蹴飛ばして、緑色の防球ネットを飛び越えた。
グラウンド内に着地。
手を前に出して硬直している文月。
これ以上ないくらいの全力猛ダッシュ。
「ふんふんふんふんふんふんふんふんっ!!」
違う、違うから。
好きやから助けるんやない。
顔面高火力犯罪者にも五分の魂。
だから…、助けるだけ。
こんなの……、こんなの恋とは…!
「違うと思う!!」
ドゴッ!
文月「あ゛っ…!」
……という長い経緯があって、うちは文月を押し倒したんや。




