決戦 ― 水瀬 友紀⑧
どうやら話し合う気はないらしい。より多くの鬼がいると思っていたけど、いま確認できるのは慶の後ろにいる5体だけ。
僕らが戦ってきた鬼たちと全く同じもの。
他にもいるかはわからないけど、気配がしない。あのときより少ない数なら僕らの有利だ。
慶は広げた両手を組んで軽く溜め息を吐いた。
文月「わざわざ僕を止めに来るとはな。言っとくが人質はみな無事だ。全員、不平不満を垂れてはいるものの、そこらの宿泊学習より快適に過ごしている。それに政府が僕の要求に応えれば解放するつもりだ。こう言っても僕とやり合うのか?」
違う、僕らは君と戦いたいんじゃない。
政府に何を要求したのか、どうしてこんなことをするのか。
僕らは君と話し合ってそれを知りたい。そして平和的に解決したいんだ。
「戦いたいんじゃない。なんでこんなことをしたのか知りたい。話し合いたいんだ! こんなことになる前に相談してほしかった! だって僕らは友達だろう?!」
人質が全員無事で、まだ誰も命に関わるような被害にあってないならまだ間に合う。
政府が要求に応える前にみんなを解放して出頭すれば罪は軽い。
僕たちは未成年だ。人を殺すような取り返しのつかないことをしなければ重罪を課せられることはないだろう。
新庄「あ!? こんな奴、友達でも知り合いでもねぇよ! やってることテロリストだろ! ちょっとこっち来い! 1発かましてやる」
ウホ「ホォーー! ホッ! ホッ!」
新庄は左手を何度か手前に引いて慶を挑発。
ウホは険しい表情で彼に向かってドラミングしている。
うーん……。
「訂正する。僕と怜は戦いを望んでない。話し合って解決したい」
新庄とウホは臨戦態勢だ。頼むからそのバットで慶を殴らないでくれよ。多分、死ぬから。
ウホも賢いとは言ってもゴリラ。正直、うっかり捻り殺しそうで恐い…。
今にも飛びかかりそうな彼らを前にしても慶は全く動じる様子を見せなかった。
文月「意見がまとまってないじゃないか。まぁ、どちらにしても僕は君たちと話しあう気はない。こちらも準備はできている」
戦うしかないのか…。僕はこの中で1番理性的な怜の方に目を向ける。
“話しあう気がないのならやるしかない”
彼が僕を見据える目からは、そういう意志が感じられた。
慶自身は何か武装をしているわけでなさそうだ。つまり、出てくる鬼を全て倒せば僕らの勝ち。
前線に慶が出てこないなら金属バットも唾液も存分に使える。
新庄「んで、何体いるんだよ。朝より少ないんなら楽勝だぜ? この金属バットなら…」
彼は右手に持った金属バットで慶を指した。
新庄の余裕のある態度を見て彼は鼻で笑う。
文月「まるで自分の物のような言い方だな。それを造ったのは僕だと言うのに」
やっぱりそうか。何となくそう思ってはいたけど、新庄の持つ金属バットは彼の発明品だと言うことが明らかになった。
文月「凄まじい破壊力を引き出せるバットだが…普通、人間の身体程度の耐久力ではそれを持つことはできない。それには莫大な電気が流れているからな」
莫大な電気? 新庄が静電気ヤバいってやたら言ってたのは、そういうこと?
新庄「何ごちゃごちゃ言ってんだよ。さっさと鬼出せよ。面倒だから全部一気に来い」
話を遮った新庄を無視して慶は更に話を続ける。
文月「普通の人間が持つと即死レベルの電気量だ。発明したものの、これでは誰も使うことができない欠陥品。破棄したはずなのに君がなぜかグラウンドで見つけたんだ。正直言って君以外の2人が触らないかヒヤヒヤしたよ」
え…マジで…? ちょっと強い静電気がピリピリ来るだけじゃないの?
他人のものだから、触ってみようなんて全く思わなかったけど。
そんなものをなんで平然と持てるんだ? “静電気ヤバい”ですんでいるのはおかしい。
新庄「うおおぉぉぉぉ!」
新庄がいきなり雄叫びを上げ、慶の元へ駆けだした。
どうした、新庄!?
彼の言葉のどこが気を触った? 挑発するような要素は1つもなかったはず。
………いや、違う。怒ってるんじゃない。
新庄にとって慶の話は難しくあまりにも長すぎたんだ。
鬼は見えるところには5体しかいない。もう日は沈んで完全に夜になっている。
さっさと倒して家に帰りたかったのだろう。
「怜、ウホ、彼を援護してくれ。ごめん、僕は君らみたいに能力も力もないから見守ることしかできない…」
それが普通なのかもしれないけど、自分だけ加勢できないのに不甲斐なさを感じる。
剣崎「何を言う」
若干、落ち込んでいる僕の肩に手が置かれた。
剣崎「私たちが鬼に捕まらずにここまで来れたのは水瀬氏、君が軽トラで助けに来てくれたからだ。今度は私たちが身体を張る番である」
怜は優しくて誠実な友達だ。そう言ってくれると心が軽くなる。
右半分が無表情で左の顔だけが笑っている不器用なウインクはちょっと恐いけど…。
剣崎「では、文月氏を救って参る」
そう言って怜とウホは、新庄の後について走りだした。
文月「全員、捕まえろ」
慶は制服のスボンのポケットに手を入れ、表情を変えることなく鬼に指示を出した。
彼の後ろにいた5体のうち1体が前に出てくる。
新庄「おらあぁぁぁぁぁ! 死ねえぇぇ!」
ダンッ!
叫びながらバットを頭上に構え、それと同時に高く跳び上がった。
………え、高くない?
2メートルくらいある鬼1体分は飛んでいるように見えるけど。
慶の表情は変わらない。空中に跳び上がった新庄をただ目で追っている。
このジャンプも金属バットのお陰なのかな?
剣崎「見事な跳躍力だ、新庄氏。私は鬼の手足の動きを止める。安心してバットを振り下ろすのだ!___粘縛唾液!」
怜は滑走しているようにも見える走り方で鬼に近づき、唾液を飛ばした。
凄い、あのジャンプに全く動揺することなく土壇場で連携を取っている。
これが能力持ちの適応力か。
ウホ「ホッ、ホォーーー!」
そして、ウホは別の鬼を目がけて走っていった。
新庄にも引けをとらない跳躍力で空中に跳び上がる。
さすがゴリラだ。身体能力が普通の人間の比じゃない!
でも、大丈夫か? ゴリラの腕力でどうにかなる相手なのか…。
ウホ「ホッ! ホッ!___龍滅穿天兜割」
…………。ちょっと待った。
空耳か聞き間違いか? 何か喋ったよな?
意味わからないけど、明らかに人語だった。
ダメだ、新しい情報が多すぎて頭がパンクする!
新庄はめちゃ飛ぶし、ウホは飛ぶし喋るし…。
怜は唾液の能力者で慶はテロリストの仲間入り。昨日と今日だけで色々とありすぎだ。
それにウホ、喋れるなら普通に喋ってよ…。
慶は相変わらず表情を変えず彼らを見つめている。
慶の前に出た鬼の手足は怜の唾液で封じられ、新庄のバットが振り下ろそうとされているにも関わらずだ。
このまま新庄が全ての鬼を壊せば僕らの勝ちだ。それなのに…。
なんでこんなに冷静なんだ。何かがおかしい。嫌な予感が頭をよぎる。
「2人とも! 何かがおかしい! ここは一旦引いて…」
彼らに忠告をした時には遅かった。
振り下ろされたバットが鬼の頭に直撃した瞬間、今まで無表情だった慶がかすかに笑う。
慶「捕まえろ」




