侵入 - 皇 尚人⑥
夕日が沈み、辺りは完全に暗くなる。
古びた家が不気味に見えるのは当然か。
家の周りを一周したが人の気配はねぇ。
開いてる窓や裏口も見つけたが…。
どうもそこから入るのは気が乗らねぇな。
犯人にバレず侵入できるルート。
俺の直感が“冗談抜きで正面玄関”だと言ってやがる。
マジかよ、直感。
お前を信じて良いのかぁ?
俺は自分の直感を疑いながら、正面玄関の引き戸に手を掛けた。
ガラ……
鍵は開いてるみてぇだ。
誘われてるような気もするが、まぁ田舎あるあるだな。留守でも鍵を掛けない家は少なくねぇ。
俺は音を立てずにドアを引き、忍び足で侵入した。
__________________
中は普通の家と大差ない。
電気が点いてない分、薄暗くて不気味ではあるがな。泥棒にでもなった気分だぜ。
気味悪く見えんのは、俺に後ろめたさがあるからか?
粗方見て回ったが、ゴリラもオタクも見当たらねぇ。
だが、気になるものを1つ見つけた。
和風の家にはそぐわない鉄の扉。
この先は地下に繋がってるみてぇだ。
俺は開けた扉を通り、真っ暗な石の階段を下る。もちろん扉は閉めたぜ。
スマホで照らさねぇと何も見えねぇな。
ここまで誰とも遭遇してねぇのは、俺の運が良いからかぁ? たまたま家族で出払ってるタイミングに俺が来たってわけか。
スマホの光を頼りにしばらく階段を下った俺は、辿り着いた地下にあったものを見て若干引いちまった。
石畳が続く地下室の突き当たり、鉄格子に囲まれた場所がある。
座敷牢って言うのかぁ?
年季の入った家とは言ったが、それでも物騒なことには変わりはねぇ。
昔、誰かを閉じ込めるために作ったのか。それとも…。
俺は鉄格子に近付き中を覗いた。
「お゛腹、減っだ。1日バナナ1本ば無理…」
この喋るチンパンジーを飼うためにリフォームしたのか?
天然記念物どころじゃねぇレアモノだな。そりゃ牢屋作って飼いたくなるに決まってる。
逃がしたくもねぇから頑丈な鉄格子で囲ってるんだろう。
これは嬉しくねぇ誤算だぜ。
ここに拉致られてないなら、ゴリラとよだれは何処にいる? 他は隈無く捜したぜ。
ハズレか? あいつは犯人じゃなかったのかぁ?
最後は直感と運頼み。外れて欲しくはなかったんだが…。
「私も同意である。人間にバナナ1本とは、犯人殿は人体を理解していないと思われる」
喋るガリガリなチンパンジーに対し、誰かが返事をする。
その声は同じ檻の中から聞こえてきた。
この堅苦しいネチネチとした口調は間違いねぇ。
完全なハズレじゃないと思った俺の口角は釣り上がった。
「ヒャハハ♪ 剣崎ぃ、助けに来たぜぇ♪」
最初は暗くて見えなかったが、よくよく目を凝らすといるじゃねぇか♪
なんで檻の端っこで正座してんだよ。拉致られようが構わず鍛えてんのかぁ?
剣崎「その声は…、皇氏! 皇氏であるか? すまない、牢の奥からは暗くて君の姿が見えないのだ。普段格闘ゲームやオタ芸、筋トレなどで鍛錬をしている私は動体視力こそ優れているが、視力は平均的なのである。むしろ、格闘ゲームや恋愛シミュレーションゲームをし続けることで視力自体は下がっていると推測される。格闘ゲームによって動体視力は上がり、視力は下がる。つまり、私の動体視力と視力は反比例の関係にあると言えよう!」
こいつ、何言ってるんだ? 速すぎて半分くらいしか聞き取れねぇが、元気はあるみたいだな。
「いつにも増して喋るじゃねぇか♪ 拉致られて不安だったのかぁ?」
剣崎「そうだ! 私は不安だったのだ! ここに入れられたのは昨日であるが、私の心は既に不安と寂しさの色に染められている。拙い口調で喋るチンパンジー氏との会話では気も紛れない。皇氏、もう少し顔を近づけてくれないか? 可能であれば、鉄格子の隙間に顔を突っ込んで欲しい。何分、私は正座をしており足が痺れているので、自らそちらには行けないのである」
煽ったつもりだったんだが、奴は生き生きとした口調で長ったらしく答えた。
こいつ、寂しすぎてバカになってやがる。
ただでさえ脳筋よだれ野郎だっていうのにどうしてくれんだ、犯人さんよぉ。
剣崎「やはり…、やはり人間との会話は楽しい! 私の心にある不安や寂しさが、トキメキ、ワクワク、ドキドキで塗り替えられていく」
まだ何も喋ってねぇだろ。お前が一方的に話してるだけじゃねぇか。
まぁリーダーや部長ってのは、ただ居るだけで希望になるってことだな♪
チンパンジー「僕も゛人間だげど…。ごめ゛ん゛、心の゛支え゛に゛な゛れ゛な゛ぐで」
ガリガリチンパンジーが正座している剣崎にフラつきながら歩み寄る。
「いや、お前はチンパンジーだろ」
俺は深く考えず、チンパンジーを指さしてそう言った。
剣崎「皇氏、彼は人間であるぞ。見慣れない姿ではあるが…」
不満げなチンパンジーを横目にそう話す剣崎。
こいつ、相当バカになってやがる。
バナナ1本しか食えてないせいで、幻覚でも見てるのか?
いや、待て。
俺は細目で睨みつけてくるチンパンジーをしばらく見つめて考えた。
まさか、こいつは…。
俺は再び指さして、こう尋ねる。
「お前、ゴリラ?」
「唖毅羅だよ」
ハハッ、マジかよ。
ゴリラ会長よ、随分と見窄らしい姿になってんじゃねぇか♪ 何をどうやったら、ゴリラがチンパンジーになるんだよ。
唖毅羅「毎日バナナ1本。僕ば日に゛日に゛小ざぐな゛っでい゛っだ。だぶん゛、栄養失調で…」
奴は自分の名前を名乗った後、続けてそう言った。
奴の特質についての新しい発見てわけか。
ずっとゴリラのまま碌に食わないでいると、萎んでいくんだな。
ここは日が一切差さない地下だ。
監禁されて太陽を拝めないこいつは人間に戻ることができず、ゴリラのまま牢で過ごしていたんだろう。
太陽の元では何度でも復活する怪力ゴリラだが、暗闇では変身を封じられる。
日が落ちる夜や日陰、下手したら目隠しだけでもできなくなるかもな。
まぁ、ゴリラのことはどうでも良いぜ。
こいつらが捕まった経緯の方が大事だ。
「お前ら、なんで捕まった? 犯人は誰だ? 敵はどう仕掛けてくる?」
俺は栄養失調でフラつくチビゴリラと、痺れた足でゆっくり立ち上がろうとするよだれオタクにそう問いかけた。
犯人の特質、それを知るだけでかなり違ってくる。
正体暴いても、とっちめなければ意味ねぇからな。
いずれここに犯人が2人の餌やりに来るだろう。ぶっ倒さなければ俺もこの中だ。
剣崎「うぅっ…! ちょっと待ってくれ! 足が痺れて…、動けない…!」
酸っぱそうな顔をしてこちらに手を向ける剣崎。
時間がねぇんだ、早くしやがれ。
唖毅羅「じ、じゃあ゛僕がら゛話ぞう゛」
若干白けた様子のチビゴリラは、自分が捕まるまでの経緯を話し始めた。
あれももう1週間以上前になるのか?
ばあさんの猫を捜しに、奴はゴリラ化して町中を走り回ったらしい。
そして、少し疲れて休憩していた時のことだ。
バナナが自分の顔面の前にすぅーっと降りてきたんだと。
獅子王自身、バナナが大好物ってわけでもないらしいが…。
ゴリラ化の影響もあってか、その時は非常に惹かれたらしいな。
すぅーっと降りてきたバナナを掴もうとすると、バナナはひょいっと上に上がる。
まるで、ゴリラの手を避けるかのように。
唖毅羅『良い゛加減に゛じろ゛!! バナナ!!』
中々掴めずムキになったゴリラは逃げるバナナを追いかけて、気づけば檻の中にいたらしい。
余談だがこの時、“バナナ”はゴリラの状態でも発音しやすいということに気づいたんだと。
唖毅羅「……っで感じで、犯人の゛正体や゛能力、目的ばわ゛がん゛な゛い゛。ごめ゛ん゛…」
こいつ、全然使えねぇな。
バナナに釣られただ? 戦って負けたんじゃねぇのかよ。
「あぁ、よくわかったぜ。情報提供ありがとな、無能バナナ乞食チンパンジー」
唖毅羅「だから、唖毅羅だよ゛!」
ガン!
奴は声を荒げながら飛びかかって来て、乱暴に鉄格子を掴んだ。
おぉ、危ねぇな。そうだ、チンパンジーはゴリラと違って凶暴な奴だったぜ。
ちゃんとチンパンジーしてんじゃねぇかチビゴリラ。
剣崎「では、私の話をさせて頂くとしよう。足の痺れも少しマシになってきた」
ギギィ
剣崎がそう言って立ち上がると同時に、地下の扉が開く音がする。
チッ…、来やがったか。
ゴリラの話は当てにならなかった。先に剣崎から聞くべきだったぜ。
こちらに向かってくる足音。
中々に広い地下室だ。
扉が開いてから奴が暗闇の中から姿を現すまで、それなりの間があった。
全身真っ黒な服装で黒いフードを深く被ったそいつは、両手に1本ずつバナナを持っていた。
全身真っ黒、夜襲うにはもってこいの服装だな。
実際、今もよくは見えねぇ。動く奴を目で追うのは面倒くさそうだ。
剣崎「長く話す時間はなさそうであるな、皇氏。1つだけ聞いてくれ」
鉄格子に背を向けた俺のすぐ後ろから剣崎の声が聞こえる。
隣のチンパンゴリラみてぇにしょうもないことは言うなよ?
剣崎「あの者は速かった」
ハハッ、充分すぎる情報だぜ♪
それで良いんだよ剣崎。無駄に長々と話すんじゃなく、普段から手短に話せるよう気をつけやがれ。
速い特質。その上、いま奴は若干足を引きずっていた。
犯人は俺の見立てで間違いねぇ。まぁこの家にこいつらがいる時点で、ほとんど確定だったがな。
「君を捜していたんだ。まさか俺の家にいたとは」
奴の声を知っている。俺の直感、大当たりだ♪
「おいおい、人間様とゴリラ様にバナナ1本じゃ足りねぇだろぉ?」
俺は奴の持つバナナを指さしてそう言う。
剣崎「この声…、まさか君は…」
拉致られたこいつらも声や素振りで何となくわかったみたいだ。
はっとした顔をする剣崎と、ショックを受けたような表情を浮かべるチビゴリラの獅子王。
薄々気づきつつあった奴らの前で、俺は両手を広げてこう言った。
「何もわかってねぇな、副会長さんよぉ♪」




