部活動 - 水瀬 友紀㉞
廊下の突き当たりにある生徒指導室。
朝は遅刻しそうになった僕だけど、何事もなく授業を終えてここにいる。
今は昼休み、自警部の副部長として長い机の前に座って依頼の受付をしているんだ。
これは、御影教頭のルールじゃない。
昼食をとった後の昼休みと放課後は、そうすることに決めた。
まぁ、依頼が来ない日の方が多いけど。
毎日ここに座って苦痛じゃないかって?
確かに1人じゃしんどいかも。
剣崎「日下部氏。依頼に対する迅速な対応、見事であった。草むしりの現場には私も疾風の如く駆け付けようとしていたのだが…。疾風の吹く駆け付けて、私の更に鍛え上げた剣技で木っ端微塵にしようとしていたのだが…! 日下部氏の方が遙かに速かった。悔しいが感服致す」
昼休みや放課後、ここに来るのは僕だけじゃない。
受けた依頼にすぐ対応できるよう怜たちが生徒指導室で待機している。
日下部「たまたま近くに居ただけさ。君のスピードに僕の放屁は着いていけないよ。君の滑走速度は、あの新幹線に匹敵するのではとシリウスも言っている」
お互いに褒め合う怜と日下部。
怜はほぼ毎日、自警部の活動に顔を出してくれている。
他の皆も結構来てくれるから、しんどいとか寂しいって気持ちにはならない。
今日は、怜や日下部の他にも2人来てくれた。
鬼塚「…………」
朧月「…………」
椅子に腰を掛けている僕の後ろ、琉蓮と朧月くんが無言で立ち尽くしている。
2人がお互いに距離をとった結果なのか、彼らは教室の隅、右と左に分かれて張り付いていた。
そして、自警部や“BREAKERZ”だけじゃない。
京極「やぁ、水瀬くんに自警部のみんな。今日もお疲れさま!」
生徒会副会長と陸上部のキャプテンを兼任している京極瞬介が、生徒指導室に入ってきた。
「うん、ありがとう。まぁ今日も特にすることはないけどね…」
爽やかな笑顔を見せる彼に、僕はそう返す。
生徒会長の陽との繋がりもあってか、京極は結構ここに来ている。
彼は、僕らと五十嵐先生の戦いを間近で見ていた生徒の1人。
あの日を境に、特質や神憑といった能力持ちの存在が校内に広まったんだ。
それに伴って、僕らのチーム名“BREAKERZ”や自警部の知名度も上がった。
京極「君は速攻剣士の剣崎くん。後ろの2人は最強の鬼塚くんと、神出鬼没の朧月くんかな。みんなの名前、大体覚えてきたぞ」
京極はここにいる皆の名前を言ってから、和やかに頷く。
そして、日下部の方に向いてから続けてこう言った。
京極「そして、日下部。良いキーパーだったよ。“BREAKERZ”と知り合いとか羨ましいな」
日下部も生徒会に入っている。副会長の彼と面識はあるんだろう。
だけど、彼の能力については知らないと思う。京極が知っているのは、五十嵐先生と戦った人の能力だけだろうから。
日下部「実は僕も“BREAKERZ”なんだ。僕は放屁という神の物質を生成し操る能力者さ」
ドヤ顔でそう語る日下部。
何かめっちゃかっこ付けて言ってる気がするんだけど…。
京極「そうなのか? ファート…、神の物質…。何か強そうな感じだ…!」
日下部の唐突なカミングアウトに対し、彼は困惑した様子でそう言う。
あまり信じてはなさそうだ。
日下部「これくらい良いじゃないか…! ただの知り合いのキーパーだと思われるのは不本意だよ」
彼は小声で誰も居ない所に向かってそう話している。多分、シリウスかな?
京極は、僕らの能力にめっちゃ興味を持ってるみたいだ。
前から1人でテロを起こした慶に興味はあったみたいだけど。
今では“BREAKERZ”自体のファンって感じがする。
僕らのファンって言うのは違和感があるな。
「「「ジケーブ、やりらふぃ!! ジケーブ、やりらふぃ!!」」」
むさ苦しい男子生徒たちの声が、勇ましい足音と共に廊下から聞こえてくる。
開いたドアから顔を覗かせる2メートルの巨躯、岡崎泰都。
彼を先頭にラクビー部員たちが廊下に並んだ。
彼らのこともファンと呼ぶのだろうか?
岡崎「みんな、今日もジケーブはやりらふぃの精神で学校を守ってくれている!」
岡崎くんは僕らを指さし、恒例のスピーチを始めた。
岡崎「でも、俺のお母さんが言っていた。ジケーブも所詮は人間、ただ生徒指導室の椅子に座るだけの部活動なんて、いつか飽きて止めるって」
ここで毎回思うんだけど、僕ディスられてるよな?
彼の恒例のスピーチに対し、いつものようにざわつき始めるラクビー部員たち。
岡崎「ジケーブがあそこに座るの止めたらどうなる?」
「えっと…、イスが要らなくなる?」
岡崎くんの問いかけに、1人が首を傾げながらそう答えた。
岡崎「違う! 座るの止めるということは、守るのを止めるということ。ジケーブが座るのに飽きたら、学校は無防備になるんだ。学校が守られなくなったらどうなる?」
いつも通りの質問形式で話を進める岡崎くん。
「え…、どうもならなくね?」
岡崎「違あああぁぁぁぁう!! もっとやりらふぃな思考で考えろ!」
2メートルの巨躯は、廊下に響き渡るほどの声量で声を荒げる。
岡崎「ウインドマスターがいるってことは、ウォーターマスターとかファイアーマスターとかサンダーマスターとか土マスターとかもいるはずだってお母さんが言っていた」
土マスター…。お母さん、他に良い言い方なかったのかな?
一斉にはっとするラクビー部員たち。
素の反応なのか演技なのかわからないけど…、もう早く終わらせてくれ。
岡崎「やっとわかったな。ジケーブが飽きたら、俺たちはマスターたちに殺られる! だから…」
岡崎くんはそう言ってからこちらに振り向いて、僕を指さした。
岡崎「飽きないよう、あれに俺たちのエールを送るんだ! やりらふぃパワーが籠もった不屈のエールを…!」
あれって失礼だな。これも毎回思うよ。
彼に倣って、廊下を埋め尽くした大量のラクビー部員たちもこちらに向き直る。
岡崎「せーのっ!」
「「「ジケーブ、やりらふぃ!! ジケーブ、やりらふぃ!!」」」
僕に向かって何度かそう叫んだ後、彼らは燃え尽きたのか真顔で帰って行った。
連休明け、自警部が復活した当初はあれが毎日来たんだ。
頭おかしくなりそうだったから、せめて週1にしてほしいと頼み込んだ。
岡崎くんはその日家に帰って、お母さんと相談したらしい。
頭おかしくなったら飽きる前にジケーブ辞めそうだという結論が出たらしく、僕の頼みは受け入れられた。
京極「あれ、まだ来てたのか?」
「うん、今も週1で来てるよ」
耳を塞いで不快そうな顔をする京極に僕はそう言う。
僕らの知名度は、良くも悪くも上がっている。
時々来てくれる京極や、もう1人の副会長の美澄さんのような良い友達や知り合いが増えた。
五十嵐先生との一件で、わざわざお礼を言いに来てくれた人もいる。
その反面…、岡崎くんみたいな変な人と関わることも増えた。
最近では、“クソ幽霊を見つけて殺せ”と何度も依頼してくるよくわからない人とか…。
まぁ、全体的には良いことの方が多いかな。
変な人って言っても、“EvilRoid”やフクマみたいに攻撃してくる訳じゃないし。
他人に危害を加えるような人はいないから大丈夫。1人、野球部に危なっかしいのはいたけど…。
何でもない退屈で平和な毎日が続くなら、それで良い。
僕らの出番はやって来ない、そういう日が続けば良いんだけど…。
ヒューーー……
廊下の窓から吹き抜ける風の音。
心地の良い爽やかな風が生徒指導室のドアからやって来る。
京極「良い風だ。天気も良いし、今日の練習は捗るぞ」
練習…、陸上部のか。
笑顔でそう語る京極だけど、どこか儚げだ。
ほとんどの3年生は次の大会で部活を引退する。
大学受験や就活の準備を始めるために。
彼はキャプテンだ。部員の誰よりも名残惜しいに違いない。
平和な日が続けば良いと僕は思っている。
だけど…。
皇じゃないけど、何となく予感しているんだ。
近いうち、また不穏な時がやって来ると。
ヒューーー……
爽やかで心地の良いはずの風。
僕はイスから立ち上がり、開いた生徒指導室のドアから見える廊下の窓を見据えた。




