再登校 - 文月 慶⑥
鬼塚によって強引に担ぎ込まれた僕は、殺伐とした生徒指導室の椅子に座らされた。
身体の節々が痛む。
鬼塚め、やってくれたな。
カバンに入れてある“FUMIZUKI”のコアが傷ついていないと良いが…。
水瀬「慶、出所おめでとう」
穏やかな顔で香ばしいパンケーキを持ってくる水瀬。
釈放されたと勘違いしているようだが、僕の刑期は1億年だ。
水瀬「これ、日下部が君にって」
彼はそう言って、僕の目の前にパンケーキを置く。
水瀬「彼の手作りパンケーキ。出所おめでとうって」
日下部が僕に贈り物だと? そして、水瀬がそれを渡してきた。
顎に手を当てて少しばかり考える。
…………。毒入りじゃないだろうな…?
奴と僕は険悪な関係にあるはずだ。友好的に普通のパンケーキを作ってくるわけがない。
だが、奴は日頃紳士を装っている。陰で毒を入れるような姑息な手は好まないだろう。
何か仕掛けがあるとすれば、隠し味に臭い放屁をかけたとかそんなレベルじゃないか…? 何にせよ、奴の手作りパンケーキなど食べたくはない。
コトッ…
若干の寒気…、僕の手元にお茶の入ったペットボトルが置かれた。
霊園「我が自動販売機とやらにて調達した“お茶”なる液体だ」
長い直毛の黒髪、細身で背が高く不健康そうな雰囲気の女子が僕の顔を覗き込んできた。
あまりの近さに、僕は思わず身を引く。
なんだこいつは? “BREAKERZ”の新メンバーか?
貞子みたいな雰囲気で顔を近づけるな。
普通に怖いだろ。
霊園「災いに気を付けろ」
災い…。彼女の言葉を聞いた僕は、お茶とパンケーキを見つめて考える。
そして、すぐに出る結論。僕は顔を上げて前に立つ水瀬たちを見据えた。
「お前らグルだろ」
水瀬「え、何が?」
わからないといった様子で首を傾げる水瀬。
とぼけているのか? このパンケーキとお茶には何かが盛られている。
日下部による細やかな仕返しというわけだ。
恐らく死にはしないが、お腹を下すとかそういった症状に見舞われるだろう。
下剤程度の嫌がらせを企んでいるに違いない。
「とぼけるな。日下部が僕に無償でパンケーキを作るわけがない。毒入りだな? この貞子みたいな奴の発言と皇のニヤけ面が物語っている」
僕は隣に立って見下ろしてくる貞子と、前にいる皇を指さしてそう言った。
水瀬「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
水瀬を筆頭にまたも騒然とする“BREAKERZ”。
さっきからうるさい奴らだな。
水瀬「彼女はちょっと変わってるんだ。皇だって、いつもこんな顔じゃないか!」
皇「あぁ、俺はいつもこんな顔だぁ♪ 疑わずに食いやがれ♪」
的場「パンケーキ食べたら、みんなでサッカーじゃ!」
獅子王「毒なんて盛るわけないじゃん! あ、的場。後3分で昼休み終わるからサッカーは無理」
的場「ノオオオオォォォォン!」
身振り手振りで必死に説明をする水瀬に、変わらずニヤけている皇。
いつの間にか人間に戻っている獅子王。
“毒なんて盛るわけない”。お前は事情を知らないからそう言えるんだ。
サッカーはできないと告げられた的場は、両手に持っていたサッカーボールを落とし頭を抱えた。
そして…。
鬼塚「ハハッ…、わかってたよ文月くん。君は僕たちのことを友達と思ってないんだ」
闇深そうな顔をした鬼塚が前に出てくる。
逆にお前らは僕を友達だと思っているのか? 僕はお前らを人質に取ったテロリストだぞ。
鬼塚「それに…」
彼はゆっくりと腕を上げ、僕を指さしながらこう言った。
鬼塚「こんなのパーティじゃないって思ってるよね!! クラッカーも三角帽子もないから…」
悪いな、鬼塚。それに関しては思っているぞ。
パーティだと言うものだから、もう少し派手な演出を想像はしていた。
だが蓋を開けてみれば…、怪しい手作りパンケーキと市販のお茶のみ。
別にガッカリはしていない。元々パーティに参加する気はなかったからな。
「鬼塚、とりあえず落ち着くんだ。地球が壊れる前に…」
さっきの明るいテンションとは一転して情緒不安定な鬼塚に対し、僕は宥めるように声を掛けた。
不知火「鬼塚、悲しい…?」
不思議そうな顔をして首を大きく傾ける不知火は、鬼塚の腕にナイフを突き立てぐりぐりする。
彼の身体は少なくともダイヤモンド級に硬い。ナイフが刺さらないのは当然だが、奴にとっては不思議なことなんだろう。
朧月「ダメ…………服………傷む……」
不知火「あっ…」
朧月が鬼塚の制服を懸念して、不知火からナイフを取り上げる。
霊園「あ゛ぁ…、身体が安定しない。何故だ? 睡眠は無論、栄養補給も怠ってはおらぬ。3日に1度の摂食では足りないというのか?」
同じタイミングで頭を押さえフラつき始める貞子のような女子。
霊園「水分と…、有機物……」
苦しそうに唸る彼女は、僕の手元に置いたペットボトルを手に取り喉を鳴らしながら飲み干した。
そのお茶、僕に渡したわけではなかったのか? 何の躊躇いもなく飲んだな。
毒入りではない?
霊園「あぁ…、後は有機物」
空になったペットボトルを投げ捨てる貞子。ぶつぶつと呟きながら、今度は僕の目の前にあるパンケーキを鷲掴みにする。
水瀬「ちょっと霊園さん?!」
この貞子、霊園って名前なのか。
動揺した様子の水瀬は、パンケーキにかぶり付いた霊園に向かって手を伸ばす。
毒入りじゃないのか…?
日下部が純粋に僕を祝ってパンケーキを作るとは考えにくい。
だが鬼塚や水瀬…、こいつらが日下部に頼んだ場合なら有り得る話だ。
毒入りじゃない普通の香ばしいパンケーキ。口に入れてもリスクはない。
鬼塚の情緒を安定させるためにも、これは僕が食べるべきだ。
「やめろ」
バシッ
霊園「フガッ…!」
僕は飢えた獣のように貪る霊園から、パンケーキを引っ手繰った。
「これは僕のパンケーキだ」
彼女がかぶり付いていたパンケーキは千切れ、3分の2ほどは取り返したのだが…。
彼女はあまりにも軟弱だった。
僕は少しパンケーキを引っ張っただけだ。
そのたった少しの反動で、霊園は欠けたパンケーキを咥えたまま背中から床に倒れ込んだ。
「お、おい…。大丈夫か?」
取り返したパンケーキを皿に戻した僕は、椅子から立ち上がり霊園の容態を確認する。
眉間にしわが寄っていて鼻息が荒い。どうやら激昂しているようだ。
霊園「フー…! フー…! 我を見下ろすか。思い上がるなよ、人間!」
パンケーキを食べながら喋るな。
ゴリラといい貞子といい、“BREAKERZ”の品の無さはどうにかならないのか?
とりあえず元気そうなので放っておく。
こっちよりも鬼塚だ。
「鬼塚、僕は君のことを悪く思っていない。このパンケーキを食べることでその証明となるのなら、頂くとしよう」
僕は顔が死んでいる彼にそう告げて椅子に座った。
そして、ナイフとフォークでパンケーキを切り取り口に運んでみせる。
ほんの少しだが表情が明るくなる鬼塚。
このパンケーキ、中々に旨いな。普段刑務所で食べている三ツ星レストランの料理には劣るが…。
日下部、奴は料理上手のようだな。
僕がパンケーキを1口飲み込むと同時に、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。
この音も久しぶりに聞く。
水瀬「もう終わりか。授業に行かないと。慶、君は帰るの?」
自身のスマホで時間を確認した水瀬は、僕にそう尋ねてくる。
日下部以外に用はないと思っていたが、霊園のような新メンバーもいることだ。
校内を回って別の神憑を捜すのも悪くはない。
吉波高校には、どういうわけか能力持ちが集まってくる。
捜せば見つかるかもしれないし、アプリの動作確認程度なら朧月にも付き合ってもらえるだろう。
「少しだけ校内を回る。遅くとも放課後には帰るがな」
水瀬「わかった。じゃあ、またそっちに行くよ」
僕の返事に対して、水瀬は少しばかり微笑んだ。そして彼らは生徒指導室から廊下へ出て、各々の教室へ戻っていく。
霊園「うぅ…、我の身体よ。まだ足りぬというのか」
弱々しく起き上がった霊園も、彼らに続いてここから出ようとしていた。
「待て」
僕は椅子から立ち上がり奴を制止する。
こいつの挙動には、いくつか不審なところがある。ただの変な奴と見過ごすわけにはいかない。
立ち止まり、ホラー映画に出てくる幽霊のようにゆっくりと振り返る霊園。
「僕のことを“人間”と言ったな。では、お前は何者だ?」
僕はポケットからスマホを取り出し、あるアプリのアイコンをタップする。
今回開発した神対策のアプリ。
神々や神性への対抗。
“AntiDeity”
霊園「申し遅れた。我の名は、霊園千夜。己が全校生徒を人質に捕らえ、政府に仇なした文月慶と云う者か」
こちらに振り返り名を名乗った霊園は、弱々しく虚ろな目で僕を見据えていた。




