決戦 ― 水瀬 友紀⑨
僕らは油断していた。鬼の大群を破壊したときから勝てると過信してしまっていたのかもしれない。
鬼の頭にバットが直撃。しかし、頭が吹き飛ぶことはおろか傷1つつくことはなかった。
文月「捕まえろ」
慶が指示を出すと同時に、怜の唾液をものともせずに鬼が動き出す。
バットの攻撃を弾かれ、空中でバランスを崩した新庄と唾液をかけるために近づいた怜を即座に捕らえた。
ウホも別の鬼に上空から両腕の拳を叩きつけたものの、頑丈すぎる鬼には全く通用せず手を痛めてしまったみたいだ。
彼の手は真っ赤に腫れ上がっていて、あまりに痛かったのかゴリラのプライドが傷ついたのかはわからないけど、ウホはどこかへ行ってしまった…。
慶は捕まっている新庄や怜を横切り、僕のところへやって来る。
文月「馬鹿め。僕が同じ過ちを繰り返すはずがないだろ。数で勝負しても勝算がないことはあのときにわかった。だから君たちの能力に対抗できるように改善したんだ」
今、行動可能なのは僕だけ…。1体の鬼に2人とも捕まってしまった。
残りの4体はフリーの状態。すまない、みんな。
こんな絶望的な状況になったのは僕の責任だ。もっと速い段階で気づいていれば…。
文月「まずは、その金属バットの対策だ」
慶は何とか鬼の手を振り解こうとしている新庄を指さす。
新庄「クソッ! 離しやがれ、ゴキブリ野郎!」
彼は暴れる新庄に目もくれず、改善した内容や僕らへの対策を得意気に話し始めた。
文月「一見、最強の武器に思うかもしれないが、その破壊力の源になっているのは莫大な電気だ。つまり、外側からの電気を一切通さないようにすればただの金属バットにすぎない。鬼の首や身体が消し飛んでいたのはバット自体の威力ではなく圧倒的な電力で焼き切っていただけ。まぁ、あれだけ高く跳ばれると力尽くで壊されるかと若干、不安にはなったがな」
あのジャンプはバットのお陰じゃなくて、新庄自身の身体能力なのか。
走り幅跳びの世界大会に出た方が良いと思う……って言うのは置いといて。
その対策は、慶が造ったもので仕組みを知っているからこそできるものだ。
もし、あの金属バットが彼のものじゃなかったら違った結果になっていたかもしれない。
文月「そして、地味に厄介なのはあのよだれ」
怜は暴れたり叫んだりすることはなく、ただ解説をする慶を見据えている。
彼は理性的で冷静だ。反撃の機会をうかがっているんだと思う。
文月「壊されることはないが、動きを封じられると使い物にならなくなる。唾液に含まれる消化酵素のアミラーゼを感知したとき、その箇所を急速に熱し表面温度を高めることで蒸発させるようにした。後、一応、水圧にも耐えられるようにしておいたぞ。もうお前のあの作戦も通用しない」
何も考えず、彼を止めるという一心だけでここに来てしまったことを後悔した。
彼の技術力を見くびっていたわけじゃない。むしろ素晴らしい才能だと思っている。
けど僕が思っていたものより、それは遙かに上回るものだった。
口では簡単そうに言っているけど、この短時間でそこまで造りかえられるものじゃない。
彼は勝ちを確信しているのか、口元を緩ませた。
文月「わざわざ僕の元へ来てくれて助かったよ。お陰で完璧な対策をすることができた。本当は僕が出向こうとしていたんだ。そちらに向かう移動時間があればここまでの対策はできていなかったかもしれないな」
いや、待てよ。
仮に技術や知識が最高レベルだとしても材料や機材はどこから?
さすがにその短時間だと、無理があるんじゃないか?
「それはおかしい。ここに来るまでにかかったのは2時間くらいだ。この短時間でできる内容じゃない。一体どうやったんだ?」
僕が問いただすと彼の表情が曇る。
文月「君には関係ないことだ。さぁ、新しい鬼の披露も終わったことだし、大人しく牢に入ってもらおう」
僕が聞いたことは政府や人質をとった理由に何か関係があるのだろうか?
待機していた4体の鬼が僕に迫ってくる。
クソッ! 理由も聞きだせずに捕まってしまうのか?
何か…何かこの状況を切り抜ける手段はないのか?
ガサッ…。
迫ってくる鬼に対して反射的に1歩引いたとき、ズボンの左ポケットに重みを感じた。
ん? ズボンのポケットに何か入ってる?
手をポケットに突っ込んでそれが何かを確信する。なんで今まで忘れていたんだろう。
それは、自分のスマートフォンだった。
犯罪に巻き込まれたとき、自分の身に危険を感じたときどうすれば良いか?
そう、答えはとても簡単。“110”だ。
僕は勝ちを確信し、慶にスマホを突きつけた。
文月「それで…何をするつもりだ」
「警察に通報する。警察側は発信元を特定しここに駆けつける。今まで君が捕まらなかったのは誰もこの場所を見つけられなかったからだ」
形成大逆転。新庄や怜もその手があったかと感嘆している。
みんな、突然非日常なことが起きてスマホを持っていることを忘れていたんだ。彼らは捕まっていて取り出すことはできないけど…。
ここにきて初めて慶が焦りの表情を見せる。
文月「よせ! やめろ!」
焦って僕のスマホに手を伸ばしてくる彼。僕は下がりながら言い返す。
「ダメだ。僕らを危険な目に合わせた挙げ句、話し合いを拒否した君を許すことはできない」
文月「大人しくスマホを渡せ! いいか、僕の指示1つで鬼はお前を瞬殺することだってできるんだぞ!」
悪いけど、それは何の脅しにもなってない。そんなこと君がするわけないって心の底から信じているから。
彼の脅迫を無視して僕はスマホの電源ボタンを押した。
電源ボタンを長押ししている間、気まずい沈黙が流れる。
慶は手を伸ばしたまま顔を引き攣らせて固まっていた。
…………あれ? 反応がない。充電切れか?
落ち着け。もう一度ゆっくり長押しするんだ…。
ヤバいヤバいヤバい…。マジで反応ないんだけど。
多分、充電切れだ。いつも家に帰ったらすぐ充電器に挿してるんだけど、そもそも家に帰ってないから忘れてたんだ。
クソッ…。僕はここで捕まってしまうのか?
ガサッ…。
今度は右のポケットに重みを感じた。つまり、僕はずっと両ポケットに何かを入れていたのか。
充電切れを悟られないよう、すぐにポケットに手を突っ込む。右のポケットに入っていたのは、モバイルバッテリーだった。
ふぅ…焦った……なんで、忘れてたんだよ。よし、モバイルバッテリーを充電口に差して…。
………………え。これでも反応なし? なんで?
あ、めっちゃ肝心なことを忘れていた。
これ、水没してんじゃん。
額から大量の汗が流れ出てくる。
大丈夫、慶はまだスマホが使えないことに気づいていない。
ここは、あくまでこちらが有利だと言う態度を示しつつ交渉を持ちかけよう。
そう思った矢先、手を出して硬直していた慶が動き出し、ホッとしたような表情を見せた。
慶「そう言えば、それ水没しているだろ? 君がずっと泳いでいるのはカメラで確認している。全く…焦らせやがって」
あ、バレた…。4体の鬼が再び動き出す。
ついに終わってしまったか。もう打つ手はない…。
僕らではどうしようもない。誰か別の能力持ちがいて、助けに来てくれない限りは…。
そんな都合良くいるわけないと思っていた。たまたま怜や新庄が特殊な体質を持っているだけだと。
だけど、いたんだ。その人は、慶の背後にある彼のアジトの奥から姿を現した。
見た感じ、こちらに向かって走ってきている。
敵か味方かわからなかった僕は、咄嗟に叫んで慶に注意を促した。
「慶! 後ろ!」
文月「そんな子ども騙しに引っかかるとでも?」
いや、マジだって! あの人が君のことを危険人物だと思っていたら…。
その黒い人影は足を止めることなく、両手を自身のこめかみ辺りに手を添えてこう言った。
「モヒカッター!!」




