2日目 - 水瀬 友紀⑦
はぁはぁ…、着いたぞ。慶に先を越されないよう、学校まで全力疾走。
泳ぐのとは違って、走るのってめっちゃ疲れる…。
運が良いのかわからないけど、道中で鬼とは一度も出くわさなかった。
校内に入ってもペースを崩すことなく、そのまま階段を駆け上がって放送室へ。
僕は記録が残っていないか確認し、2人は何か手かがりになりそうな物はないか捜してくれた。
隅々まで念入りに調べてみたけど…、記録や手かがりになる物は見つかりそうにない。
そもそもこの学校の放送室にあるのは、マイクと放送する際に押す電源ボタンのみ。
いたって単純な構造。放送の履歴を残すものなんて元からなかったんだ。
放送室に入ったことがないから何も知らなかった。
新庄「くそっ! 何もねぇ…」
全力で走った甲斐がなく腹を立てたのか、新庄は声を荒げる。
収穫はゼロだ。なら敢えて僕が捕まる作戦をするしか…。
とは言ってもさっきから全く鬼を見かけないんだ。まさか、あの大軍で全部だった?
このまま鬼と会わなければ、慶の居場所を突き止める手立てはない。
剣崎「こちらにも手がかりらしきものは何もない」
まずいな、もう打つ手はなくなった。気づけば日が沈みかけている。この鬼ごっこは3日間。
2日目の夜が訪れようとしている。慶が宣言通りにするのなら、後1日逃げ切ればこの鬼ごっこは終了するだろう。
居場所を突きとめるのはやめて大人しくどこかに隠れていたほうが安全なんじゃないのか?
慶を止めたい気持ちはあるけど、この2人に何かあっても嫌だ。
ただ逃げるだけなら、新庄のバットと怜の唾液で何とかなる。あれ以上の数が同時に襲ってこない限りは…。
けど、捕まった皆はどうなる? 仮にみんなが無事だとしても、人質として捕まえているのなら何か目的があるはず。
3日経っても目的を達成するまでは、ずっと捕まえたままなんじゃないのか…?
ガタッ
…………! やっぱり来たか。
放送室のドアの近くで物音がして、僕らは身構えた。
新庄「チッ…。来やがったか」
今、学校やその付近には誰もいない。きっと鬼に違いない。
物音がしたのは今の1回だけ。さっきみたいな鬼の大軍がなだれ込んでくることはないだろう。
多くても5体くらいだと思う。だけど、ここの放送室はとても狭く防音のため窓もない密室。出入りできるのはさっき入ってきたドアだけになる。
鬼を壊せる武器があると言っても、ここで数体相手となると厳しい。
ギギギギ……。
軋む音を立てながら放送室の扉が開いていく。
新庄「オラッ、来いよゴキブリ野郎」
彼は両手でバットを握り締め、バッターのような構えをとった。
その隣には、口を少し開けて舌を歯の上に添えている怜。
そして、僕は……その後ろでただ祈ることしかできない。
少ない数であってくれ! そして、怪我しないでくれ。
剣崎「迂闊であった。瞬間接着唾液をドアの隙間に塗って開かないように固定しておくべきであったか…」
舌を前に出して話しているせいか、若干滑舌が悪く聞き取りづらい。
瞬間接着唾液か。そんなことすると僕らが出られなくなる。
それに多分、ドアが開かなくても力ずくで蹴破られるだろう。
てか、そんな唾液もあるんだな。いったい何種類あるんだ?
ドアが徐々に開いていき、半分ほど開いたところで僕は違和感を持った。
鬼じゃない…? 廊下の窓から差す夕陽の逆光でシルエットしかわからないけど、さっきの鬼より大きく見える。
それに四足歩行か? 新型の鬼…?
ドアが完全に開いたとき、それが何なのかを僕らは理解した。
「…………ウホ?」
新庄「………は?……え?……ゴリラ?」
剣崎「ゴリラ………であるか?」
誰がどう見てもそれはゴリラだった。妙に親近感が沸くゴリラだ。
どこかで会ったことがあるのか? いちいち動物園のゴリラの顔なんて覚えてないと思うけど…。
そして、普通のゴリラと比べるとかなり大きくて筋肉質だ。高さ2メートルくらいありそうなドアを潜って放送室に入ってくる。
ゴリラ「ホッ♪ホッ♪…ウホホ!」
僕らの顔を見て笑顔になった彼に敵意はなさそう。ゴリラの表情を正確に読み取れてるかはわからないけど、たぶん好意的だ。
やっぱりどこかで会った? いや、こんなデカいゴリラなら1回見たら忘れなさそうな気もするけど。
まぁ、昨日は散々だったからな。たとえ僕ら以外に被害はなくても世間はパニックになっているかもしれない。
そうなったら動物園の飼育員だって、仕事に集中できずにゴリラを逃がしてしまっても不思議じゃない。多分、人に慣れているゴリラなんだろう。
新庄「なんでゴリラがこんなとこにいるんだ?」
彼も敵意はないと察したのか、構えを崩して首を傾げる。
多分、怜も僕らと同じく優しい人慣れしたゴリラだと思っているはずだ。
全員が鬼じゃなかったことに安堵したのも束の間だった。
ゴリラが………、
ゴリラが新庄を睨んでいる? さっきの柔らかい表情じゃない。怒っている!
ゴリラ「ホッ! ホッ! ホッ!」
ゴリラは威嚇するような声を出し、新庄に詰め寄った。
新庄「え? え? なんでキレてんの?」
戸惑いつつも構えを取らずに後ずさる新庄。構えを取ると言うより、むしろ怪我をさせないようバットを背中に隠している。
なんでだ? さっきまであんなに優しい顔をしていたのに。
そもそもゴリラの表情なんてわかるのか? 僕がそう思ってただけで最初から威嚇をしていたのかもしれない。
剣崎「ゴリラ氏、落ち着くのだ! 私たちは君に危害を加えることはない!」
怜はゴリラを宥めようとして、恐る恐る近づくけど……、
ゴリラ「ホオォォォーー!!」
更に怒ってドラミングを始めてしまった。これは、まずいぞ…。
相手は僕らより一回り以上デカいゴリラ。これ以上、怒らせると僕らなんて一捻りだ。
このゴリラが怒っている原因は多分…。
「あまりゴリラって言わないほうがいい。多分それで怒ってる」
理由はわからないけど、彼はゴリラという言葉に敏感なんだろう。
ゴリラはドラミングをやめ、僕の方を向いて満面の笑みと共にグッドポーズをしてきた。
ある程度、言葉がわかるのか。確かにこれだけ賢いと「俺はゴリラじゃない。人間だ!」ってなるかもな。
新庄「いや、どこからどう見てもゴリラだろ? ゴリラにゴリラって言って何が悪りぃんだよ」
ウォー---!!
正論をかました新庄に彼は雄叫びを上げながら猛ダッシュで詰め寄った。もの凄い迫力だ。
新庄「わかったわかった! 呼ばねぇって!」
急接近してくる彼に圧倒され、新庄は後ろに飛び退く。
言いたいことはわかるけど、それだけゴリラを連呼したらそうなるよな…。
新庄「じゃあ、ゴリラがダメなら何て呼べばいいんだよ」
それは確かに…。動物園で呼ばれていた名前でもあるのだろうか。
彼は満足そうな顔をしながら答えた。
ゴリラ「ウホッ!」
……………。
“ウホ”で良いのか?
それともゴリラ語で何か別の意味がある?
僕らとは声帯の作りが違うから言いたいことを言えてない気がするんだけど…。
新庄「変わった名前だな! よろしくなウホ!」
剣崎「了解。これからはウホ氏と呼ばせていただこう」
“ウホ”と呼ばれたゴリラはかなり不服そうにしてるけど、ゴリラ語が通じないとわかっているのか怒ることはなかった。
そして、ウホはドアの前に行って自身の背中を指さす。
“乗れ”ってことか?
新庄「ゴリ……、ウホ、何やってんだ?」
どこかに案内したいのか?
とは言っても僕らは今、会ったばかりだ。
………待てよ。本当に初対面なんだろうか? さっきから妙に感じる親近感は何だろう。
もしかしてウホは僕たちのことを知ってる?
もしそうだとすると……、
「慶の場所に連れていってくれるのか?」
ダメ元で僕はウホに尋ねてみる。すると、ウホは背中を向けたまま首を縦に振った。
考えられるのは2つ。
1つは慶や僕らがどこかでウホと会っていて、本当に彼が慶の居場所を知っていること。
そして、もう1つは、慶が造ったゴリラ型ロボットだと言うこと。力ずくでは無理だから、友好的なゴリラを装って自分のところへ連行させようとしている感じかな。
僕はこの2つの可能性があると言うことを新庄と怜に伝えた。
罠だった場合、より危険な道のりになると言うことも。
剣崎「どちらにせよ、文月氏に直接会って彼の蛮行を止められるなら私は同行する。さっきと意見は変わらない。私は文月氏を救いたいのだ」
新庄「俺もどうせ今帰っても暇だし、ついていってやるよ」
2人の意見は変わらないらしい。
僕らはウホの肩に手をかけて広い背中に乗った。ちょうど3人分のスペースだ。
僕らが背中に乗ったのを確認してウホは走りだし、開いている窓から飛び降りた。
新庄「速えぇ!」
剣崎「………っ! 次からは安全のため、シートベルトを持参せねば」
校門の前に着地して、物凄いスピードで道路を駆けていく。
ゴリラと言う動物は思っていたより速く、大胆だった。手を離したら地面に叩きつけられる。しっかり掴まってないと!
危ないけど、速いほうが良い。慶が次の対策を打ってくる前に…。
待ってろよ、慶!
外はほとんど日が沈んで夜になっていた。




