フクマ - 水瀬 友紀㉘
シリウスがドアを壊して、オナラで飛び立ってから数十分。
恐怖に包まれた重苦しい空気は消えない。
気のせいじゃなければ、逆にどんどん強くなっている。
シリウス、大丈夫かな…?
本来なら彼1人に任せず、皆で協力して戦うべきだ。
だけど、内から湧いてくる異常な恐怖にやられて身体が上手く動かせない。
僕に限らず、“BREAKERZ”や他の乗客も皆そうだと思う。
座席から立ち上がるのもやっとって感じだった。
お尻丸出しでボラギノールを入れていたシリウスと話ができて良かったよ。
たぶん僕が注意しないと、お尻丸出しで戦ってたと思う。いくら力の神で強いとは言っても、それはダサいし友達として恥ずかしい。
…………。
助けに行かないといけないよな。
僕はシリウスがこじ開けた新幹線のドアを見据えた。
飛び立つ彼を見送った後、そこから1歩も動いていない。というより、恐怖で1歩も動けなかったんだ。
開きっぱなしのドアからやって来る冷たい風が僕の頬に吹きつける。
時間がかかっている上に、敵の嫌な気配も強くなっている。
苦戦しているのは間違いない。
僕は自分を制する恐怖心に逆らい、ゆっくりと前に踏み出した。
ぐらっ…
「うっ…!」
立ち暗み? ただ1歩動いただけなのに…。
踏み出した足に力が入らなかったのか、僕はバランスを崩して床に手を着いた。
動悸も激しい。
嘘だろ…? こんなんじゃ何もできない。
僕はこの中で唯一、飛べる力を持っているんだ。
風の理…、ウインド・ウイング。
名前はあれだけど、空中で自由に動ける技だ。
皆は空を飛べない。あの琉蓮でさえも。
だから、僕が助けに行かなきゃいけないのに…!
「ちゃんと……動いて………くれ!」
恐怖のせいで言葉すらままならない。
そんな身動きすら碌にとれない最悪な空気に拍車を掛ける絶望が注がれた。
「はぁ………! はっ………!」
死を連想させるかのような根源的恐怖の更に上。そんな言葉にならない感情が僕を蝕む。
呼吸すらままならない。
死にたくないのに息をやめてしまう。
両手両膝を着いた僕の左手側…、振り向かなくてもわかる。
車両の入口にそれは立っていた。
ふ、振り向けない。
それを見たら……視たら死んでしまうかも。
いや、ビビるな。
無理にでも身体を動かして、皆に指示を…!
それは僕らに殺意を持っている。攻撃されたらどのみち死ぬんだ。
自分を奮い立たせようとする僕の気持ちとは相反して、震える身体は動かない。
クソッ、力が全然入らない…!
まともに息すらできないんだ。気持ちだけじゃ無理があるのか。
敵が現れたにも関わらず、誰も動こうとはしない。
他の乗客も逃げ出す様子はなく、座席にずっと座っていた。
きっと、みんな僕と同じなんだ。
動きたくても動けない。
シリウスは今、上でこんなのと戦っているのか?
神は平気なのか? この恐ろしい気配に…。
それとも、もう殺られた…?
それを前にして、動けなくなって…。
嫌な予感が脳裏に浮かんで、僕の身体は更に萎縮した。
奮い立たせようとする気持ちすら、静かに消えていく。
シリウス…、日下部…。
あれだけ余裕そうにしといて、散々ち○こ出しといて負けるのかよ!
日下部に旅行の時間と命を返せよ…!
僕の戦意は、シリウスの敗北と想起した日下部のち○こによって削がれた。
薬局の店員さん (女性) の前での下半身の露出、あれは絶対にやっちゃいけないことだ。
戦意だけじゃない。僕は生きたいと願う意思すらも失いつつあった。
日下部のち○このせいで。
もうどうでも良くなったんだ。
ち○こは万物の源、人の全てはここから始まる。
息子なんかじゃない。これは、先祖から受け取ったバトンだ。
数万年越しのリレーを経て、今の人類と世界がある。
僕の命は、その中の埃程度の要素に過ぎない。
そう考えると、生きるとか死ぬとかどうでも良くなったんだ。
ーー “どうでも良い”。
その感情が水瀬 友紀の身体を脱力させた。
脱力とは、言い換えればリラックス。精神的には良好な状態だと言えるだろう。
雑念や迷いは消え、身体にかかった余分な力も無くなる。
「あれ? 何か立てた…」
不意に立てたことに水瀬は驚いている様子だ。異様な恐怖は拭えていない。
恐怖を抱えながらも、身体はリラックスしているのだ。
想起された日下部の局部によって、彼は動けるようになった。
水瀬自身はそれに気づいてないが、局部のお陰だと知れば不服に思うに違いない。
ーー
なんで…、立てたんだ?
僕は自分の身体を見回した。
恐怖はあるし、車内の空気も重いままだ。
だけど、どういうことか僕だけは動けるようになったみたいだ。
自分の身体を見た後、僕は前にいるそれに視線を移した。
人間じゃないのは雰囲気でわかるけど、それは人の形をしている。
全体的に影のようなものが落ちていてわかりづらいけど、眼鏡を掛けているのかな?
ぱっと見、僕らと年は近いと思う。
あれが人間だったら、きっと高校生だろう。
人の姿をしているから話とかできそうだけど…、まずは皆の避難が先だ。
そんなことを考えていると、それは人差し指をこちらに向けてきた。
攻撃が来る…?
見覚えのある構えだ。
それの人差し指に、それ自身が纏っている影と同じようなものが集まってくる。
そして、僕が想像していた通りの攻撃が放たれた。
人差し指から放たれたのは、紫を帯びた暗い影のレーザーだ。
僕の首元まで、一直線に向かってくる。
僕が知っているものは、もっと紫色で光っていたな。
去年の僕ならここで為す術もなくやられていたと思う。やられていたか、誰かに助けられていただろう。
でも、今の僕はウインドマスターだ…!
名前はダサいけど、強力な能力を持っている。
迫ってくるレーザーに、僕は右手を出してこう言った。
「風の理…、ウインド・バリア」
名前、変えたいな…。
僕の前にできた見えない風の壁が、レーザーの進行を阻んでいる。
“風の理”。
この能力は…、神の技にも通用する!
だけど、ウインド・バリアじゃ進行を止められるだけだ。
レーザー自体を消さないと…。数撃たれたら止めきれるかわからない…!
どうすれば…。
まだみんな座ったままだ。誰も恐怖で動けない。
乱射とかされたら、みんな死んでしまう。
右頬を撫でる優しい風。
そして、直後に感じる吹き荒んだ冷たい風。
恐怖とかち○ことか色々あって、うっかりしていた。
僕から見て右側、出入口のドアが開いていること。
風が教えてくれたのか?
レーザーを消すのが無理なら、逸らして外へ流そう。
風の動きを繊細にイメージする。
ウインド・バリアで止めているこのレーザーを僕から見て左側、そこに大量の風を集めて細くするんだ。
レーザーと同じくらい細くなった大量の風の密度はかなり大きい。
「風よ、レーザーを外に逸らせ!」
僕の指示とイメージ通りに風は動いてくれた。
細く高密度な風は影のレーザーに横から当たる。それによって軌道が逸れ、ドアの外へ追いやることができた。
そして、僕は人差し指をそれの足元に向ける。
「風の理・高密度直線風」
自作の技の完成だ。
僕の人差し指に集まった細くて高密度な風は、指差した方向へ一直線に進み、それの足元の床を貫いて穴を空けた。
圧縮されて小さくなった大量の風は、あの人のレーザーと同じ威力を発揮するだろう。
現に床に穴を空けたんだ。人に当てたら怪我じゃすまない。
羽柴先生の紫死骸閃。
それの能力は、先生のものとそっくりだ。神憑が使う能力と同じ種類だと思う。
それは不幸を呼び寄せると信じ、神憑を殺そうとしていた先生の一味なのか?
僕は考えながら、それの顔に人差し指を向けた。
「攻撃を続けるなら、次は当てるよ」
足元に穴を空けたのは牽制だ。
去ってくれたら、それが1番良い。
それは人ではないけど、命のあるものかもしれない。
できれば傷つけたくない。平和的に解決するならそれが1番だ。
それなりの牽制にはなったのか、それがすぐに攻撃を再開することはなかった。
だけど、戦うつもりではいるらしい。
人差し指はこちらに向けられたままだ。
そのまま全く動かないそれは、何を考えているんだろう?
影のせいで表情が読み取れない。
お互いに人差し指を向けた状態で固まった。
皆が立ち上がる様子もない。
琉蓮たちの様子も見たいけど、背中を向けたら撃ってきそうだ。
さぁ、どうする?
ずっとこのままでいるのか?
僕は嫌だぞ。家に帰っても学校に行っても、ずっと君を指差してないといけないなんて…。
膠着した状態がずっと続くと思われた矢先、良くも悪くも事態が変わる出来事が起きた。
ブフォ! ブフォ! ブフォ!
ブーーブーーブーー!!
ブフォ! ブフォ! ブフォ!
新幹線の外からリズム感のあるオナラの音が聞こえてきたんだ。
シリウス…、何やってんの?
もしかして、ふざけてる?
てか、新幹線の外から聞こえてくるって凄いな。
車のクラクションくらい大きいオナラなのか? いや、風がゴーゴー言ってるし、それ以上じゃないとこっちまで届かないよな。
これが肛門……じゃなくて力の神の為せる技。凄いのかどうかは微妙だけど。
ブフォ! ブフォ! ブフォ!
ブーーブーーブーー!!
ブフォ! ブフォ! ブフォ!
そして、その爆音は繰り返された。
ふざけてる場合じゃない!
君は神で強いのかもしれないけど、こっちは皆動けないし切羽詰まってるんだ。
もう1体いることは、さっき気づいたよ。
君が相手をしている奴が降りてきたんじゃなくて、僕の目の前に居るのは別物だ。
ふざける余裕があるなら、速く倒して降りてきてほしい。
ブフォ! ブフォ! ブフォ!
ブーーブーーブーー!!
ブフォ! ブフォ! ブフォ!
3度目のオナラが車内に反響する。
もしかして、ふざけてる訳じゃない?
このリズムというか音…、どこかで聞いたような。
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『トントントン、ツーツーツー、トントントン』
彼女は幼い僕の前でそう口ずさんだ。
吉波川の河川敷で僕らは話をしているらしい。
突発的に浮かんできたこの情景は、僕の思い出なのか?
『これ、海で遭難したときに送る“助けて”って合図よ』
楽しそうにそう語る彼女もまた幼い。
誰だっけ? こんなとこでこんな人と話したことあったかな?
でも、どこかで見たことがある。
誰かに似ている気がする。
そんな彼女は曖昧な記憶の中で、こう言った。
『モールス信号“SOS”、憶えておいてね』
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彼女が口ずさんだあのリズム。
シリウスのオナラと似ている。
まさか、これは…。
「オナラで紡いだSOS…?」
僕は思わずそう口にして、車内の天井を見上げた。
それから目を逸らしたのは一瞬だけ。だけど、その隙をそれは見逃さなかった。
増幅した恐怖の気配に気づいた僕はそれに向き直る。
同時に、奴は5本の指から影のレーザーを撃ってきた。
それもマシンガンのように連続的に…!
「……っ! ウインド・バリア!」
間一髪、分厚い風の壁が僕の前に出来上がってレーザーを止めた。
そして、さっき僕が作った技“風の理・高密度直線風”。
風のレーザーで新幹線の外へ押し出していく。
風の壁は思ったより頑丈だ。捌けてはいるけど、打開策がない。
それは怒濤の攻撃を仕掛けてきた。このまま押し切るつもりだろう。
まずは、乗客の避難を…! でも、みんな恐怖で動けない!
考えろ、何か良い方法は…。風を操れる僕にできることを…!
ぱっと思いついたのは…。
「風よ、皆の避難を手伝ってくれ! 動けない彼らの手足になるんだ」
座席に座っている乗客の身体に風を纏わせる。そして、風の力で皆を動かすんだ。
風は僕の指示を聞いて、動き出した。
ウインド・バリアやレーザーとはまた別の風だ。
風は1人1人を包み、まずは座席から立たせるように身体を押し上げた。
一斉にぎこちなく立ち上がる乗客。
ここから、どう動かせば…。下手したら、みんな転けて大惨事になる。
僕は皆の身体を風で操って別の車両へ移動させようと考えていた。
だけど、そんなに難しく考える必要はなかったみたいだ。
「あ、あれ? 動けるぞ?」
立ち上がった乗客は口々にそう言い始めて、身体を見回した。
僕は背中を押してあげるだけで良かったんだ。
一度動けたら、恐怖は和らぐ。
動けないという思い込みによって、恐怖を増長させるという負のスパイラルにみんな陥ってたのかもしれない。
これで、僕ら“BREAKERZ”も動けるようになった。
勝機が見えてきたぞ。
心なしか影のレーザーの威力や連射速度も落ちている気がする。
それは変わらず、こちらを見据えてレーザーを撃ち続けていた。
「動けるようになって良かったです。こっちは僕らで何とかするんで、みんな避難してください!」
僕は乗客のみんなにそう呼びかける。
そして…、“BREAKERZ”にはこう指示を出した。
「僕と的場と新庄は、あれの相手を…! 琉蓮はシリウスの援護に行ってくれ。樹神は一旦待機、走行中にブロッコリーは危ない」
既に立ち上がっていた彼らは頷いた。
新庄「あのレーザー野郎、ぶっ飛ばしてやる! 動けなかったのお前のせいだろ。バスダイの時間、返せよ」
的場「あぁ…、何か足が痺れとる、最悪じゃ。動けんの謎じゃったし、さっさと倒して帰るぞ」
樹神「マジ? 俺、待機? ラッキー! じゃ、ビジネスの営業の仕事進めるわ~!」
みんなの士気が高くてほっとした。
それの行動は彼らを怒らせるには充分すぎたということか。
そして、僕は最後の1人にも指示を出す。
手はそれに突き出したまま、僕は後ろに振り向き、ずっと鍵が掛かっているトイレに向かってこう言った。
「君には乗客の避難を頼む…、陽あぁ!」
ガチャ…
ゆっくりと開いていく“開かずのトイレ”。
彼はそこで待機していたんだ。
ゴリラの姿をした陽がお尻を擦りながら、ドアを潜って出てきた。
人間の姿に戻る前に日が暮れてしまったらしい。
太陽がないと彼は変身できない。
だから、ゴリラのまま密かに新幹線に乗ったんだ。
唖毅羅「了解、でも゛、座り゛ずぎでお゛尻痛い゛。何が恐ぐで立でな゛がっ゛だ」
痛そうな顔と共にグッドポーズをするゴリラの陽。
車内には大勢の悲鳴が響き渡った。
「うわあぁぁぁぁぁ! ゴリラだあぁぁぁ!」
「食べられるうぅ!!」
そして、トイレから現れた陽から逃げるように、それと僕がいる方にみんな走ってきた。
え、ちょっと待って。
それは無理…。
ゴリラってそんな恐いもんなの?
ゴリラは優しいって図鑑に書いてたよ?
そういう認識じゃないの?
今、この人数に突進されたら僕は終わりだ。
唖毅羅「ぢょ゛っ゛ど待っ゛でえ゛ぇ゛!」
ガサガサガサガサ…!
陽もきっと焦ったに違いない。
ゴリラの彼はもの凄い速さで天井を這って、こちらに向かってくる乗客に回り込んだ。
そして、僕のすぐ後ろに着地する。
凄い、そんな動きできるんだ。
まるで、天井を走るゴキブリみたいだった。
唖毅羅「僕ば皆を゛安全な゛所べ避難ざぜだい゛だげだ!」
腰を抜かす乗客たちに、彼はそう言った。
そして、満面に笑みとグッドポーズで警戒を解こうと試みる。
「あぁ、なんだよ。ただの喋るゴリラかよ」
でも、乗客の心は陽の思惑とは明後日の方向へ向かった。
唖毅羅「皆、隣の゛車両に゛避難ずる゛ん゛だ!」
向こうの車両に続くドアを指差す陽。
「いや、なんで人間がゴリラの言うこと聞かなきゃなんねぇんだよ。食物連鎖的には俺らの方が上だろ。立場弁えろよ」
「「「そーだそーだ!!」」」
ゴリラの陽に対して、批判の声が沸き上がる。
いや、何やってんの?
こっち、得体の知れないレーザー抑えまくってるんだけど…。
大人からしたら、ゴリラや高校生の言うことなんて聞きたくないのかな。
唖毅羅「い゛や゛、今ばぞん゛な゛ごど言っ゛でる゛場合じゃ゛な゛ぐで…」
大人たちの反抗に、陽は困惑している。
「てか、お前トイレ占領してたよな? 俺、うんこ漏れたんけど」
それは別の車両のトイレ使って…。
なんでここのトイレに拘ったんだ?
罵詈雑言を浴びる中、ゴリラの陽の表情は死んでいった。
そして…、
唖毅羅「あ゛ぁ゛、も゛ぅ゛!! 僕、人間だあ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛い゛好ぎ! 頂ぎま゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ず!!」
陽は合掌してから、文句を言う大人たちに向かって走り出す。
乗客は黄色い悲鳴を上げながら、隣の車両に逃げ込んだ。
陽も彼らに着いて、隣の車両へ移動する。
多分、ヤバい人食いゴリラを演じたんだろう。
そうでもしないと、大人たちは動こうとしなかった。そう思うことにしよう。
陽は優しい人だ。
気が触れて人を食い殺そうなんてこと、しないはず。彼を信じよう。
陽のお陰で避難は無事終わった。
これで、存分に戦える。
無限に発射されるレーザーを風の力で外に逸らしながら、僕は後ろに振り向いた。
バットを担いだ新庄に、BB弾が入った虫カゴとマシンガンモデルのエアガンを持った的場。
2人は身構えて戦いに備えている。
待機を指示した樹神は、誰かとスマホで電話中だ。
多分、巨大ブロッコリーを買ってくれた農家の人だろう。
そして…、
ドオオォォォン!
突然の爆音が車内を木霊した。
僕が形成した風の壁やレーザーに、それが連射していた影のレーザーは跡形もなく消滅する。
同時に、それの身体は後方に勢い良く吹き飛び、壁に叩きつけられた。
さすが“BREAKERZ”最強の特質だ。
琉蓮は座席を立って、拳をこちらに突き出していた。
そして、申し訳なさそうな顔をしながら通路に出て僕の元へやって来る。
鬼塚「ごめん、本当は最初から動けたんだ。でも、みんな固まってて、どうしたら良いかわからなくて…」
今にも泣きそうな表情で謝る琉蓮。
彼の一撃で吹き飛んだそれは、気を失ったのか壁にもたれかかったまま動かない。
「琉蓮、助かったよ。正直、僕じゃ攻撃を抑えることしかできなかった。こっちは何とかするから、シリウスの方を頼みたい」
琉蓮は僕の言葉に対し、強く頷いてこう言った。
鬼塚「わかった。行ってくるよ。間に合わないヒーローにはならない」
そして、彼は開いた出入口へ向かう。
鬼塚「静かな食卓…、自信と不安の共存」
そう呟きながら深呼吸をした後、ジャンプして出入口の縁にぶら下がり、少し不恰好に登って上へ向かった。
…………。
こっちは琉蓮が吹き飛ばしてくれたから、ぶっちゃけすることないよな。
待機してて良いのか? それとも、僕らも上に行って…。
ガサッ
いや、気絶しているわけではなかったみたいだ。
それは不気味に立ち上がり、身構える僕らを見据えた。
1vs3だ。それにこっちには、金属バット“轟”を使える新庄もいる。
相手は人じゃない。生物がどうかも怪しい。
もう乗客に気を遣うこともないし、本気で倒しても良いなら、充分勝ち目はあると思う。
「最後の警告だ。僕らを殺しに来るなら、こっちも本気で行くよ。“君を殺す”って意味だ」
僕の発言を皮切りに、それは少しばかり口角を上げた。
若干だけどそれの放つ嫌な気配が強くなった気がする。
そして、その気配は車内のそれが発しているものと、上からずっと感じているものの合わせて2つ…。
いや、3つになった?
背後から感じる異質な気配に釣られて、僕は振り返った。
黒いオーラというか靄のようなものがトイレ近くのドアの前に集まってくる。
そして、その靄はそれと同じ姿に変化した。
分身できるのか…。
3つになる前、それは確かに笑った。
何かしらの条件を満たした時、奴は分裂できるようになるってことか。
「君はいったい何者なんだ?」
僕の問いに対し、2体は同時に口を開いた。
「「フクマ」」
喋ったのは今が初めてだ。
その生気のない声は、僕を戦慄させる。
フクマと名乗るそれは、恐怖が具現化したような存在なのだろうか?
僕と対面しているフクマは、レーザーの連射を再開した。
僕は同じように風の壁を作り、それを抑え込む。
分裂した後方にいるフクマも5本の指をこちらに向けていた。
挟み撃ちにする気か。
僕1人だったら負けていたかもしれないな。
だけど、僕は1人じゃない。
新庄も的場も、僕なんかより凄い特質を持っている。
「後ろは任せた! 新庄、的場!!」
“轟”をバッターのように構える新庄と、虫カゴに入ったBB弾を一掴み取り出す的場。
的場「篤史、わかっとんな?」
新庄「当たり前だろ。前にもやってる」
新庄の返事に対し、的場は嬉しそうに笑った。
2人は小学校からの親友、意思の疎通は完璧だ。
後ろのフクマも5本の指から影のレーザーを撃ちだした。
無防備に真っ直ぐ走り出す新庄と無表情のフクマ。
的場は彼らを見据えながら、ピッチャーのような構えをとってこう叫んだ。
的場「イタズラ大作戦・高校生エディション………開始じゃぁぁ!」




